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津田沼教会 牧師のメッセージ
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「み霊に満たされ、神の言葉を語る」(使徒言行録2:1-21)
ヨハネ福音書15章26節-16章4節a、2015年5月24日、聖霊降臨祭聖餐礼拝(典礼色―赤―)、エゼキエル書37章1節-14節、使徒言行録2章1節-21節、讃美唱89(詩編89編2節-9節)

使徒言行録2章1節-21節
 
 五旬祭の日が来て、一同が一つになって集まっていると、突然、激しい風が吹いて来るような音が天から聞こえ、彼らが座っていた家中に響いた。そして、炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上にとどまった。すると、一同は聖霊に満たされ、“霊”が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話しだした。
 さて、エルサレムには天下のあらゆる国から帰って来た、信心深いユダヤ人が住んでいたが、この物音に大勢の人が集まって来た。そして、だれもかれも、自分の故郷の言葉が話されているのを聞いて、あっけにとられてしまった。人々は驚き怪しんで言った。
 「話をしているこの人たちは、皆ガリラヤの人ではないか。どうしてわたしたちは、めいめいが生まれた故郷の言葉を聞くのだろうか。わたしたちの中には、パルティア、メディア、エラムからの者がおり、また、メソポタミア、ユダヤ、カパドキア、ポントス、アジア、フリギア、パンフィリア、エジプト、キレネに接するリビア地方などに住む者もいる。また、ローマから来て滞在中の者、ユダヤ人もいれば、ユダヤ教への改宗者もおり、クレタ、アラビアから来た者もいるのに、彼らがわたしたちの言葉で神の偉大な業を語っているのを聞こうとは。」人々は皆驚き、とまどい、「いったい、これはどういうことなのか」と互いに言った。しかし、「あの人たちは、新しいぶどう酒に酔っているのだ」と言って、あざける者もいた。

 すると、ペトロは十一人と共に立って、声を張り上げ、話し始めた。「ユダヤの方々、またエルサレムに住むすべての人たち、知っていただきたいことがあります。わたしの言葉に耳を傾けてください。今は朝の九時ですから、この人たちは、あなたがたが考えているように、酒に酔っているのではありません。そうではなく、これこそ預言者ヨエルを通して言われていたことなのです。
『神は言われる。
 終わりの時に、
 わたしの霊をすべての人に注ぐ。
 すると、あなたたちの息子と娘は預言し、
 若者は幻を見、老人は夢を見る。
 わたしの僕やはしためにも、
 そのときには、わたしの霊を注ぐ。
 すると、彼らは預言する。
 上では、天に不思議な業を、
下では、地に徴を示そう。
血と火と立ちこめる煙が、それだ。
主の偉大な輝かしい日が来る前に、
太陽は暗くなり、
月は血のように赤くなる。
主の名を呼び求める者は皆、救われる』」
 



説教「み霊に満たされ、神の言葉を語る」(使徒言行録2:1-21)

 今日は、ペンテコステの礼拝です。五旬節に復活の主の約束を信じて、一つどころに集まり、一つ心になって祈っていた弟子たちの上に、聖霊が降ったのであります。そのとき、赤い舌のような形をした聖霊が、一人一人の弟子たちの頭の上にくだり、彼らは、集まって来た、敬虔なユダヤ教の人々や、ユダヤ教への改宗者たちに向かって、それぞれの言語で、神の言葉を宣言するに至ったのであります。
 これは、バベルの塔の出来事の折に、主なる神が、その建設をやめさせて、人類の言葉を混乱させ、それ以降、人類は地上に散らばされて、異なる言語をしゃべるものとされていたのを、本来の状態へと回復させられた出来事とも言えましょう。
 ガリラヤの無学な漁師たちの混じっている12人を始め、100人ほどの者が、集まっていたディアスポラのユダヤ人たち、あるいはそれへの改宗者たちに向かって、その故郷の言語で神の言葉を宣言するに至ったのであります。
 そして、この出来事によって、教会が生まれたのであり、ペンテコステは、教会の創立記念日ともされているのであります。
 そして、それは、旧約聖書によって、終わりの日に成就すると約束されていた出来事でありました。
 困惑する、集められた人々に向かって、ペトロは、ここで、大胆に説教を、弟子たちを代表して始めるのであります。
 終わりの日々に、こうなると、預言者ヨエルが記している。すなわち、すべての人に、私の霊を注ごう、と神は言われる。すると、あなた方の息子、娘は幻を見、あなた方の老人たちも夢を見る。あなた方のしもべ、しもめも、預言することになり、天では不思議なしるしがあり、太陽は赤くなり、月は血のようになり、下では、煙の蒸気などがあらわれるが、すべて神を信じる者は救われる、輝かしい時が来ると言われている通りであると、ペトロは、大胆に神の救いの成就を説教し始めるのであります。ここに、教会の誕生があり、この時から、使徒たちの、宣教が始まり、聖霊によって、世界宣教が始まったのであり、それを記録した使徒言行録も、聖霊行伝であるとも言われることになったのであります。
私どもも、この出来事をもう一度、確認しながら、聖霊によって力を与えられて、この世界へと宣教に、ここから出て行きましょう。アーメン。
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2015/05/24(日) 10:30:00| 未分類| トラックバック(-) コメント(-)
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