津田沼教会 牧師のメッセージ
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「永遠に朽ちない言葉」(マルコ13:24-31)
マルコ福音書第13章24節-31節、2015年11月22日、聖霊降臨後最終主日礼拝、(典礼色―緑―)、ダニエル書第7章9節-10節、ヘブライ人への手紙第13章20節-21節、讃美唱108(詩編第108編2節-7節)

マルコによる福音書第13章24節-31節

 「それらの日には、このような苦難の後、
太陽は暗くなり、
月は光を放たず、
星は空から落ち、
天体は揺り動かされる。
そのとき、人の子が大いなる力と栄光を帯びて雲に乗って来るのを、人々は見る。そのとき、人の子は天使たちを遣わし、地の果てから天の果てまで、彼によって選ばれた人たちを四方から呼び集める。」

「いちじくの木から教えを学びなさい。枝が柔らかくなり、葉が伸びると、夏の近づいたことが分かる。それと同じように、あなたがたは、これらのことが起こるのを見たら、人の子が戸口に近づいていると悟りなさい。はっきり言っておく。これらのことがみな起こるまでは、この時代は決して滅びない。天地は滅びるが、わたしの言葉は決して滅びない。」



説教「永遠に朽ちない言葉」(マルコ13:24-31)

今日は、教会では一年の最後の日曜日です。同じ総武地区の市川教会では、この日を召天者記念礼拝として守ると聞きました。私たちの命と死について、想い起こし、残された生涯を、目覚めて、確かな歩みをするべき時として、一年の終わりの礼拝に、先に召された人々の信仰の生涯を思い起こすと共に、改めて、自分の生き方を振り返る意味で、それもまた、ふさわしいと、思わされます。

さて、今日の教会暦聖書日課3年サイクルB年、最後のマルコ福音書と共に与えられている、それぞれの聖書の個所は、いずれも決して暗いものではなく、確かな約束とそれへの信頼を表わすみ言葉であります。

讃美唱の詩編108:2-7は、私は、曙、しののめ、東雲を呼びさましますと、主なる神をほめたたえ、あなたの輝かしい助けを与えてください、と願っています。

また、第1の朗読、ダニエル書第7章9-10は、「日の老いたる者」があらわれ、そのもとに、数千、数万の者が仕えるという終わりの日の幻を描いています。

使徒書のヘブライ人への手紙も、羊の大牧者キリストをよみがえらせた父なる神が、キリストを通して、わたしたちを、よいもので満たして下さるようにとの2節の祝福の言葉で終わっています。

いつかは来る終わりの日が、決して恐ろしいものではなく、主に信頼する者にとって、むしろ喜びに満ちたものであることが、これらの聖書個所からもうかがえます。

時は、現在、フランスでは、戦後最悪とも言われる同時テロで、世界の行く手には暗雲が漂っているとしか思えないような、厳しい現実が一方にありますが、平和をもたらせる聖書の神に思いを馳せながら、今日の福音、マルコ13:24-31の短いくだりをご一緒にしばらく考えたいと思います。

主は、すぐこの後に待ちかまえている十字架を前にして、オリーブ山にお座りになって、エルサレムの神殿を見ながら、4人の弟子たちに語っています。マルコの小黙示録と呼ばれる、この福音書の中では一番長い説教がここ13章にまとめられています。

「ところがどっこい」、それらの日々において、その苦難、なやみの後に、と今日の個所は始まっているのです。

苦難の体験が、終わりの時の前にはいやおうなしに待っています。今、見ているエルサレム神殿は、滅ぼされ、跡形もなくなり、偽キリストが現れたり、戦争のうわさが聞かれたり、産みの苦しみがなされ、激しい迫害が起こったりする。それらのことに十分注意していなさいと、この説教では始まっていました。

しかし、そのような苦難、悩みの後に、「それらの日々において」、天に異変が起こると言います。太陽は暗くされ、月はその輝きを与えず、天の星々は、落ちつつあるであろうし、天の軍勢、天の万象、あるいは諸要素とも訳される、それらは、揺すぶられるであろう、と言います。それらの表象は、旧約聖書の中では、バビロンの崩壊や、エジプトの没落、エドムの陥落を預言するときなどに、出てくる表現であります。

しかし、これらの異変の後に、人々は、人の子が雲に乗って、大いなる力と栄光を帯びてやって来るのを見るというのです。この言葉は、主イエスが、この後、受難において、お前は、メシアなのかと大祭司に問い詰められたときに、表明する言葉でもあります。

この1節は今日の福音のなかで、否、この小黙示録と言われる説教の中で、最も大切な言葉であります。そして、これは、第1朗読で読まれたダニエル書の記事のすぐ後に出てくるダニエル書7:13から取られている言葉であります。多くの、神に敵対する国や王たちによってイスラエルが苦しめられる歴史の中で、黙示文学として生まれ、そこでは、夜見ていると幻の中で、人の子のような者が、日の老いたる者の前に、天の雲に乗って到来し、主権や、力、光輝がこれに服し、諸国民がこれに仕える、という幻をダニエルは見ていたのであります。

そして、主イエスが、ご自分のことを「人の子」と言う場合、苦難のしもべを意味する場合と、終わりの時に栄光において到来し、世を裁く者という、大きく二つの意味があります。神から遣わされたメシアであることを示していますが、その意味することが何なのか、マルコの弟子たちは、ここでも無理解であり、分からなかったでありましょう。

その後に、彼は、天使たちを遣わして、天の果てから、地の果てまで、四方から、ご自分のために選ばれた者たちを、共に集まるように、命じます。イスラエルの神の民が、世界に散らばらされていたのを、ヤハウェが、再びご自分のもとへと呼び集めると約束していたように、人の子は、選ばれた者たち、弟子たちをご自分のもとに集めると約束されています。そして、ここには、世の終わりに、羊とやぎをよりわけ、一人一人を厳しく裁くという表現はみられません。

それから、主は、そのいちじくの木から、「譬え」を学びなさいと続けておられます。イスラエルでは、長い冬の後、ようやく、枝が樹液で柔らかくなり、葉が現れ、広がっていくと言います。それを見たとき、あなた方は、夏が近いことを知ると主イエスは説かれます。

そして、そのように、あなた方は、それらのことが、起こるのを見たときには、彼、人の子が、あるいは、それ、神の支配でしょうか、それが、戸口どもの上に近いことを知りなさいと言われる。

それらのことというのは、何でしょうか。それは、終わりの日の来る前に、先に述べた大きな苦難の出来事をまず必ず、あなた方は体験することになっているということであります。

そして、よく言っておくが、それらすべてのことが起こらない内には、この世代は決して過ぎ去らない、と言われたのです。

すなわち、主は、聞いている弟子たちに向かって、あなた方の世代は、それらの大きな悩み、苦難を体験し、人の子が雲に乗り、世界中の主の民を集めるのを、生きている間に見ることができると約束なさっているのであります。

そして、天も地も、それらのものは、過ぎゆくであろうと言われます。およそ、造られたものは、滅びるでありましょう。しかし、最後に、主は、私の言葉どもは、決して過ぎ去らないであろうと、他にはない強い言いまわして、ご自分の語った言葉どもが、永遠に過ぎ去ることは決してあるまいと断言なさるのであります。

この主の言葉とは、今日の記事で語られている、私たちが体験する大きな苦難の後に、人の子が雲に乗り、神の力と栄光に包まれてふたたびおいでになる。そしてその来臨と接近は、あなた方の世代が過ぎ去る前に起こるとの約束の言葉であります。

さらにそれは、主イエスが語った、霊と命の言葉、人を生かすすべての主の御言葉まで含んでいると言っても言い過ぎではないでしょう。主の約束のみ言葉に賭けて生きて行くように、この一年の最後の日曜日に、私たちは招かれているのであります。

主イエスの言葉、それは、永遠に朽ちない言葉であり、私たちは、そこに自分の魂をかけて生きるのであります。そして、それは、「究極」の生き方をするということでありましょう。しかし、それは、「究極以前の」事柄、言わば、この世のささいな問題と思われる、日常生活で求められる、人と人との間のささやかな配慮、気配りとか健全な常識を軽んじるものではないのです。

終わりの日に思いを馳せるこの日曜日、その日が決して恐ろしい神の裁きの日ではなく、主イエスのことばに信頼し、救いと完成の日であることを信じ、待ち望みつつ、目をさまし、日々与えられている責任や仕事に堅実に向き合い、ルターが言ったと言われるように、たとえ、明日が終わりの日であるとしても、私はりんごの木を植える、そのような生き方を、新しい一年もしていきたいものです。

天の父なる神さま。
主イエスが、人の子として、再び、私たちの苦難の後に、神の栄光のうちにお出でになることを、固く信じることができますように。信仰と希望と愛、このうち最後まで残るのは愛であるとパウロは言いました。それは、キリストのお語りになった言葉すべてでもあります。この一年のそれぞれの歩みのうちに、あなたの恵みを数えさせてください。そして、神への愛と隣人への奉仕に生きる、新しい一年をお与え下さい。キリストによって、アーメン。




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2015/11/22(日) 10:30:00| 未分類| トラックバック(-) コメント(-)
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