津田沼教会 牧師のメッセージ
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「もう泣かなくともよい」(ルカ7:11-17)
ルカ福音書7:11-17、2013・06・23、聖霊降臨後第5主日(典礼色―緑―)、列王記上17:17-24、ガラテヤの信徒への手紙1:11-24

ルカによる福音書7:11-17
 それから間もなく、イエスはナインという町に行かれた。弟子たちや大勢の群衆も一緒であった。イエスが町の門に近づかれると、ちょうど、ある母親の一人息子が死んで、棺が担ぎ出されるところだった。その母親はやもめであって、町の人が大勢そばに付き添っていた。主はこの母親を見て、憐れに思い、「もう泣かなくともよい」と言われた。そして、近づいて棺に手を触れられると、担いでいる人たちは立ち止まった。イエスは、「若者よ、あなたに言う。起きなさい」と言われた。すると、死人は起き上がってものを言い始めた。イエスは息子をその母親にお返しになった。人々は皆恐れを抱き、神を賛美して、「大預言者が我々の間に現れた」と言い、また、「神はその民を心にかけてくださった」と言った。イエスについてのこの話は、ユダヤの全土と周りの地方一帯に広まった。


「もう泣かなくともよい」(ルカ7:11-17)
先週の福音ルカ7:1-10には、「ただお言葉を言ってください」とありましたが、今日の出来事においても、主イエスの言葉が非常に大きい位置を占めているのであります。やもめの母親は泣いていましたが、それを見て、イエスは、腸がねじれるような感情を覚えたのであります。当時のやもめの地位はひどいものでありました。その上に頼るべきたった一人の息子を失ったのであります。
ところで、死は恐ろしいものであります。死んで、この世に再び帰ってきた人は一人もいないのであります。しかし、一人息子を失ったやもめに、主は「もう泣きなさんな」と、言葉をかけるのであります。そして、その一人子に若者よ、「私は言う、起きなさい」と主が言われると、死んでいた若者は担架から上半身を上げて生き返ったのであります。主は、神でもあります。主が、この若者と、また、やもめと共におられるのであります。私たちは、親や身内、あるいは、友人の死に接して、心に大きな傷を受けるのでありますが、主がどのようなときも、死すべき弱い私たちと共にいてくださることを、本日の出来事を通して信じることができるのであります。
私は、神学生のときに、教会実習で、ある葬儀に出席しましたが、火葬場まで来まして、故人が火葬に付される時、「私はいつも、この鉄の火葬場の壁のあちら側とこちら側には、通り越していくことのできない壁があると感じるのです」と死の悲しみを述べていた御婦人の言葉を、今でも思い出すのであります。
しかし、主がその十字架の死と復活を通して、私たちの避けられない死をも、克服して下さったと言えるのであります。この生き返った若者も、また、寿命が来たとき地上の生涯を終えて死んでいったことでありましょう。しかし、私たちの避けて通れないこの世の生の終わりをも、主が勝利して下さっているのであります。どんなに平均寿命が延びても、人は永遠には生きて行くことはできません。しかし、新しい生を、主イエスは本日の若者に生きることを可能ならしめ、やもめの涙を拭い去って下さったのであります。
これを見た群衆は、私たちの間に大預言者が現れた、神は、私たち民を訪れて下さったと、大反響を巻き起こし、このイエスに関する言葉は、ユダヤとその全近隣に出て行ったと、本日の記事は、終わりに記しています。エリヤやエリシャとは、違って、若者の棺に手を置いて、ただ言葉だけで、「若者よ、私は言う、起きなさい」と死者に命じるとそのとおりになる。そして、母親には「もう泣かなくともよい」と腸がねじれるように共感して主イエスは若者を再び生かしてその手にお返しになった。これは、信じられないことですが、聖書ははっきりとこの出来事を伝え、当時の中近東の一角に起こった凄まじい反響を記しているのであります。私たちは、地上の生活で、悩みながら、苦しみながら、時には、憎み合ったり、腹を立てたり、ちょっとしたことで、思い煩い、戸惑いながら生きています。しかし、主が、新しい生を死の床から若者にお与えになられた。私たちは、主イエスによって、その十字架の死と復活によって新たな生涯を約束されているのであります。その生を新しく生きることが可能にされていること、そして、どんな悲嘆にも、主の言葉「もうは泣かなくともよい」という腸のねじれるような思いで私たちと共にいて下さる方を与えられているのであります。
一回限りの人生を、本日のいつも共にいて下さる主にお任せして、明るい生涯を終えたいものであります。

人知では到底測り知ることのできない神の平和が、あなた方の心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るように。アーメン。

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2013/06/23(日) 10:30:00| 未分類| トラックバック(-) コメント(-)
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