津田沼教会 牧師のメッセージ
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「死に打ち勝たれた主イエス」(ルカ24:1-12)
ルカ福音書第24章1節-12節、2016年3月27日、復活祭聖餐礼拝(典礼色―白―)、出エジプト記第15章1節-11節、コリントの信徒への手紙一第15章21節-28節、讃美唱118/1(詩編第118編14節-24節)

ルカによる福音書第24章1節-12節
 
そして、週の初めの日の明け方早く、準備しておいた香料を持って墓に行った。見ると、石が墓のわきに転がしてあり、中に入っても、主イエスの遺体が見当たらなかった。そのため途方に暮れていると、輝く衣を着た二人の人がそばに現れた。婦人たちが恐れて地は、どの福音書も、また顔を伏せると、二人は言った・「なぜ、生きておられる方を死者の中に捜すのか。あの方は、ここにはおられない。復活なさったのだ。まだガリラヤにおられたころ、お話しになったことを思い出しなさい。人の子は必ず、罪人の手に渡され、十字架につけられ、三日目に復活することになっている、と言われたではないか。」そこで、婦人たちはイエスの言葉を思い出した。そして、墓から帰って、十一人とほかの人皆に一部始終を知らせた。それは、マグダラのマリア、ヨハナ、ヤコブの母マリア、そして一緒にいた他の婦人たちであった。婦人たちはこれらのことを使徒たちに話したが、使徒たちは、この話がたわ言のように思われたので、婦人たちを信じなかった。しかし、ペトロは立ち上がって墓へ走り、身をかがめて中をのぞくと、亜麻布しかなかったので、この出来事を驚きながら家に帰った。


説教「死に打ち勝たれた主イエス」(ルカ24:1-12)

 ルカ福音書24章は、3つの部分に分けることができます。今日の個所と、来週の主日のエマオ途上の出来事と、そして残りの24章36節以下であります。
 次第次第に、この24章は高まりを見せていきます。
 今日の個所では、主イエスが、すなわち、ご復活の主イエス自身が、その体でもって現れて、弟子たちによって見られるというところにまでは行きません。
 しかも、ルカ福音書では、主のご復活の出来事が主のご復活の出来事が、イースターの日、その丸一日で起こっているのであります。
 主イエスの体が納められた墓が空であったという不思議な出来事が、今日の部分では記されています。
 すなわち、主イエスは、体をもって死者たちのうちから、起き上がらされたということであります。
 主が復活された時、どのような模様であったかは、どの福音書も、また、パウロの手紙も、関心はなく、しかし、復活の体をもって死者の中から起き上がらされた、復活させられた者の内の初穂となられたのであります。
 私たちは、安息日からの一日目、今の日曜日に当たる、この主の日に、起き上がらされたのであります。
 その日のごく早く、「夜明け前の深みに」この出来事が起こっているのであります。これは、神が奇跡をなさるときのは、出エジプトのときにも、「朝早く」であり、神の介入は夜明けの時にしばしば起こっています。
 女たちは、香料を持って、先生の遺体に塗り、丁重に葬るためにやって来るのであります。
 墓を塞いでいた大きな石は、既に転がしてありました。その墓穴の中で女(の弟子)たちは主のご遺体がなく、途方に暮れている。
 私たちが葬りをするとき、しばしば途方に暮れます。女たちもそうでありました。ところが、二人の人がまばゆい、稲光のように輝く衣を着て、そばに立ち、彼女たちは正気を失ったようになり、地に顔をつけて恐れおののくのであります。
 二人の天使は、なぜ死人たちと共に、生きておられる方を捜すのか。ここにはおられない。その方は生きておられる。かつて、彼がガリラヤで語られたことを想起しなさい。
 すなわち、人の子は、罪深い人間どもの手に渡され、十字架につけられ、三日目に起き上がると語られていたことをと。
 彼女らは、走って、弟子たち11人とその一緒の者たちのところに引き返すのであります。
 そして、弟子たちにそれらのことを伝えたのでありますが、弟子たちにはそれが馬鹿げたことのように思われ、信じることを拒み続けるのであります。
 しかし、彼女たちの伝達によって、ペトロは墓へやって来て、中をのぞいて亜麻布だけを見るのです。
 そして、彼は不思議に思いながら、引き返すのであります。
 女たちもそのときに、既に主の御復活を信じていたかどうかは分かりません。そして、信じないでいる弟子たちの中から、あのペトロはただ一人、墓にまで訪ね不思議に思いながら戻って来るのであります。
 死者たちの中にはもはや、主イエスはおられないで、予告されていたとおりに、罪人たちの手に渡され、十字架につけられ、死者の中からの初穂としておきあがらされたのであります。
 死者の中に主を求め、途方に暮れてしまう私たちのところへ、二人のみ使いを通し、さらには、女たちを通して、次第次第に復活の主がご自身のほうから復活を告げてこられるのであります。
 死が、すでに乗り越えられ、主は今も生きて働いておられるのであります。アーメン。
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2016/03/27(日) 10:30:00| 未分類| トラックバック(-) コメント(-)
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