津田沼教会 牧師のメッセージ
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「すこやかな暮らし」(マルコ5:21-34)
マルコ福音書5章21節-43節、2015年7月26日、聖霊降臨後第9主日礼拝(典礼色―緑―)、哀歌3章22節-33節、コリントの信徒への手紙二8章1節-15節、讃美唱121(詩編121編1節-8節)

マルコによる福音書5章21節-43節
 
 イエスが舟に乗って再び向こう岸に渡られると、大勢の群衆がそばに集まって来た。イエスは湖のほとりにおられた。会堂長の一人でヤイロという名の人が来て、イエスを見ると足もとにひれ伏して、しきりに願った。「わたしの幼い娘が死にそうです。どうか、おいでになって手を置いてやってください。そうすれば、娘は助かり、生きるでしょう。」そこで、イエスはヤイロと一緒に出かけて行かれた。
大勢の群衆も、イエスに従い押し迫って来た。さて、ここに十二年間も出血の止まらない女がいた。多くの医者にかかって、ひどく苦しめられ、全財産を使い果たしても何の役にも立たず、ますます悪くなるだけであった。イエスのことを聞いて、群衆の中に紛れ込み、後ろからイエスの服に触れた。「この方の服にでも触れればいやしていただける」と思ったからである。すると、すぐ出血が全く止まって、病気がいやされたことを体に感じた。イエスは、自分の内から力が出て行ったことに気づいて、群衆の中で振り返り、「わたしの服に触れたのはだれか」と言われた。そこで、弟子たちは言った。「群衆があなたに押し迫っているのがお分かりでしょう。それなのに、『だれがわたしに触れたのか』とおっしゃるのですか。」しかし、イエスは、触れた者を見つけようと、辺りを見回しておられた。女は自分の身に起こったことを知って恐ろしくなり、震えながら進み出てひれ伏し、すべてをありのまま話した。イエスは言われた。「娘よ、あなたの信仰があなたを救った。安心して行きなさい。もうその病気にかからず、元気に暮らしなさい。」
イエスがまだ話しておられるときに、会堂長の家から人々が来て言った。「お嬢さんは亡くなりました。もう、先生を煩わすには及ばないでしょう。」イエスはその話をそばで聞いて、「恐れることはない。ただ信じなさい」と会堂長に言われた。そして、ペトロ、ヤコブ、またヤコブの兄弟ヨハネのほかは、だれもついて来ることをお許しにならなかった。一行は会堂長の家に着いた。イエスは人々が大声で泣きわめいて騒いでいるのを見て、家の中に入り、人々に言われた。「なぜ、鳴き騒ぐのか。子供は死んだのではない。眠っているのだ。」人々はイエスをあざ笑った。しかし、イエスは皆を外に出し、子供の両親と三人の弟子だけを連れて、子供のいる所へ入って行かれた。そして、子供の手を取って、「タリタ、クム」と言われた。これは、「少女よ、わたしはあなたに言う。起きなさい」という意味である。少女はすぐに起き上がって、歩きだした。もう十二歳になっていたからである。それを見るや、人々は驚きのあまり我を忘れた。イエスはこのことをだれにも知らせないようにと厳しく命じ、また、食べ物を少女に与えるようにと言われた。

説教「すこやかな暮らし」(マルコ5:21-43)

 ここのところ、テレビや新聞では、日航機事故30年の特集を組んだりしています。30年前、御巣鷹山に墜落し、520人の、単独としては世界史上最悪の事故となった、その残された遺族たちの30年が特集されたりしています。
ある方は、亡くした父の遺志を継ぐようにしての30年の歩みであり、ある人はその痛手から、解放されずに、今もある意味では苦しみから抜け切れずに、歩まれています。ある父親は、墜落する30分ほどの間に、メモを書いて、「自分の生涯は幸せだった。家族に感謝します。お母さんを助けて幸せに歩んでください」と走り書きを残し、それが、その遺族の大きな励ましとなったケースもありました。
平凡だが「すこやかな暮らし」がどんなに恵まれた祝福であるかを、考えさせられます。
また、最近、暑中見舞いを書きましたが、昨年の今頃には、丁寧な返事をもらった某教会の主婦が昨年の暮れに、脳内出血で急死された出来事があり、その文面を読みながら、人の命が死と隣り合わせであることを改めて知らされています。

今日の福音は、そのような、病と死をも癒し、解決なさる主イエスの二つの奇跡の出来事が、マルコの好むサンドイッチの構造で、語り伝えられています。
主イエスは、ゲラサの地から、舟に乗って、横切って、対岸のカファルナウム辺りに戻って来ます。そして、湖のほとりに立っておられると、大勢の群衆が集められます。ところがそこに、会堂長たちの一人で、ヤイロと言う人が、やって来てひれ伏し、しきりに、嘆願し始めます。「私の幼い娘が、終わりの時を持っています。しかし、あなたがやって来て、手を置いてくださったら、彼女は救われ、生きるでしょう」と言ってきかないのです。
主は彼と共に出発しました。大勢の群衆も後をついて来ます。ところが、そこにある女性がいて、彼女は12年間も長血を患い、すべての財産を投じて、あらゆる医者にかかりましたが、一向に良くならず、かえって悪化していたのでした。
彼女は、イエスのうわさを聞き、この人の服にでも触れば、救われるだろうと思って、群衆に交じり込み、後ろから、その服に触れたのです。その瞬間、血の源が渇き、癒されたことを感じました。ところが、イエスは、自分から力が出て行ったことを認識し、私に触れた者は誰かと見回しておられました。
弟子たちは、この群衆が押し迫っていることがお分かりでしょう、それなのに、だれが触れたのかと言われるのですかと、諌めんばかりです。群衆を見回すイエスに、その女性は、恐れさせられ、震えながら、回復したことを感じつつ、すべての真実を申し出ます。
そのとき、主イエスは、「あなたの信仰があなたを救った。平和へと出て行きなさい。病気、これは、鞭という言葉ですが、もうそれから自由となって、元気でいなさい」と語りかけるのです。
ただ、長年の病から解かれたままにしておかれないで、主はその人を探し当て、御自分との人格的なふれあい、交わりにまで、引き上げられるのです。社会から、絶縁させられて、汚れた存在として見捨てられていたこの人を、主は、人々との交わりにも回復させ、さらに、神との交わりへと回復され、もう病にかからないように達者でいなさいと、平凡でもすこやかや、体も魂も健全な生活へとお返しになるのです。
ところが、主がまだ語っておられるときに、会堂長の家から、使いが来て、ヤイロに向かって言うのです。「あなたのお嬢さんはなくなりました。もう先生を煩わせることはないでしょう。」
このときのヤイロの思いはいかばかりであったでしょうか。死は人間を打ちつけます。今までの会堂長としての威信も、そしておそらく栄光も、一切が空しく思われ、どん底に追いやられた時であったでしょう。
しかし、主イエスのその言葉を耳にして、これは、その言葉を聞き流し、あるいは無視するかのように、ヤイロに向かって語ります。「恐れることはない。ただ信じなさい」と。
ヤイロとは、啓示を受けるとか、目覚めさせられ、起き上がるといった意味の名前です。ヤイロの父が、その誕生の時に、思いを込めて付けた名前だったでしょう。
ヤイロは、主のこのお言葉を聞いて、自分を取り返したのではないでしょうか。彼らは、ヨハネとヤコブとペトロだけを伴ない、群衆にはついて来させず、ヤイロの家に向かいます。
するともう、家では、泣き女と嘆き悲しむ声と騒ぎで満ちていました。主は、なぜ騒ぐのか、その子は眠っているのだと戒めます。人々はそれを聞いてあざ笑ったとあります。
主イエスは、その父と母と、3人の弟子だけで、その子の置かれていた所に入ります。
そして、「タリタ・クム」と呼ばれました。これは、訳すると、私はあなたに言う、少女よ、起きなさいという意味だと書いてあります。私はあなたに言うという言葉はないのですが、「少女よ、起きなさい」というアラム語で主イエスが用いた言葉を残したものです。
そして、主は、その子の手を取りますと、その子は起き上がり、そこらへんを歩き回り始めます。人々は驚きのあまり、我を忘れたとあります。そして、主は、あなたがたが見たことを、だれにも言ってはならないと厳しく、命じられ、何か食べ物を与えるようにと言われるのです。その子は、もう12歳にもなっていたと記されています。
この子も、やがて大きくなり、あの人は「タリタ・クム」のおばさんだよと人々は後年噂したことでしょう。しかし、やがては、年老いて、あるいは病気となって、地上の生涯は終えたことでしょう。
12年長血を患っていた女性も、また、ヤイロも主イエスと向かい合うことを通して、神との関係において、その後の生涯を歩んだことでしょう。この二人の物語は、私たち、信仰者の物語でもあります。
私たちが、毎週、すこやかな暮らしへと、たとえどんなに辛い1週間であっても、礼拝を通して、主イエスと出会って、病、そしてその終曲である死をも支配しておられる主イエスの眼差しの中で、「平安へと出て行きなさい。達者でいなさい」と毎週、み言葉を受けて送り出されるのが、私たちの信仰生活であります。アーメン。
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2015/07/26(日) 10:30:00| 未分類| トラックバック(-) コメント(-)
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