津田沼教会 牧師のメッセージ
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「大水も風も鎮めるお方」(マルコ4:35-41)
マルコ4:35-41、2012・07・22、聖霊降臨後第8主日(典礼色―緑―)、ヨブ記38:1-11、コリントの信徒への手紙二7:1-16

マルコによる福音書4:35-41
 その日の夕方になって、イエスは、「向こう岸に渡ろう」と弟子たちに言われた。そこで、弟子たちは群衆を後に残し、イエスを舟に乗せたまま漕ぎ出した。ほかの舟も一緒であった。激しい突風が起こり、舟は波をかぶって、水浸しになるほどであった。しかし、イエスは艫の方で枕をして眠っておられた。弟子たちはイエスを起こして、「先生、わたしたちがおぼれてもかまわないのですか」と言った。イエスは起き上がって、風を叱り、湖に、「黙れ。静まれ」と言われた。すると、風はやみ、すっかり凪になった。イエスは言われた。「なぜ怖がるのか。まだ信じないのか。」弟子たちは非常に恐れて、「いったい、この方はどなたなのだろう。風や湖さえも従うではないか」と互いに言った。


説教「大水も風も鎮めるお方」(マルコ4:35-41)

 本日から、次週にわたって、奇跡物語が、福音として与えられています。今日、与えられています奇跡の出来事は、マタイ福音書にも、ルカ福音書にも、共通して存在しています。
 そして、異説はありますけれども、この3つの福音書、共観福音書と言いますが、その中では、マルコ福音書が一番古いと言われています。
 この3つの福音書を読み比べる時、やはり、本日の出来事についても、マルコ福音書が一番古いという印象が与えられます。
 本日の記事は、先週の福音であった神の国の譬えについてのマルコ4:26-34の続きとして書かれています。
 そして、現代の聖書では、1節ずつ、便宜的に4:35から4:41にまで区分されていますが、いずれの節も、原文を見ますと、その出だしが「そして」という言葉で、書きつづられています。
 「そして、その日も遅くなったので、彼は彼らにお語りになる。『向こう岸に、私たちは行こう』」と4:35節は始まっているのです。「そして」、彼らは彼を連れて乗船し、彼は舟におられたが、他の船どもも、彼と一緒だったとペトロの目撃証言でしょうか、付言されています。
 「そして」風の旋風、ハリケーンのような大風が起こった。「そして」、舟に波どもが打ちつけていた、その結果、舟は水浸しになるほどであった。「そして」、彼は船尾において、枕をして眠っておられた、と続いています。このような生き生きとして描写は、マルコにしか出て来ません。主は、日中の激しい精神的・肉体的労力を要する宣教の働きで非常な疲れを覚えておられたのでしょう。「そして」、彼らは彼を起こして語ります。「先生、私たちが滅びようとしているのに、あなたはそれでも構わないのですが、問題ではないのですか」と、先生に対して、憤りをも示しながら、弟子たちは語るのであります。「そして」彼は起きて、風を叱り、海に言われます。「静まれ、黙れ」と。この、「黙れ」という言葉は「口輪をせよ」といった強い口調の言葉であります。汚れた霊を、人から追い出す時に、使われてもいる言葉であります。
 「そして」、風は弱くなり、湖も、大きな凪になった、無風状態になったのであります。「そして」、彼は彼らにお語りになります。「何で、あなた方は臆病な者たちであるのか。まだ、あなたたちは、信仰を持っていないのか」と今度は、主が彼らを叱責なさるのであります。「そして」、彼らは、非常に畏れを感じて、互いに語っていました。この方は一体だれだろうか、彼が命じると、風も海も従うではないかと。
 主イエスは、大自然をも支配しておられる父なる神に全幅の信頼を置いていたのであります。
 「ふしぎなキリスト教」を出版した橋爪大三郎先生は、この奇跡は父なる神の守りに、ご自身を委ねていた主イエスに、弟子たちは驚き、やがて、ハリケーンのような突風も、時間の経過と共に弱まったのであろうと言われていますが、目撃証人であったペトロは、主イエスの人格、また、神性のなかに、風も、海も従わせることだできる力を見出し、畏敬の念を禁じ得ず、この出来事を伝えたのでありましょう。
 古代中東の人々にとって、海やガリラヤ湖のような大きな湖、大水は、あたかも、闇や死の象徴でありました。
 しかし、主は、それをも治めておられる父なる神に信頼して、ひるみませんでした。
 そして、この大水と大風のときにも、私たちのこの小さな津田沼教会という舟においても、共に導いて下さっています。
 本日の主日の祈りにもありましたように、私たちはしばしば、この世の荒波に飲まれそうになり、不安や恐怖、あるいは、疑いや絶望に捕われ、それらに臆し、心は動転するのでありますが、いかなる時にも、主イエスが、この教会と共にいてくださいます。
 それを信じて、主イエスの宣教へと押し出されていきましょう。

 人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなた方の思いと心とを、キリスト・イエスにあって守るように。
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2012/07/22(日) 10:30:00| 未分類| トラックバック(-) コメント(-)
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