津田沼教会 牧師のメッセージ
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「新しく創り変えられる」(使徒言行録2:1-21)
ヨハネ15:26-16:4a、2012・05・27、聖霊降臨祭(典礼色―赤―聖餐式)エゼキエル書37:1-14、使徒言行録2:1-21、

使徒言行録2:1-21
 五旬祭の日が来て、一同が一つになって集まっていると、突然、激しい風が吹いて来るような音が天から聞こえ、彼らが座っていた家中に響いた。そして、炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上にとどまった。すると、一同は聖霊に満たされ、“霊”が語らせるままに、他の国々の言葉で話しだした。
 さて、エルサレムには天下のあらゆる国から帰って来た、信心深いユダヤ人が住んでいたが、この物音に大勢の人が集まって来た。そして、だれもかれも、自分の故郷の言葉が話されるのを聞いて、あっけにとられてしまった。人々は驚き怪しんで言った。「話をしているこの人たちは、皆ガリラヤの人ではないか。どうしてわたしたちは、めいめいが生まれた故郷の言葉を聞くのだろうか。わたしたちの中には、パルティア、メディア、エラムからの者がおり、また、メソポタミア、ユダヤ、カパドキア、ポントス、アジア、フリギア、パンフィリア、エジプト、キレネに接するリビア地方などに住む者もいる。また、ローマから来て滞在中の者、ユダヤ人もいれば、ユダヤ教への改宗者もおり、クレタ、アラビアから来た者もいるのに、彼らがわたしたちの言葉で神の偉大な業を語っているのを聞こうとは。」人々は皆驚き、とまどい、「いったい、これはどういうことなのか」と互いに言った。しかし、「あの人たちは、新しいぶどう酒に酔っているのだ」と言って、あざける者もいた。

 すると、ペトロは十一人と共に立って、声を張り上げ、話し始めた。「ユダヤの方々、またエルサレムに住むすべての人たち、知っていただきたいことがあります。わたしの言葉に耳を傾けてください。今は朝の九時ですから、この人たちは、あなたがたが考えているように、酒に酔っているのではありません。そうではなく、これこそ預言者ヨエルを通して言われていたことなのです。
 「神は言われる。
 終わりの時に、
 わたしの霊をすべての人に注ぐ。
 すると、あなたたちの息子と娘は預言し、
 若者は幻を見、老人は夢を見る。
 わたしの僕やはしためにも、
 そのときには、わたしの霊を注ぐ。
 すると、彼らは預言する。
 上では、天に不思議な業を、
 下では、地に徴を示そう。
 血と火と立ちこめる煙が、それだ。
 主の偉大な輝かしい日が来る前に、
 太陽は暗くなり、
 月は血のように赤くなる。
 主の名を呼び求める者は皆、救われる。』」



説教「新しく創り変えられる」(使徒言行録2:1-21)
 
最近、新書大賞、第1位「ふしぎなキリスト教」という対談を本にしたものが講談社現代新書として出され、大勢の人に読まれており、聞いたところでは、既に30万部を超えているそうであります。橋爪大三郎氏と大澤真幸氏の対談でできており、橋爪先生は東工大の社会学者で、ルーテル大岡山教会で洗礼を受けておられるそうであります。一読しましたが、難しい部分もあります。牧師としては、これはどうかなという点もありますが、現代の社会学者に、私たちが虚心坦懐に耳を傾けることは、有益なことであると思います。6月17日(日)午後3時から、東京池袋教会で、宣教ビジョンセンターでお招きし、学びと懇談の時を持つことになりましたので、津田沼教会の方々も、一人でも多く足を運ぶことを願っています。
 さて、今日は、聖霊降臨祭、すなわち、ペンテコステの礼拝であります。キリスト教の三大祝日に当たっています。復活祭、降誕祭は、教会では盛大に祝われますが、ペンテコステは、それに比べると、まだ、祝い方が、低いのではないかと思われます。しかし、復活祭から、40日目が主の昇天日、そして、50日目、それをギリシャ語でペンテコステというのですが、この一連の出来事が、私たちの真の救いの出来事なのであります。私たちが、全世界に福音を宣べ伝えるために、復活の主が言われた約束されたもの、すなわち、聖霊がエルサレムでくだるのを待ちなさいと言われていた出来事が、この日、起こり、実現したのであります。
今年も、第2朗読の、使徒言行録2:1-21を通して、その時の出来事を追体験してみたいと思います。
 ペンテコステの日、すなわち、五旬祭の日が満たされたとき、弟子たちは、12人のみでなく、約120人の弟子たちが、一つ所に一緒にいました。すると、大風のような物音がして、その家を占拠することが起こりました。そして、弟子たち、みんなの頭の上に、火のような、分かれ分かれの舌のようなものが、現われたのです。そして、遂に、一人ひとりの上に聖霊がくだったのであります。そのとき、その音に驚いた、エルサレムに住み、あるいは滞在していたユダヤ人たちが、やって来て、キリストの弟子たちが、ユダヤ人たちの故郷の言語で、あるいは、舌で、神の大いなるみ業を語っていたのを見て、正気を失うほど、驚き怪しんでいたのであります。
 それは、離散したユダヤ人たちの住んでいた、パルティアや、リビアやクレタ島やアラビアや、カパドキアや遠くローマからも来ていたユダヤ人たち、あるいは、それへの改宗者たちであったのであります。メソポタミアから地中海世界に離散していたユダヤ人たちが、このユダヤ教の三大祭りに帰って来ていたのであります。
 そして、これは、いったい、何なのか、どうなることかと、戸惑っている群衆たちでありましたが、別の者たちは、彼らは甘い新しい酒に酔っ払っているのだと嘲る者たちもいました。
 その時、あのペトロが、他の11人の弟子たちと共に立ち上がって、演説するのであります。主イエスを見捨て、その人の子とは知らないと弟子であることを打ち消したあのペトロが、声を張り上げて、語る者とされたのであります。ユダヤ人の人たち、エルサレムに滞在する私たちにすべての皆さん、このことを知っていただきたい、そして私の言葉に耳を傾けていただきたい。今は、朝の9時だから、彼らは酔っ払っているのではない。これは、預言者ヨエルによって預言されていたことなのです。すなわち、終わりの日々に、御神は、言われる、私は、私の霊から、すべての肉に向かって、すなわち、すべての人に向かって、霊を注ぐ。すると、あなた方の息子、娘は預言するだろう。そして、あなた方の若者たちは幻を見、あなた方の老人たちは、夢を見る。また、かの日々には、私の僕たちに向かって、また、私のはしためたちに向かって、私の霊から注ぐ、すると、彼らは預言するであろう。
 そして、上では、天に兆しを私は与えよう。そして、下では、地上にしるしを、すなわち、血と火と蒸気の柱を。太陽は闇へと変えられるであろうし、月も血へと変えられるであろう。偉大な、栄光ある主の日が来る前にと。
 そして、主の名を呼び求めるものは誰でも救われるであろう、と引用して、終わりの日が成就したことを証言したのであります。
教会に来るということは、聖霊の働きであります。そして、十字架のある教会は、すべて、聖霊によって建てられているのであります。
 この聖霊降臨日の出来事を通して、私たちは、聖霊を受けて、ペトロたちと同様に、全世界に向かって、主イエス・キリストのみ名を宣べ伝える者に、新たに創り変えられていくのであります。
 1週間のうちに、言葉と思いと行いによって、主のみ前に罪を犯さざるを得ない私たちでありますが、聖霊と火によって洗礼を受けた者として、また、それを目指している者として、1週間、1週間、絶えず新たに創り変えられながら、宣教のわざに押し出されていきましょう。アーメン。
 
人知では到底測り知ることのできない神の平安が、あなた方の心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るように。
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2012/05/27(日) 10:30:00| 未分類| トラックバック(-) コメント(-)
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