津田沼教会 牧師のメッセージ
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「生命への戸口」(ルカ13:22-30)
ルカ福音書13:22-30、2013・08・25、聖霊降臨後第14主日(典礼色―緑―)、イザヤ書66:18-23、ヘブライ人への手紙12:18-29

ルカによる福音書13:22-30
 イエスは町や村を巡って教えながら、エルサレムへ向かって進んでおられた。すると、「主よ、救われる者は少ないのでしょうか」と言う人がいた。イエスは一同に言われた。「狭い戸口から入るように努めなさい。言っておくが、入ろうとしても入れない人が多いのだ。家の主人が立ち上がって、戸を閉めてしまってからでは、あなたがたが外に立って戸をたたき、『御主人様、開けてください』と言っても、『お前たちがどこの者か知らない』という答えが返ってくるだけである。そのとき、あなたがたは、『御一緒に食べたり飲んだりしましたし、また、わたしたちの広場でお教えを受けたのです』と言いだすだろう。しかし主人は、『お前たちがどこの者か知らない。不義を行う者ども、皆わたしから立ち去れ』と言うだろう。あなたがたは、アブラハム、イサク、ヤコブやすべての預言者たちが神の国に入っているのに、自分は外に投げ出されることになり、そこで泣きわめいて歯ぎしりする。そして人々は、東から西から、また南から北から来て、神の国で宴会の席に着く。そこでは、後の人で先になる者があり、先の人で後になる者もある。」

説教「生命への戸口」(ルカ13:22-30)
 
今日の福音書の日課、ルカ福音書13章22節から30節も、なかなか、厳しい主イエスのお言葉であります。主イエスは、町々、村々に沿って、歩き巡っておられた、教えられながら、旅をしながら、と今日の日課は始まっており、これもまた、ルカ福音書9章51節からルカ福音書19章27節まで続くエルサレムへの主の十字架への旅の途上の出来事であります。主イエスに、ある人、弟子であったか、ユダヤ教の論敵であったか、あるいは場所や日時については記されていません。
そして、当時のユダヤ人たちは、特にファリサイ派の多くは、ユダヤ人のみが救われると信じていました。しかし、さらにその中でも、この質問者は、主よ、救われる者は少ないのでしょうかと主イエスに尋ねたのであります。それに対して、主は、直接には答えず、あなた方は、狭い戸口から入るように、努めなさいとお答えになります。これは、競技場での運動家のように、神経をはりつめなさいという強い言葉であります。なぜなら、多くの人がそこへ入ろうと求めるが、彼らはそれができないだろうからと、言われるのであります。
そして、そこから、家の主人が起き上がって、戸口を閉めるであろう、そして、あなた方は立つことを始めるであろう、そして、こう語りながら、その戸口をノックすることを始めるだろう。主よ、私たちに開けてくださいと。すると主人は答えて、あなた方に言うであろう、あなた方を、あなた方がどこからのものか、私は知らないと。その時、あなた方は立って、語ることを始めるだろう。私たちはあなたのみ前で食べましたし、飲みましたし、あなたは、私たちの大通りでお教えになりましたと。で、彼はこう語りながら、言うだろう、私はあなた方を、あなた方がどこからの者なのか知らない、邪悪を働くすべての者たちよ、私から、引っ込めと。私たちが、仮に主イエスと同時代人であり、面識を持っていたとしても、それで救い、神の国に入れる保証とは決してならないのであります。
そして、主は言われます。そこに、泣く声や歯軋りがあるだろう。あなた方が、神の国において、アブラハムやイサクやヤコブや、すべての預言者たちを見るときに、そして一方、あなた方が外に放り出されているのを見るときにと。
そして、東から西から、北から、南から、人々がやって来るだろう、そして、神の国において彼らは宴会のために、その食事をふるまわれるために横になるであろうと。そして、主イエスは、そして見よ、先の者たちで後の者たちになるものがおり、後の者たちで先になるものがいるであろうと結ばれるのであります。
私たちは、救われるのかどうかを、思い悩むよりも、狭い戸口から、全神経を集中させて、入るように、日々、努めることが、求められているのであります。
私たちの津田沼教会員の柴田豊さんは、「神さまからの教科書」という自伝的闘病記、あるいは、職場での悩みなどをつづった信仰の回想録とも言うべき本を、数年前に書き、出版されました。その中で、私が最も印象に残っている言葉は、主イエスを信じれば、永遠の生命に与ると聖書が約束しているからには、洗礼を受けないではおれないとすぐに決断して、津田沼教会の信徒になられたという記事です。柴田豊さんは、永遠の生命への戸口を、毅然として叩かれ、入信という形ですぐに応答されたのであります。
古今東西、世界中の多くの人が、そのような体験をして、洗礼に与り、礼拝につながってきました。私たちは、自分が救われているかどうかに、悶着することなく、狭い戸口から入れるように全神経を集中させていきたい。しかし、私たちは、四六時中、救いの戸口に入れるように神経をはりつめることは、現実的には極めて困難なことです。特に今年の8月のように、酷暑が続きますと、いくら、救いの戸口に、神の国の戸口に、永遠の生命への戸口に入ろうと思ってはいても、体が、あるいは、神経が、ついて来ないと痛感させられることもあります。しかし、神さまは、そして、主イエスは、お恵みのみによって、多くの人を救いに与らせることがおできになる方です。そのために、主イエスはこの世界にお出でになられたのであります。 主イエスが、このエルサレムへの十字架の死と復活と、そしてご昇天のためにお出でになられたのは、主に従う一人一人が、救いの戸口、死ではなく、生命への戸口に入るように招かれるためでありました。
 もう一度、本日のテキストの内容に丁寧に返りますと、ルカ福音書13章25章から27節では、そこから、一家の主人が起き上がり、戸を閉めるであろう。そして、あなた方は、立って、ノックすることを、そして、こう語ることを始めるだろう、主よ、私たちに開けてくださいと。その時、一家の主人は、私はあなた方を、知らない、あなた方がどこからの者であるかを、と言うだろう。そして、あなた方は、言うであろう。私たちは、あなたの前で食べましたし、飲みましたし、あなたは、私たちの大通りでお教えになりましたと。
 これは、主イエスの同時代のユダヤ人たちに向かっても言われているかもしれませんが、当時の主イエスに同行している主イエスの弟子たちに、さらには、それから、2000年近くを過ぎました現代の私たちキリスト者に向かっても、語っていると受け取ることができます。 狭い、救いの戸口の家の中、すなわち神の国への戸口を開け閉めなさるのは、主イエスご自身なのであります。そして、私たちが、聖書を通して、主イエスの教えを知り、主イエスへの面識があり、信じて洗礼を受けているということだけでは、救いの保証にはならないし、主よ、主よ、あなたのみ名によって、私たちは奇跡を行い、あなたのみ名によって預言し、あなたのみ名によって、悪霊を追い出したと言っても、み心を行わないならば、主は、私はあなた方を知らない、あなた方がどこからの者なのかを知らない、邪悪の働き人たちは皆、私から引っ込めと言われるのであります。 そして、泣く声や、歯ぎしりの音があるであろう、アブラハムやイサクやヤコブや、すべての預言者たちが神の国の中にいるのを、あなた方が見るときに、そして一方、あなた方が、外に追い出されているのを見るときに、と主は言われます。イスラエルの族長たちやすべての預言者たちは、神の国を信じ、主イエスが終末の時にお出でになられることを信じ、この時を預言しているのであります。 
宗教改革者たちは、聖書のみ、恵みのみ、信仰のみを旗印として、当時のローマ・カトリック教会の逸脱した信仰理解に異を唱えました。行為によって、人間の功績によって、あるいは聖人の功徳によって、民衆は救われると当時のカトリック教会は教えるようになっていたのです。そして、免罪符、贖宥券によって、自分たちの亡くなった両親や祖父母も救われ、天国へと引き上げられると、本気で当時の教会は、民衆に教え、それから得る利益でローマの大聖堂の修復等に当てていたのであります。宗教改革者たちは、それに対抗して、聖書のみ、恵みのみ、信仰のみを前面に押し出しました。
ルターの言葉とされている、たとえ、明日が地球の最後の日であったとしても、私は今日りんごの木を植えるという言葉は、本日の狭い、終末の時に多くの人が入ろうとしても、入ることができない神の国への戸口を、あらゆる神経を張りつめて入ろうと努める生き方を示しています。
そして、東西南北、四方から、多くの国民がやって来て、神の国の宴会の食事の席につくだろう、そして、見よ、最初の者たちになるであろう終わりの者たちがおり、終わりになるであろう最初の者たちがいるであろうと主は、私たちの信仰歴やその長さに安住することなく、日々新たに、生命への狭い戸口から入るように招かれておられ、戸口が主イエスによって閉められる前に、恵みによって、永遠の生命に与るように、現在の信仰生活を改革するようにと、私たちを励ましておられるのであります。そして、その救いは、主イエスのエルサレムへの十字架の旅において既に約束されているのであります。
 今日、与えられているみ言葉から、新しい生活へと押し出されていきましょう。
                               アーメン。
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2013/08/25(日) 10:30:01| 未分類| トラックバック(-) コメント(-)
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