津田沼教会 牧師のメッセージ
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「多くの人を立ち上がらせるお方」(ルカ2:25-40)
ルカ2:25-40、2012・12・30、降誕後主日(典礼色―白―)、エレミヤ書31:10-14、
ヘブライ人への手紙2:10-18

ルカによる福音書2:25-40
 そのとき、エルサレムにシメオンという人がいた。この人は正しい人で信仰があつく、イスラエルの慰められるのを待ち望み、聖霊が彼にとどまっていた。そして、主が遣わすメシアに会うまでは決して死なない、とのお告げを聖霊から受けていた。シメオンが“霊”に導かれて神殿の境内に入って来たとき、両親は、幼子のために律法の規定どおりにいけにえを献げようとして、イエスを連れて来た。シメオンは幼子を腕に抱き、神をたたえて言った。
「主よ、今こそあなたは、お言葉どおり
 この僕を安らかに去らせてくださいます。
 わたしはこの目であなたの救いを見たからです。
 これは万民のために整えてくださった救いで、
 異邦人を照らす啓示の光、
 あなたの民イスラエルの誉れです。」
 父と母は、幼子についてこのように言われたことに驚いていた。シメオンは彼らを祝福し、母親のマリアに言った。「御覧なさい。この子は、イスラエルの多くの人を倒したり立ち上がらせたりするためにと定められ、また、反対を受けるしるしとして定められています。―あなた自身も剣で心を刺し貫かれます―多くの人の心にある思いがあらわにされるためです。」
また、アシェル族のファヌエルの娘で、アンナという女預言者がいた。非常に年をとっていて、若いとき嫁いでから七年間夫と共に暮らしたが、夫に死に別れ、八十四歳になっていた。彼女は神殿を離れず、断食したり祈ったりして夜も昼も神に仕えていたが、そのとき、近づいて来て神を賛美し、エルサレムの救いを待ち望んでいる人々皆に幼子のことを話した。

 親子は主の律法で定められたことをみな終えたので、自分の町であるガリラヤのナザレに帰った。幼子はたくましく育ち、知恵に満ち、神の恵みに包まれていた。



説教「多くの人を立ち上がらせる方」(ルカ2:25-40)
 本日は、降誕後主日であり、クリスマスの期間に入っています。与えられています個所は、シメオンとアンナとの神殿でのヨセフとマリアと赤子の主イエスとの出会いであります。このような、赤ちゃんイエスを見て、待たれたメシア、救い主だと分かるということは、不思議なことでありますが、御子の降誕に当たっての不思議な出来事として、ルカ福音書は、私たちに書き残してくれているのであります。
 この子は、待たれて来たメシアだとシメオンとアンナは分かったのでありますが、二人とも老人と考えられます。老人は、経験も豊富で、人を見抜く力もしばしば、優れているものでありますが、シメオンは、この子を、メシアだと、聖霊に導かれて神殿にやって来て、出くわすなり、見抜くのであります。ルカは、この人は、敬虔で神を畏れる人であって、メシアに会うまでは死を見ないであろうと約束されていたと言います。そして、その通り、見るなり、両親から、この子を抱いて、ヌンク・デュミトス、ルーテル教会の式文に特徴的な、ヌンク・デュミトスを歌い、信仰を告白するのであります。
 そして、この子は、多くの人を倒れさせたり、立ち上がらせることになる。そして、マリアに、あなたの心も剣で刺し貫かれるだろうと、語るのであります。そして、それは、人間の心の中にあるものが、あらわになるためである、とシメオンは語るのであります。
 イエス・キリストを私たちが宣べ伝えても、必ずしもそのすべての人が、従順に受け入れるわけではありません。否、むしろ、シメオンが言うように、多くの人の反対を受けることになるのであります。
 しかし、一方では、聖霊の導きと言いましょうか、神さまの恵みによって、主イエス・キリストの故に、主イエス・キリストを救い主、自分の罪の贖い主であると、告白して、聖書に従って一生を送る人も稀ではないのであります。
 使徒たちから始まった伝道、宣教によって、この2000年来、世界中に、キリスト教が広まって来ているのであります。私たちは、日本人の人口のうちの1パーセント程の人しか教会に行っていないと嘆く必要はないのであります。
 一生をかけて、イエス・キリストを救い主として、証しして行くのであります。往々にして、キリストを信じる私たちよりも、信じるに至っていない人たちの中に、もっと優れた、行いの立派な人がいる者であります。私も、自分を顧みまして、例えば、兄よりもずっと、人格も、行いも、生活も見劣りすることを痛感させられます。しかし、本日であったシメオンの信仰告白を知らされている者として、より劣った、土の器に過ぎませんが、「キリストによって、立ち上がらせられている者であることを確信するのであります。
 年老いた女預言者アンナも、御子をほめたたえて、人々に証ししていたと本日の記事は伝え、そして、御子は、ルカによれば、ガリラヤのナザレに帰って、成長し、強められ、神の恵みが、御子の上にとどまっていたと締めくくられているのであります。
 私たちは、悲観しないで、この御子こそ、唯一の救いであり、私たちの罪のためにやがて、十字架につかれ、死んで、復活なさり、今も、天の父の右の座に座して、聖霊を送りたもうお方であることを、宣べ伝えてまいりましょう。アーメン。



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2012/12/30(日) 10:30:00| 未分類| トラックバック(-) コメント(-)
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