津田沼教会 牧師のメッセージ
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「権威ある新しい教え」(マルコ1:21-28)
マルコ1:21-28、2012・01・29、顕現節第4主日(典礼色―緑―)、申命記18:15-20、コリントの信徒への手紙一8:1-13

マルコによる福音書1:21-28
 一行はカファルナウムに着いた。イエスは、安息日に会堂に入って教え始められた。人々はその教えに非常に驚いた。律法学者のようにではなく、権威ある者としてお教えになったからである。そのとき、この会堂に汚れた霊に取りつかれた男がいて叫んだ。「ナザレのイエス、かまわないでくれ。我々を滅ぼしに来たのか。正体は分かっている。神の聖者だ。」イエスが、「黙れ。この人から出て行け」とお叱りになると、汚れた霊はその人にけいれんを起こさせ、大声をあげて出て行った。人々は皆驚いて、論じ合った。「これはいったいどういうことなのだ。権威ある新しい教えだ。この人が汚れた霊に命じると、その言うことを聴く。」イエスの評判は、たちまちガリラヤ地方の隅々にまで広まった。





説教「権威ある新しい教え」(マルコ1:21-28)
本日は、総会礼拝であります。総会礼拝に与えられました福音は、マルコ1:21-28であります。「彼らは、カファルナウムへと入った。そして、すぐに、安息日に、彼は会堂、シナゴーグへと入って教えておられた。彼らは、彼の教えに圧倒されていた、なぜならば、律法学者たちのようにではなく、権威ある者のように彼は教えておられたからである」、と始まるのであります。
文面としては、ぎこちなくなりますが、原文では、続いて、「そしてすぐ、汚れた霊における人、邪悪な霊における人がこう言って叫んだ」と続くのであります。 
「ナザレのイエスよ、あなたと私たちと何の関係があるのか。私たちを滅ぼしに来たのか、あなたがだれであるか、私たちは知っている、神の聖なる者だ」、というのであります。 
そして、イエスは、警告して言われるのであります。「『お前は、口輪をかけられよ、そして、彼から出て行け』。すると、邪悪な霊は、彼をけいれんさせて、大声をあげて、出て行った」のであります。
「そして、すべての人たちは、仰天して、お互いにこう論じ合って語っていたのであります。『これは何なのか、権威、権能に従った新しい教えだ。邪悪な霊に命じると、彼らも彼に聞き従う』」と。
主イエスは、邪悪な霊を従える神の聖者が来ると信じられていた通り、魔術などを一切使わず、ただ、権威ある教えと言葉だけで、悪霊を従えることができたのであります。
「こうして、彼の聞こえは、すぐに、あるゆる方向に、ガリラヤの全近隣へと出て行ったのである」と、本日の記事は締めくくられているのであります。
私たちは、本日、津田沼教会の総会を午後、開こうとしています。本日の記事は、それにふさわしい個所ではないでしょうか。私たちは、弱い存在であります。邪悪な霊との戦いに、主イエスの言葉と権威によらないでは、太刀打ちできるものではありません。私たちの津田沼教会の群れは、小さな、弱い群れであります。けれども、主のみ教えと、言葉と、権威に信頼していくときに、多くの前に立ちはだかる困難と課題を克服していくことができると、本日の記事を通して私たちは、示されているのではないでしょうか。それまで、待たれていたお方が、メシアとして、現われたことを今日のみ言葉は示しています。このお方から、離れるとき、私たちは、無残にも、邪悪な霊に飲み込まれ、敗北せざるを得ません。しかし、このお方のお言葉と教えに従うとき、どんな邪悪な霊も、聞き従わざるを得ないと、本日の聖書は語っています。私たちは、もう駄目ではないかと感じさせられる罪による敗北をしばしば、経験します。しかし、希望をもって、待ち望み、忍耐して、雄雄しく、うろたえることなく、進もうではありませんか。
 今年の主題聖句をヨシュア記1章9節から選ばせていただきました。「わたしは、強く雄々しくあれと命じたではないか。うろたえてはならない。おののいてはならない。あなたがどこに行ってもあなたの神、主は共にいる。」とあります。そして、主題を「上り坂を登る」というふうに決めさせていただきました。ヨシュアがモーセの後を継いで、モーセ亡き後、約束の地、イスラエルを前にして、主から頂いた言葉であります。津田沼教会も、今が一番大変な上り坂を迎えているということができましょう。
 しかし、約束の地は、既に見えており、私たちが、み言葉を拠り所として、一致して進む時、あらゆる困難も、乗り越えて行くことが出来るのであります。本日の与えられました福音も、主イエスがお出でになったことを通して、邪悪な霊に対して、それを屈服させる神の子が既にご支配している新しい世界を示しているのであります。そのことを、今一度確認して、新しい1年を踏み出そうではありませんか。
 人知では到底測り知ることのできない神の平安が、キリスト・イエスにあって、あなたがたの心と思いとをまもるように。アーメン。







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2012/01/29(日) 10:30:00| 未分類| トラックバック(-) コメント(-)
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