津田沼教会 牧師のメッセージ
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「キリストを証しする生涯」(マタイ10:16-33)
マタイ10:16-33、2014年7月13日、聖霊降臨後第5主日(典礼色―緑―)、エレミヤ書20:7-13、ローマの信徒への手紙6:1-11
 
マタイによる福音書10:16-33

 「わたしはあなたがたを遣わす。それは、狼の群れに羊を送り込むようなものだ。だから、蛇のように賢く、鳩のように素直になりなさい。人々を警戒しなさい。あなたがたは地方法院に引き渡され、会堂で鞭打たれるからである。また、わたしのために総督や王の前に引き出されて、彼らや異邦人に証しをすることになる。引き渡されたときには、何をどう言おうかと心配してはならない。そのときには、言うべきことは教えられる。実は、話すのはあなたがたではなく、あなたがたの中で語ってくださる、父の霊である。兄弟は兄弟を、父は子を死に追いやり、子は親に反抗して殺すだろう。また、わたしの名のために、あなたがたはすべての人に憎まれる。しかし、最後まで耐え忍ぶ者は救われる。一つの町で迫害されたときは、他の町へ逃げて行きなさい。はっきり言っておく。あなたがたがイスラエルの町を回り終わらないうちに、人の子は来る。
 弟子は師にまさるものではなく、僕は主人にまさるものではない。弟子は師のように、僕は主人のようになれば、それで十分である。家の主人がベルゼベルと言われるのなら、その家族の者はもっとひどく言われることだろう。」

 「人々を恐れてはならない。覆われているもので現わされないものはなく、隠されているもので知られずに済むものはないからである。わたしが暗闇であなたがたに言うことを、明るみで言いなさい。耳打ちされたことを、屋根の上で言い広めなさい。体は殺しても、魂を殺すことのできない者どもを恐れるな。むしろ、魂も体も地獄で滅ぼすことのできる方を恐れなさい。二羽の雀が一アサリアオンで売られているではないか。だが、その一羽さえ、あなたがたの父のお許しがなければ、地に落ちることはない。あなたがたの髪の毛までも一本残らず数えられている。だから、恐れるな。なたがたは、たくさんの雀よりもはるかにまさっている。」

 「だから、だれでも人々の前で自分をわたしの仲間であると言い表わす者は、わたしも天の父の前で、その人を知らないと言う。」






説教「キリストを証しする生涯」(マタイ10:16-33)

今日は、聖霊降臨後第5主日でありますが、私たちはその聖書日課に従って、同時にここ数年、年に2回、持っています召天者記念礼拝をも兼ねて、あえて聖霊降臨後第5主日の福音日課を今日の福音として聞いたのであります。
幸いに、今日の福音の記事は、先に天へと召された、信仰の先輩や、また、直接にキリストを、自分の罪からの救い主とまでは、告白するには、至らなかった、実の親ですとか、伴侶をも、覚えて、礼拝に与っているのであります。
最近も、信徒に関わりのある方が、二人ほど天に召され、一人はある信徒・兄弟のお母さまであり、熱心な浄土真宗の信徒であり、今日は偶然にも石川県の墓地まで納骨に一日の日帰りで向かっているのであります。そして、そのご遺影だけは、教会に与って一緒に礼拝しているのであります。
もう一人は信徒の方の御主人であり、自分の最後の時は、「いつくしみふかき」をオルガンで演奏して見送ってほしいとの遺言があって、その通りにそうなさいました。
そして、津田沼教会で家族葬で静かな葬儀をとりおこなったのであります。身近な人の死は、大きな心の傷を、残された者に残します。私の経験からは、少なくとも、一二年は、それが続くのではないかと思います。
さて、私たちは、教会で故人のありし日を礼拝を通して偲ぶのでありますが、それは同時に、残された私たちに与えられている有限の命について、思い巡らし、悔いのない人生を送るように、思いを新たにする時でもあります。
今日の福音に思いを巡らしてみましょう。これは、先週の12弟子派遣の続きの、主イエスの、弟子たちを派遣するにあたっての命令、迫害の予告、あるいは、前もっての弟子として御あり方、さらには主イエスの約束の言葉であります。
マタイの福音書を生みだした教会は、ここに記されているように、非常な迫害の中にあったでありましょう。
あなた方は、鳩のように混じり気のない純粋さ、素直さを持ち、また、それと同時に蛇のように、賢く慎重な者になりなさいと、まず、言われています。それは、地方総督や王たちの前で、キリストについて証しをし、弁明しなければならない、迫害の時代が待っていることを予測しています。その時、何をどう言おうかと心配するな。必要な言葉を語らせるのは、天の父の霊であると主は言われます。
あなた方の髪の毛1本まで、数えられている。二羽の雀は、1アサリオンで売られているではないか。しかし、その一羽の雀も、父の許しなくしては、地に落ちることはないとも、言われます。
また、闇で私が語ることを、屋上で告げ広めよとも言われます。そして、人々を恐れるな。むしろ、肉体も霊も地獄で滅ぼすことのできる方、父なる神を恐れよと言われています。
そして、人間どもの前で、私を告白する者を、私も父の前で、告白しよう。逆に、人間どもの前で私を知らないという者を、私も、父の前で知らないと言おうと約束されています。
主イエスは、創世記の初めに、神がいつの日か、人間の犯した罪から、再び人間を救い出すためにエバに約束された種、待たれた子孫、すえでありました。
そのキリストを、私たちは信じ、また、人々にも証しする務めを与えられています。ここに、私たちが記念している、先立たれた、信仰の先輩、また、親しい肉親の生涯を思い起こしながら、残された私たちは、この聖書に約束されたキリストを、人々に紹介する生涯へと押し出されていきましょう。
恐れることはない。闇の中で示された真実は、覆われたままでいることはできない。主イエスという真実の救いは、やがて明らかになる。
屋上で、私があなた方に語った言葉を告げ広めよと、主イエスの言葉は、今も私たちを、励まし、再び、この世の中へと、私たちを遣わしてくれます。
天上で父なる神と主イエス・キリストと共に安らいでいる信仰の先輩たち、また、私どもを励まし、応援してくれた父や母や、夫、妻、それらの親しい故人を思い起こしながら、残された生涯を、キリストこそ、私どもの救いと証しする生涯を、ここから再び新たに踏み出しましょう。アーメン。
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2014/07/13(日) 10:30:00| 未分類| トラックバック(-) コメント(-)
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