津田沼教会 牧師のメッセージ
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「無限の赦し」(マタイ18:21-35)
マタイ18:21-35、2011・10・02、創世記50:15-21、ローマの信徒への手紙14:1-18、聖霊降臨後第16主日(典礼色―緑―聖餐式―)

マタイによる福音書18:21-35
 そのとき、ペトロがイエスのところに来て言った。「主よ、兄弟がわたしに対して罪を犯したなら、何回赦すべきでしょうか。七回までですか。」イエスは言われた。「あなたに言っておく。七回どころか七の七十倍までも赦しなさい。そこで、天の国は次のようにたとえられる。ある王が、家来たちに貸した金の決済をしようとした。決済し始めたところ、一万タラントン借金している家来が、王の前に連れて来られた。しかし、返済できなかったので、主君はこの家来に、自分も妻も子も、また持ち物も全部売って返済するように命じた。家来はひれ伏し、「どうか待ってください。きっと全部お返しします」としきりに願った。その家来の主君は憐れに思って、彼を赦し、その借金を帳消しにしてやった。ところが、この家来は外に出て、自分に百デナリオンの借金をしている仲間に出会うと、捕まえて首を絞め、『借金を返せ』と言った。仲間はひれ伏して、『どうか待ってくれ。返すから』としきりに頼んだ。しかし、承知せず、その仲間を引っぱって行き、借金を返すまでと牢に入れた。仲間たちは、事の次第を見て非常に心を痛め、主君の前に出て事件を残らず告げた。そこで、主君はその家来を呼びつけて言った。『不届きな家来だ。お前が頼んだから、借金を全部帳消しにしてやったのだ。わたしがお前を憐れんだように、お前も自分の仲間を憐れんでやるべきではなかったか。』そして、主君は怒って、借金をすっかり返済するまでと、家来を牢役人に引き渡した。あなたがたの一人一人が、心から兄弟を赦さないなら、わたしの天の父もあなたがたに同じようになさるであろう。」




説教「無限の赦し」(マタイ18:21-35)

罪の赦しについて、私たちは、先週から、引き続いての、み言葉、主のお言葉を与えられています。
ところで、先週は、9月26日と27日の月、火にわたって、栃木県の那須高原において、東地域、東教区の教師・牧師の退修会に出席してきました。宣教論、いかに、日本伝道を考え、取り組むべきかについて、日本ナザレン教団の石田学先生という講師を招いての二日間でした。石田先生の分析では、日本人は一貫した神観を持っていないので、キリスト教の宣教が非常に難しいのだというのです。お盆のときに、死者の霊が戻ってくる。死者の霊をなだめるために、お盆を守る。しかし、日本のこれまでのキリスト教は、祖先崇敬を怠ってきたために、宣教、伝道が進まないのであるというのです。
しかし、これからのキリスト教は、天地宇宙の神にして、万物の造り主である神を一貫して説き、宣教的礼拝を徹底させていくべきであると強調なさっておられました。私たち自身振り返ってみてどうでしょうか。
私は、牧師をしておりながら、日曜日だけ牧師というような恥ずかしい現実をしばしば持っています。なかなか、根底から清められた生活が出来ないでいます。清くなることは、私には、不可能に近いのであります。しかし、聖書のみ言葉に立って、日々を歩まない限り、魂の真の平安を得ることはできないことも、承知しています。
 さて、主は、本日のみ言葉の中で、「無限の赦し」について、語っておられます。ペトロが近づいてきて、私の兄弟、信仰の仲間が、私に罪を何回も犯すであろう場合、いったい、どこまで赦すであろうべきなのか、7回までですかと聞くのであります。私たち日本人であれば、3回まででしょうかということになりましょうか。
しかし、主は、私は7回までとは言わない。7の70倍まで赦しなさいといわれるのであります。これは、カインへの復讐が7回なら、レメクへの復讐は77倍までと、主なる神が約束したもうたことを思い起こさせます。そして、主は、天の国は、次のように、似せられる、譬えられると譬えを語られるのであります。ある王である人がいて、奴隷たち、家来たちと勘定の決済をしようとして、1万タラントンの借金、貸付金のある奴隷、あるいは、家来が連れてこられた。そして、その主人は、その奴隷に、自分も、妻も子も持ち物全部も売って、返すようにと命じたのであります。1タラントンは、6000ドラクメ、デナリオンであります。一日の労賃をデナリオンといい、かりに1万円とすると、6千億円、ある解説によると、16万年分の労賃の返済を迫られるのであります。それは、どうもがいても、返済できる金額ではありません。
その奴隷は、弱りきってひれ伏し、忍耐を持ってください、きっとお返ししますからというのであります。この王、主人である人は、その姿に、はらわたがうずく思いとなり、その借金を全部赦してやったというのであります。
その奴隷は、こうして出て行くと、奴隷仲間に出会い、100デナリオン、100万円ほどの借金を自分にしている者に会い、借金を返せと、捕まえてのどをしめるのであります。
その奴隷仲間は、ひれ伏し、嘆願して、忍耐を持ってくれ、きっと払うからと嘆願したのでありますが、彼は赦さず、刑務所に入れて労働させたというのであります。
これを見ていた奴隷仲間たちは、すこぶる悲しみ、一切を、王である主人のところに行って知らせたのであります。王は、呼び出し、怒って、邪悪な奴隷よ、お前が嘆願したから赦してやったのではないか。同じようにお前の僕仲間にも、すべきではなかったかといって、獄吏たちに引き渡したというのであります。そして、あなたがためいめいも、心からその兄弟たちを赦さなければ、私の天の父は、あなた方に、同じように、なさるであろうと、主イエスは、言われたのであります。日常の中で、私たちの信じる神は、私たちが、柔和に、兄弟を赦し、あるいは、諭すことをお命じになられる神であります。日々の中で、聖書を信じ、赦し合い、み言葉に従う弟子となりたいものであります。アーメン。

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2011/10/02(日) 10:30:01| 未分類| トラックバック(-) コメント(-)
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