津田沼教会 牧師のメッセージ
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「イエスが父なる神のもとへ帰る時」(ヨハネ14:23-29)
ヨハネ14:23-29、2013・05・05、復活後第5主日(典礼色―白―聖餐式)、使徒言行録14:8-18、ヨハネの黙示録21:22-27

ヨハネによる福音書14:23-29
 イエスはこう答えて言われた。「わたしを愛する人は、わたしの言葉を守る。わたしの父はその人を愛され、父とわたしとはその人のところに行き、一緒に住む。わたしを愛さない者は、わたしの言葉を守らない。あなたがたが聞いている言葉はわたしのものではなく、わたしをお遣わしになった父のものである。
 わたしは、あなたがたといたときに、これらのことを話した。しかし、弁護者、すなわち、父がわたしの名によってお遣わしになる聖霊が、あなたがたにすべてのことを教え、わたしが話したことをことごとく思い起こさせてくださる。わたしは、平和をあなたがたに残し、わたしの平和を与える。わたしはこれを、世が与えるように与えるのではない。心を騒がせるな。おびえるな。『わたしは去って行くが、また、あなたがたのところへ戻って来る』と言ったのをあなたがたは聞いた。わたしを愛しているなら、わたしが父のもとに行くのを喜んでくれるはずだ。父はわたしよりも偉大な方だからである。事が起こったときに、あなたがたが信じるようにと、今、その事の起こる前に話しておく。



説教「イエスが父なる神のもとに帰る時」(ヨハネ14:13-29)
復活節も終わりに近づきました。昨日は、東教区50年記念大会が開かれ、推定600人を超える人々が、三鷹のルーテル学院大へ、また、国際キリスト教大学チャペル・礼拝堂へ集まりました。同じ信仰を持つ兄弟姉妹が、あるいは、求道者が、あのように大勢集まって、礼拝をし、あるいは、学びをし、賛美をする。それは、得がたい体験であります。
さて、復活節の終わり近くに、本日与えられている個所は、ヨハネ14:23-29であります。先週の個所も、13:31-35で、互いに愛し合いなさいと勧められ、既に実質的に、主イエスの告別説教にはいっていますが、本日の個所も14章から16章、17章の告別説教として知られる個所であります。14:13-29が、この喜ばしい復活節に与えられている意味は、どこにあるのでしょうか。しばらくご一緒に考えてみましょう。イスカリオテのユダでないほうのユダが、私たちには、ご自分を現そうとなさるのに、世にはなさらないのは、なぜでしょうかと訊いた言葉に対して答えられたのが、本日の14:13-29であります。私を愛しているものは、私の言葉を守る。そして、私の言葉にとどまると主は言われます。そして、主は、天の父なる神のもとに今から、ご出発なさろうとしています。そして、自分が父のもとに行くとき、私の言葉にとどまる人のところへまた、帰ってくるといわれます。これは、いつのことなのでしょうか。再臨のときに、私たちを裁くために、より分けるために、み子イエスがこの世界に戻って来られることは、私たちは知っています。
けれども、ここでは、この後、十字架に付けられ、復活し、そして、天の父のもとへ一旦帰った後、弟子たちのところに、戻ってくるかのようであります。私の言葉は、実は、私を送られた父の言葉である。その言葉、互いに愛し合いなさいなどという言葉にとどまる人のところへ、父なる神とみ子なるイエスが、やって来てその人のところに滞在するというのであります。そして、また、主イエスは、弁護者、聖なる霊を、私の名において、あなた方のところに父が送るといわれるのであります。そして聖霊が、あなた方に教え、私の行ったことをすべて、思い起こさせるであろうと言われるのです。私たちの小教理の理解では、父は、創造者、み子は、救い主、罪の赦しを与える方、贖い主、そして、聖霊は、きよめる方、聖化をもたらす方と学びますが、ここでは、聖霊は、主イエスの言葉を理解させ、思い起こさせる方であります。
聖霊は今も働いて、主イエスと父のなさったみわざを、教えられます。聖霊が来なければ、主イエスのみわざ、み言葉は、歴史を通して世界中には伝わらなかったでありましょう。さて、最後に主イエスは平和をあなた方に残し、与えるが、世が与えるような平和ではないと言われます。
政治的は平和も大事ですが、もっと根本的な平和、シャロームであります。それは、調和とか福祉とか、真の魂の健康を意味する、私たちが何よりも必要とする平和であります。だから、あなた方は心を騒がさせるな、おののくなと、十字架の死を前に、ご自分の復活において、もたらされる主イエスの語ったみ言葉とみわざ、そして、それらによってもたらされる平和を前もって弟子たちに約束なさるのであります。
津田沼教会の歩みが、この遺言を賜ったイエスの言葉に従って、進められ、神の国の進展が、少しずつでもこの地になされるように、共々に、祈っていきたいものであります。本日はその主の与えられた御自身のからだと血、聖餐にともにあずかりましょう。アーメン。



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2013/05/05(日) 10:30:00| 未分類| トラックバック(-) コメント(-)
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