津田沼教会 牧師のメッセージ
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「癒しと宣教の開始」(マルコ1:29-39)

マルコ1:29-39、2012・02・05、顕現節第5主日(典礼色―緑―)、ヨブ記7:1-7、コリントの信徒への手紙一9:16-23

マルコによる福音書1:29-39
 すぐに、一行は会堂を出て、シモンとアンデレの家に行った。ヤコブもヨハネも一緒であった。シモンのしゅうとめが熱を出して寝ていたので、人々は早速、彼女のことをイエスに話した。イエスがそばに行き、手を取って起こされると、熱は去り、彼女は一同をもてなした。夕方になって日が沈むと、人々は病人や悪霊に取りつかれた者を皆、イエスのもとに連れて来た。町中の人が、戸口に集まった。イエスは、いろいろな病気にかかっている大勢の人たちをいやし、また、多くの悪霊を追い出して、悪霊にものを言うことをお許しにならなかった。悪霊はイエスを知っていたからである。

 朝早くまだ暗いうちに、イエスは起きて、人里離れた所へ出て行き、そこで祈っておられた。シモンとその仲間はイエスの後を追い、見つけると、「みんなが捜しています」と言った。イエスは言われた。「近くのほかの町や村へ行こう。そこでも、わたしは宣教する。そのためにわたしは出て来たのである。」そして、ガリラヤ中の会堂に行き、宣教し、悪霊を追い出された。




説教「癒しと宣教の開始」(マルコ1:29-39)

先週の福音の個所は、マルコ1:21-28でした。本日はそれに続くマルコ1:29-39が与えられています。安息日の今で言う土曜日のシナゴーグでの説教、邪悪な霊の追放に続いて、彼ら一行はシモンとアンデレの家にすぐに向かいます。シモン、ペトロはこの日の出来事、主イエスが自分たちの家に4人と共に直行された出来事を、非常に嬉しく思い、忘れることはなかったでありましょう。まだ、日没前の出来事であったでありましょう。
彼らが家に着くと、彼らが気づいたのか、あるいは、別の家にいた人々が言ったのか、シモンの姑が熱を出して寝ていることを語ります。主イエスは、近づかれ、姑の手をとってお起こしになると、熱は出て行き、彼女は、奉仕をし始めた、具体的には多分給仕の仕事をして、彼らをもてなしていたのであります。
これは、主の共同体に奉仕する女の弟子たちの見本として、マルコは、多分、ペトロから得た伝承を記しているのであります。まだ、安息日が終わっていなかったでありましょうが、主は個人的に、家の中の病者を癒すことをいとわなかったのであります。そして、土曜の日没が来ると、町全体が、その家の戸口へと集められていたというのであります。そして、さまざまな種類の病者や悪霊にとりつかれた者たちを人々は連れて来、主イエスは、癒しておられ、あるいは、悪霊どもを追い出していたのであります。
そして、主は悪霊どもが、しゃべることを禁じておられたのであります。それは、彼らが主イエスのことを知っていたからであります。すなわち、彼がメシアであることを知っていたのであります。しかし、主イエスがメシアであることは、主イエスの受難、十字架による死と、復活を通して初めて、メシアとなるのであって、この時点では沈黙命令を主はお出しになるのであります。
私たちもさまざまな病気にかかったり、悪霊が取り付くというのに近い出来事が起こることは今でも起こることであります。そして、科学や病理学が進んで、良い薬が作り出され、病気を抑えることは可能になりましたが、主によって癒されるということは、主イエスの宣教のための一つのしるしでしかないのであります。
主イエスによって神の支配に入れられれば、病気も悪霊も、恐れることはなくなるのであります。主イエスは、その翌日、まだ、真っ暗な、朝早く、起きられ、出て行き、寂しい場所へと独りで行かれ、そこで祈っておられました。
神との深い交わりが示されています。さて、シモンたちは、主イエスがいないのに気づいて、彼を追跡し見出します。そして、みんながあなたを探していますと言います。
すると、主は、あらゆる方向へと周りの市場市へと行こう。そのために、私は出てきたのだからと、言われます。触れられるだけ多くの人々に福音を告げるのが主の使命でした。そして、主は、ガリラヤの全近隣へと、彼らのシナゴーグへとみ言葉を伝えながら、また、悪霊を追い出しながらやってこられたと、本日の福音は締めくくられています。
主は、人々に寄り添いながら、私たちの弱さや、不条理な現実をよくご存知で、癒され、また、神の福音を宣教してくださるお方です。私たちも、弱いものですが、主イエスによる癒しと神の国の宣教のために、この一年を、自分たちの場所から、地域へと、あるいは、家庭へと、押し出されていきましょう。

人知では到底測り知ることのできない神の平安があなたがたの心と思いとをキリスト・イエスにあって守るように。








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2012/02/05(日) 10:30:01| 未分類| トラックバック(-) コメント(-)
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