2005・01・23、顕現節第4主日(緑)
イザヤ書43:10−13、1コリント1:26−31
マタイ福音書4:18−25
イエスは、ガリラヤ湖のほとりを歩いておられたとき、二人の兄弟、ペトロと呼ばれるシモンとその兄弟アンデレが、湖で網を打っているのを御覧になった。彼らは漁師だった。イエスは「わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしよう」と言われた。二人はすぐに網を捨てて従った。そこから進んで、別の二人の兄弟、ゼベダイの子ヤコブとその兄弟ヨハネが、父親のゼベダイと一緒に、船の中で網の手入れをしているのを御覧になると、彼らをお呼びになった。この二人もすぐに、舟と父親とを残してイエスに従った。
イエスはガリラヤ中を回って、諸会堂で教え、御国の福音を宣べ伝え、また、民衆のありとあらゆる病気や患いをいやされた。そこで、イエスの評判がシリア中に広まった。人々がイエスのところへ、いろいろな病気や苦しみに悩む者、悪霊に取りつかれた者、てんかんの者、中風の者など、あらゆる病人を連れて来たので、これらの人々をいやされた。こうして、ガリラヤ、デカポリス、エルサレム、ユダヤ、ヨルダン川の向こう側から、大勢の群衆が来てイエスに従った。
教会学校の案内
この日は、津田沼教会の総会礼拝で、主管をしてくださっている市ヶ谷教会の渡辺純幸先生が「さあさあ おまかせ、もう寝よう」と題して本日の福音書から説教をしてくださいました。神の子、主イエスがペトロたちを弟子に召命したことの意味を告げる力強いメッセージでした。
さて、わたしたちの津田沼教会では、教会学校を昨年の4月から始めています。教会学校としては午前9時からとしてありますが、教会学校の礼拝は9時半くらいから守っています。10時半からの主として大人の礼拝につなげるためです。小さな教会学校で、わたしたち夫婦の一人息子の小学一年生とお母さんと幼稚園の年長さんの女の子が常連といった段階です。しかし、クリスマスの時などに時々来る信徒のお孫さんや、ミッションスクールで過ごされたお母さん夫婦と二人の男の子、また、今来ている女の子のお友達が来ることもあります。
今の子どもたちは、スポーツクラブや習い事、塾やまた、テレビなどで日曜日に教会学校に通い続けることは困難な状況にあります。
けれども、福音の言葉は、子どもたちも必要としています。聖書に幼い時から親しみ、教会学校でのお友達と、主イエスのお言葉を聴きながら、育ち、友情とか人間関係を育むことは、わたしのそういうことの足りなかった幼少時代あるいは少年時代にかんがみても、その必要を他人事ではなく感じている昨今です。どうぞ、子どもさんを教会学校に送ってください。親御さん、ご一緒でももちろん大歓迎です。子どもたちは、正義感が強く、正しいもの、真実なものが何であるかを、本能的にキャッチします。そしてそれを求めています。聖書は、世界におけるベストセラーといわれますが、教会の門をたたき、洗礼を受けるに至る人は依然として多くはありません。しかし、聖書は確かなものであります。真実の宝が隠されている聖書にあなたの生涯を賭けてみませんか。それには、教会に行くのが一番確かです。神さまが、ご自分のことを知らせるために、教会が、主イエス・キリストの十字架と復活、またそのお語りになったお言葉を通して、与えられているからです。なお、わたしたちの津田沼教会では、毎週水曜日の聖書の学びや隔月くらいで開かれる礼拝後に集会室で持たれる「信徒の学びと交わり」が教会学校同様昨年4月から始まりました。「信徒の学びと交わり」は引退牧師の内海望先生を通してのルターについての学びなどが開かれています。毎週特に朝10時半からの水曜日の「聖書に学び祈る会」は、現在「ローマの信徒への手紙」を読み進めています。どうぞ、お気軽に礼拝をはじめ、どの集会にも教会においでください。教会の人々もあなたをお待ちしています。神さまの祝福が、あなたの上に豊かにありますように。
イザヤ書43:10−13、1コリント1:26−31
マタイ福音書4:18−25
イエスは、ガリラヤ湖のほとりを歩いておられたとき、二人の兄弟、ペトロと呼ばれるシモンとその兄弟アンデレが、湖で網を打っているのを御覧になった。彼らは漁師だった。イエスは「わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしよう」と言われた。二人はすぐに網を捨てて従った。そこから進んで、別の二人の兄弟、ゼベダイの子ヤコブとその兄弟ヨハネが、父親のゼベダイと一緒に、船の中で網の手入れをしているのを御覧になると、彼らをお呼びになった。この二人もすぐに、舟と父親とを残してイエスに従った。
イエスはガリラヤ中を回って、諸会堂で教え、御国の福音を宣べ伝え、また、民衆のありとあらゆる病気や患いをいやされた。そこで、イエスの評判がシリア中に広まった。人々がイエスのところへ、いろいろな病気や苦しみに悩む者、悪霊に取りつかれた者、てんかんの者、中風の者など、あらゆる病人を連れて来たので、これらの人々をいやされた。こうして、ガリラヤ、デカポリス、エルサレム、ユダヤ、ヨルダン川の向こう側から、大勢の群衆が来てイエスに従った。
教会学校の案内
この日は、津田沼教会の総会礼拝で、主管をしてくださっている市ヶ谷教会の渡辺純幸先生が「さあさあ おまかせ、もう寝よう」と題して本日の福音書から説教をしてくださいました。神の子、主イエスがペトロたちを弟子に召命したことの意味を告げる力強いメッセージでした。
さて、わたしたちの津田沼教会では、教会学校を昨年の4月から始めています。教会学校としては午前9時からとしてありますが、教会学校の礼拝は9時半くらいから守っています。10時半からの主として大人の礼拝につなげるためです。小さな教会学校で、わたしたち夫婦の一人息子の小学一年生とお母さんと幼稚園の年長さんの女の子が常連といった段階です。しかし、クリスマスの時などに時々来る信徒のお孫さんや、ミッションスクールで過ごされたお母さん夫婦と二人の男の子、また、今来ている女の子のお友達が来ることもあります。
今の子どもたちは、スポーツクラブや習い事、塾やまた、テレビなどで日曜日に教会学校に通い続けることは困難な状況にあります。
けれども、福音の言葉は、子どもたちも必要としています。聖書に幼い時から親しみ、教会学校でのお友達と、主イエスのお言葉を聴きながら、育ち、友情とか人間関係を育むことは、わたしのそういうことの足りなかった幼少時代あるいは少年時代にかんがみても、その必要を他人事ではなく感じている昨今です。どうぞ、子どもさんを教会学校に送ってください。親御さん、ご一緒でももちろん大歓迎です。子どもたちは、正義感が強く、正しいもの、真実なものが何であるかを、本能的にキャッチします。そしてそれを求めています。聖書は、世界におけるベストセラーといわれますが、教会の門をたたき、洗礼を受けるに至る人は依然として多くはありません。しかし、聖書は確かなものであります。真実の宝が隠されている聖書にあなたの生涯を賭けてみませんか。それには、教会に行くのが一番確かです。神さまが、ご自分のことを知らせるために、教会が、主イエス・キリストの十字架と復活、またそのお語りになったお言葉を通して、与えられているからです。なお、わたしたちの津田沼教会では、毎週水曜日の聖書の学びや隔月くらいで開かれる礼拝後に集会室で持たれる「信徒の学びと交わり」が教会学校同様昨年4月から始まりました。「信徒の学びと交わり」は引退牧師の内海望先生を通してのルターについての学びなどが開かれています。毎週特に朝10時半からの水曜日の「聖書に学び祈る会」は、現在「ローマの信徒への手紙」を読み進めています。どうぞ、お気軽に礼拝をはじめ、どの集会にも教会においでください。教会の人々もあなたをお待ちしています。神さまの祝福が、あなたの上に豊かにありますように。
2005/01/23(日) 10:30:00| 未分類|
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