津田沼教会 牧師のメッセージ
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「罪びとを招くために」(マルコ2:13-17)
マルコ2:13-17、2012・06・10、聖霊降臨後第2主日(典礼色―緑―)イザヤ書44:21-22、コリントの信徒への手紙二1:18-22

マルコによる福音書2:13-17
 イエスは、再び湖のほとりに出て行かれた。群衆が皆そばに集まって来たので、イエスは教えられた。そして通りがかりに、アルファイの子レビが収税所に座っているのを見かけて、「わたしに従いなさい」と言われた。彼は立ち上がってイエスに従った。イエスがレビの家で食事の席に着いておられたときのことである。多くの徴税人や罪人もイエスや弟子たちと同席していた。実に大勢の人がいて、イエスに従っていたのである。ファリサイ派の律法学者は、イエスが罪人や徴税人と一緒に食事をされるのを見て、弟子たちに、「どうして彼は徴税人や罪人と一緒に食事をするのか」と言った。イエスはこれを聞いて言われた。「医者を必要とするのは、丈夫な人ではなく病人である。わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである。」




説教「罪びとを招くために」(マルコ2:13-17)

先日、勝田台家庭集会に行きました。もう、20年以上も続いている5名ほどの集会です。なかなか、教会へと通じない主婦たちも交えての集会です。一人ひとりのために、私は祈らなければならないと思わされます。今日は、マルコ福音書2:13-17が福音として与えられています。
ここでは、主によって、徴税人レビが弟子として、召しだされます。ファリサイ派の律法学者たちから、罪人、遊女たちと共に、嫌われ、交わりから疎外されていた徴税人であったレビの職場にまで接触して、主イエスは、自分の方から近づかれます。
湖のほとりでの大勢の集会で、教えられるのみならず、世の中の屑として、軽蔑されていた徴税人の下へ、主イエスは、自由に、自ら近づかれ、声をかけます。私に従って来なさいと。大勢の民衆が従い、人気が高かった主イエスの一声で、レビは立ち上がり、彼の後についていきます。
そして、今度は、レビの家で、食事を共にしようと、主や弟子たちは、横になります。そこには、大勢の徴税人の仲間や、罪人の群れが同席しています。そして、ファリサイ派の律法学者たちがいて、主の弟子たちに抗議してこう言います。あなた方の先生は、徴税人、罪人と食事を共にしていると。
食事を共にするというのは、交わりの大切なあり方でありました。今でも、食事を共にするということは、親しい交わりを意味しますが、主イエスの時代、それは、今よりもはるかに大切な交わりの時であり、そこから、聖餐式も始まり、また、別に愛餐会も、初代の教会で何にも増して、大切なものになっていったのです。
さて、ファリサイ派たちの抗議を耳にした主イエスは、彼らに向かって言います。丈夫な人には医者はいらない、医者を必要とするのは病人であると。これは、病める人、病の人こそ、医者を必要とするのであり、病める人とは、私たちキリスト者みんなを意味しているのではないでしょうか。丈夫な人は医者、真の医者主イエスを必要としていません。それに近いと思われる人も私たちの周りに確かにいますが、私たちは、主イエスという真の医者を必要としており、また、私たちを通して、真の医者へと、それを必要とする大勢の人たちへと証しすべく、キリストの弟子とされているのであります。そして、ファリサイ派の人たちとの論争において、私が来たのは正しい人たち、自分たちを正しい者だという枠に入れて罪人たちと一線を画し、交わろうとしないファリサイ派の人々に対して、皮肉にも、主は自分が来たのは、あなたがたを呼ぶためではなく、罪人を呼ぶためであると言われるのであります。
善人なおもて、往生を遂ぐ、いわんや、悪人をやと親鸞聖人は言いました。ルターも、キリスト者は、最も大きな罪人であると言いました。そして、罪人のままで、主イエスの十字架と復活によって、義人とされていると言いました。私たちは、そういう意味で、レビと同じく、罪の中から、呼び出された罪人であります。キリスト者としての証しは難しいものであります。
勝田台集会の主婦たちにも、また、夏見母子ホームの若い職員たちも、キリストこそ唯一の救い主であることを、私たちは、証し、祈り続けねばなりません。信仰を既に与えられている私たちは、信仰にまで至っていない人たちのために、忍耐とみ言葉、聖書によって、日々、キリストによって与えられた自由を持つものとして、ファリサイ派の枠を超えて、人々に、罪びとを招くためにお出でになられた方を指し示し、教会へと導く、あるいは、再び教会に戻れるようにお互いに努めたいものです。アーメン。









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2012/06/10(日) 10:30:00| 未分類| トラックバック(-) コメント(-)
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