津田沼教会 牧師のメッセージ
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「世界平和をもたらす神」(マラキ4:1-5)
ミカ書4:1-5、エフェソの信徒への手紙2:13-18、ヨハネによる福音書15:9-12、2013・08・04、平和の主日(典礼色―赤―聖餐式)

ミカ書4:1-5
 終わりの日に
 主の神殿の山は、山々の頭として堅く立ち
 どの峰よりも高くそびえる。
 もろもろの民は大河のようにそこに向かい
 多くの国々が来て言う。
 「主の山に登り、ヤコブの神の家に行こう。
 主はわたしたちに道を示される。
 わたしたちはその道を歩もう」と。
 主の教えはシオンから
 御言葉はエルサレムから出る。
 主は多くの民の争いを裁き
 はるか遠くまでも、強い国々を戒められる。
 彼らは剣を打ち直して鋤とし
 槍を打ち直して鎌とする。
 国は国に向かって剣を上げず
 もはや戦うことを学ばない。

 人はそれぞれ自分のぶどうの木の下
 いちじくの木の下に座り
 脅かすものは何もないと
 万軍の主の口が語られた。
 どの民もおのおの、自分の神の名によって歩む。
 我々は、とこしえに
 我らの神、主の御名によって歩む。



説教「世界平和をもたらす神」(ミカ書4:1-5)

今朝は、ミカ書4章の1節から、5節を、平和週日の御言葉として、御一緒に考えてみたいと思います。このミカ書の言葉は、イザヤ書の2章の1節から5節までにも、同じような御言葉が記されていますが、これは、バビロン捕囚期以後のある伝承を、イザヤも、ミカも受け継いで、それぞれに脚色したものだと、考えられます。
ミカ書では、3章まで、エルサレムの預言者たちや、指導者たちが、腐敗しているのを主なる神が裁く記事が記されています。それに対して、4章の1節から5節は、一転して、シオンの山、シオンの丘が、他のどの峰よりも、終わりの日に、高く上げられ、堅く立てられるというのであります。エルサレムの東にあるオリーブ山よりも低いシオンの山が、世界のどの山や山脈よりも、高く上げられる。そして、異邦人たち、国々の民が、シオンに、シオンの神の家、神殿に向かって、流れ来たるというのであります。
彼らは言います。さあ、行こう、ヤコブの神の家に向かって登り、そして、彼の道において、学ぼうというのであります。そして、旧約聖書でも、最も有名な、武装解除の高らかな宣言が、続くのであります。彼らは、国が、もはや、国に向かって、剣をあげず、彼らの剣どもを打ち直して、鋤の刃、あるいは、鍬とし、彼らの槍どもを打ち直して、刈り取り鎌にする。そして、彼らはもう、戦争することを学ばない。そして、彼らを脅かすものはなにもないと、言うのであります。そして、人は、その所有地の果樹の木の下に、ぶどうの木や、いちじくの木の下に満ち足りて、座すというのであります。自由に武装解除の中で、平和を満喫して、過ごすことができるというのであります。ミカ書3章までは、賄賂を取る祭司や預言者のような、エルサレムの腐敗した指導者たちのことが、裁きとして、記されているのでありますが、ここでは、終わりの日々に、世界の国々の民が、ヤコブの神に、道を教わろうと、シオンの山を目指して、大河のように、流れ来たるというのであります。
そして、それぞれの国民は、それぞれの神の名において歩むが、私たちは、私たちの神、主の名において永遠から永遠まで、歩むというのであります。それぞれの国民がその宗教によって歩むが、私たちは、万軍の主、全能の神の名において歩むと、記されているのであります。
この武装解除、世界平和、これは、実現不能な、理想でありましょうか。確かに国際連盟も、ヒトラーの台頭によって、平和が踏みにじられ、第二次世界大戦に突入し、日本も、太平洋戦争に入り、多くの犠牲者や悲惨な出来事が付随して起こったのでありました。
私は、戦後10年目の1955年生まれでありますので、直接、戦争を体験した者ではありません。昔は、よく、宇和島湾に浮かびます九島という島の祖母の家に夏休みなど遊びに行きまして、祖母や、母や、叔父などから、戦争体験の話を聞きました。空襲で、防空壕へと逃げ回った体験談などであります。
中でも、祖母や母が、痛手を被ったのは、母の兄の戦死でありました。今では悪名高い憲兵志願兵として、その叔父は、確か18歳で、シンガポールに船で向かっていたときに米軍の空襲に遭い、南シナ海でありましたか、東シナ海でありましたか、爆弾に当たって、若い命を、失ったのであります。
祖母は、数日間、布団から出ることができなかったそうです。母も、その兄を非常に慕って育っていましたので、その悲しみは、母にとっても、容易には消し難いものとなったようであります。そういう戦争にまつわる話も最近は、戦後68年たちまして、あまりなされなくなりました。しかし、今、日本の国は、平和憲法を変えようとする動きが、出てきています。確かに国際貢献とか、世界の紛争解決に、日本も関わらなければならない。世界の状況は、変化が激しく、日本も、世界の中で、それなりの対応をしなければならないことは、現実でありましょう。しかし、神のご意志は、世界平和であります。ちょうど、ベトナム戦争のとき、北ベトナムの民衆が、アメリカ軍の飛行機が墜落したのを、利用して、鍋等を作ったと言われていますように、神のご意志は、武装解除、世界平和であります。
私は、出た京都の大学の特色もあり、また、時代が一昔前で、今とは違っていたこともありましょうが、日本国憲法は、平和主義、基本的人権の尊重、個人の尊厳といった基本原則は、この憲法下、変えることはできないと、とことん、教えられた者であります。
本日のミカ書にもありましたように、全世界の民が、シオンの山を目指して、ヤコブの神の家に、巡礼しに来る、そして、宗教はそれぞれ違っても、万軍の神、全知全能のヤコブの神の希望と約束は、世界平和であることを、私たちは、本日、改めて、確認したいと思う者であります。日本の政治家たちのためにも、平和憲法を守れるように、祈りながら、本日、示されました主なる神の御言葉を、噛みしめて、これからの歩みを、教会として、共に求めてまいりましょう。ひと言、祈ります。
天の父なる神さま。
あなたは、この世界が、武装解除し、剣を鋤に引きのばし、槍を、刈り取り鎌に打ち直すことを、お望みです。そして、戦争が、人間と人間との間に沸き起こる憎しみや、争いから拡大して生まれるものであることを、よくご存じです。どうか、私たちが、家庭で、職場で、また、教会でも、愛と和解の精神で、赦し合い、尊敬し合いながら歩んでいくことができますように、助け、導いてください。キリストのみ名によって祈ります。アーメン。
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2013/08/04(日) 10:30:01| 未分類| トラックバック(-) コメント(-)
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