津田沼教会 牧師のメッセージ
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「家庭の祝福」(マルコ10:1-16)
マルコ10:1-16、2012・10・14、聖霊降臨後第20主日(典礼色―緑―)、創世記2:18-24、ヘブライ人への手紙2:5-9

マルコによる福音書10:1-16
 イエスはそこを立ち去って、ユダヤ地方とヨルダン川の向こう側に行かれた。群衆がまた集まって来たので、イエスは再びいつものように教えておられた。ファリサイ派の人々が近寄って、「夫が妻を離縁することは、律法に適っているでしょうか」と尋ねた。イエスを試そうとしたのである。イエスは、「モーセはあなたたちに何と命じたか」と問い返された。彼らは、「モーセは、離縁状を書いて離縁することを許しました」と言った。イエスは言われた。「あなたたちの心が頑固なので、このような掟をモーセは書いたのだ。しかし、天地創造の初めから、神は人を男と女とにお造りになった。それゆえ、人は父母を離れてその妻と結ばれ、二人は一体となる。だから二人はもはや別々ではなく、一体である。従って、神が結び合わせてくださったものを、人は離してはならない。」家に戻ってから、弟子たちがまたこのことについて尋ねた。イエスは言われた。「妻を離縁して他の女を妻にする者は、妻に対して姦通の罪を犯すことになる。夫を離縁して他の男を夫にする者も、姦通の罪を犯すことになる。」

 イエスに触れていただくために、人々が子供たちを連れて来た。弟子たちはこの人々を叱った。しかし、イエスはこれを見て憤り、弟子たちに言われた。「子供たちをわたしのところに来させなさい。妨げてはならない。神の国はこのような者たちのものである。はっきり言っておく。子供のように神の国を受け入れる人でなければ、決してそこに入ることはできない。」そして、子供たちを抱き上げ、手を置いて祝福された。

説教「家庭の祝福」(マルコ10:1-16)
 
本日の福音、マルコ10:1-16は、先週の福音の続きであります。先週の福音は、マルコ福音書9:38-49でありました。既に、主イエスの一行はエルサレムへの旅を始めています。それにもかかわらず、主イエスの弟子たちは、主が、主がエルサレムにおいて十字架の死に渡されることが、分からないままなのであります。
そして、先週の個所では、弟子たちは外の人たちに対してはできるかぎり寛容であるべきこと、しかし、自分自身に対しては、とことん、厳しくあるべきこと、そして、塩味の付いた平和な生活を過ごしなさいと主イエスのお言葉を通して示されたのでありました。
さて、本日の個所は、主イエスは、そこを立ってユダヤとヨルダンの向こう側へと行かれた。すると、大勢の人が集まってきたので、いつものように、教えられていた、と始まります。主イエスのいるところに、どこでも、大勢の者たちがすぐにやって来るのであります。そういう魅力と力を、主イエスは備えた方だったのであります。
主はユダヤとヨルダン川の向こう側へ行かれたとありますが、具体的にどこを指しているのかはよくわかりません。マルコは、それよりも、主イエスの行かれるところに、人々が自然と大勢集まって来て、いつものように、彼らに対して教育の宣教をしたという点に、より深い関心を持っているのであります。
そこへ、ファリサイ派の者たちが来て、イエスに、夫が妻を離縁することは、認められるのでしょうかと、彼を試みようとして質問するのであります。モーセは何と言ったかと、主イエスは問い返されます。
すると、彼らは、モーセは夫は離縁状を書いて妻と離縁することを認めましたと答えます。それに対して、主は、それは、あなたたちの心が頑固、すなわち、つむじ曲がりなので、それを認めたのに過ぎないと答えられます。
そして、天地創造の初めの時から、神は人間を、彼らを、男と女とに創られたと、創世記から説き明かされるのであります。人、アダムは、必要な助け手として、エバ、命という意味の伴侶をようやく得るのであります。人、男(イシュ)は、主なる神によって眠らされ、神はそのあばら骨から抜き出して、女(イシャー)を造り出され、与えられたのであります。それによって、男はふさわしい伴侶、助け手を与えられ、これこそ、私の肉の肉、私の骨の骨と、喜びの声を上げた出来事を、主イエスはここで取り上げられるのであります。
そして、それゆえ、人は父母を離れ、妻と引っ付けられ、結ばれる。もはや、二人は二人ではなく、一つであり、一体となる。そして、それゆえ、神が合わせられた者を、人は離してはならないと、結婚の意味を創世記の言葉から引用されて、結婚生活の大切さ、神聖さを説くのであります。神が合わせられたとありますが、これは、神が二人に、同じくびきを負わされたという意味でもあります。
さて、家に戻って、さらに弟子たちが質問していました。するとイエスは、彼の妻を離縁する者は、そして、別の者と結婚するものは、最初の妻に対して姦通の罪を犯すのであり、妻が夫を離縁して、別の男と結婚するならば、彼女も姦通の罪を犯しているのであると答えられたのであります。
モーセ五書の申命記24章の1節によれば、妻に何か恥ずべきことを見出して、気に入らなくなったときは、離縁状を書いて彼女の手に渡し、家を去らせると規定されています。
これに対して、主イエスは、ファリサイ派が質問して、彼を試そうとしたのに対し、それはあなた方の心が頑固なのでやむをえず、認めたのに過ぎないと答え、天地創造の初めから、神は彼らを男と女に造られたと、結婚の起源について、説き明かすことに専念されたのであります。
イエスの時代、男の側から、もっぱら、離縁状を書いて、女に渡し、家を出させることが行われていました。女の側から、離縁して、夫のもとを去り、別の男と結婚するならば、それも、女、妻は、姦淫の罪を犯すことになると主イエスは語っておられます。当時、女の側から離縁するということは、ユダヤ人たちの慣習では一般には認められていないことでした。ヘロディアが夫のもとを去り、ヘロデ・アンティパスの妻となったことが、主イエスのこの言葉の背景にあるのでしょうか。
いずれにしても、主イエスは、結婚生活の神聖さを、創世記の天地創造の初めに立ち帰って、説き明かししたしたのでありました。
結婚と離婚とは、それから、2000年を経た今日ではより複雑な問題になっています。ルターも、結婚生活の困難さと本当の意味での祝福を説いています。修道士であったルターは、よく知られているように、修道女であったカタリーナ・フォン・ボラと結婚しています。そして、結婚について、興味深いことを言っています。以下は、「ルターの慰めと励ましの手紙」(タッパート編、内海望先生訳、354ページ)からの文章の一部抜粋です。
「マルティン博士はため息をつき、こう言いました。「結婚というものは、何と私たちを煩わせるものか!二人をいっしょにさせるのに大きな努力、骨折りが必要だ。その後、二人のきずなを継続させるためには、もっと大きな努力がいるのだ。・・・アダムとエバは、900年の間に(創世記5章5節)容赦なく言い合った。エバがアダムに『あなたは林檎を食べた!』と言えば、『だけど何故お前はそれを私にくれたのか?』とアダムが言い返す。・・・彼らの長い生活の間、彼らは自分たちの堕落に、ため息をつかせる数知れない悪魔に出会ったことは疑いの余地はない。結婚とはそれほど大きな制度としてあるのだ!・・・だから、幸福な結婚生活を過ごす男性は幸いである。それは稀な贈り物ではあるが」。そして、後にこう付け加えました。「台所で何をして良いのか分からない妻や召使を持った男性は殉教者だ。それは、そこから多くの悪が生まれてくる、第一番目の災いなのだ」と。私が出会ったある神父さんは、60歳代でしょうか、剪定をしていて、こけてしまい、今も腰骨骨折で痛めながら、バス停まで一緒に歩きました。もちろん、独身生活をしています。独り身で大変でしょうと、言葉をかけますと、結婚生活も色々あるからねともらされたことでした。さて、本日の福音は、結婚と離婚の問題の後に、マルコ15:13-16では、主が子供を祝福なさるという出来事が記されています。これは、英国圏では、子供の洗礼式に読まれる記事です。人々が主イエスに触っていただくために、子供たちを連れて来ます。すると、弟子たちは、先生を煩わさせまいとして、彼らを叱ると、主イエスは、憤激して、子供たちが、私のもとに来るのを妨げてはならないと言われ、彼らを抱いて、両手を彼らに置いて祝福なさるという純正な主イエスのふるまいが記録されています。神からの贈り物として与えられるものを、子供たちは、無心に受け取るのであり、自分たちの功績や努力でみ国を獲得しようとはしません。そのような受容性、み国を、主イエスを、受け入れる者こそが、神の国、神の支配に与ると主は約束されているのであります。夫婦の制度の神聖さ、また、子供たちにこそ、み国が用意されていることを、弟子たちは、本日の出来事を通して知らされながら、一行は、エルサレムへの旅、主がそこで十字架の死を迎えられる旅を進んで行くのであります。私たちもまた、主イエスが回復して下さった結婚生活の神聖さと祝福、また、弱いがしかし、神の支配をしっかりと受け入れる子供たちの純真さに目を留めながら、新しい1週間へと旅立っていきましょう。アーメン。
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2012/10/14(日) 10:30:00| 未分類| トラックバック(-) コメント(-)
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