津田沼教会 牧師のメッセージ
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「信仰の神秘」(マタイ17:1-9)
マタイ17:1-9、2011・03・06、変容主日(典礼色―白―聖餐式)、出エジプト記34:29-35、ペトロの手紙二1:16-19

マタイ17:1-9
 六日の後、イエスは、ペトロ、それにヤコブとその兄弟ヨハネだけを連れて、高い山に登られた。イエスの姿が彼らの目の前で変わり、顔は太陽のように輝き、服は光のように白くなった。見ると、モーセとエリヤが現れ、イエスと語り合っていた。ペトロが口をはさんでイエスに言った。「主よ、わたしたちがここにいるのは、すばらしいことです。お望みでしたら、わたしがここに仮小屋を三つ建てましょう。一つはあなたのため、一つはモーセのため、もう一つはエリヤのためです。」ペトロがこう話しているうちに、光り輝く雲が彼らを覆った。すると、「これはわたしの愛する子、わたしの心に適う者。これに聞け」という声が雲の中から聞こえた。弟子たちはこれを聞いてひれ伏し、非常に恐れた。イエスは近づき、彼らに手を触れて言われた。「起きなさい。恐れることはない。」彼らが顔を上げて見ると、イエスのほかにはだれもいなかった。
 一同が山を下りるとき、イエスは、「人の子が死者の中から復活するまで、今見たことをだれにも話してはならない」と弟子たちに命じられた。



説教「信仰の神秘」(マタイ17:1-9)

今日は変容の主日であり、顕現節の最終主日でもありますが、聖壇で用いられます色は先週までの緑から白に変わっています。これは、神、ないしは神の顕現を表す色であります。
私たちのこの世の中は、先日もスーパーで小さな女の子が一人でトイレに行っている間に、命を奪われるといった悲惨な出来事が一方で、起こり、また、世界中で人間の命がたくさん奪われる紛争や内紛が続いています。このような理不尽が昔から続いて来ているのでありますが、私たちは、このような暗い世界、暗闇の社会において、信仰の神秘を本日は知らされるのであります。
主イエスは、6日の後、すなわち、ペトロの信仰告白と、主の受難予告の後に、ペトロとヤコブとその兄弟ヨハネだけを連れて、高い山に登られます。これは、伝統的にはタボル山と考えられてきましたが、フィリポ・カイザリアからの地理を考えますとヘルモン山であったかもしれません。そこで、主の表情は変わり、太陽のように輝き、その服は、光のように燦然ときらめいたのであります。そして、彼らに、モーセとエリヤと共に話しておられる主イエスが認められたのであります。この出来事は、難解な出来事であり、昔から、復活後の出来事を、この時点にさかのぼらせて、マタイがここに入れたのではないかと考える人もいました。
しかし、その言葉などの分析をすると、復活後の記事とは異なるということであります。さて、ペトロは、「私たちがここにいることは、好ましい、素晴らしいことです、主よ、あなたがお望みならば、3つの仮小屋を私は作りましょう、一つはあなたのために、一つはモーセのために、一つはエリヤのために」と、何と言っていいかわからずに、答えたのでありました。モーセは律法を代表し、エリヤは預言者を代表していますし、彼らは二人とも天に上げられたと考えられていまして、主イエスも天的人物であることを示しています。 
しかし、輝く雲が彼らを覆います。そして、雲の中から、「これは、私の息子、愛する者、彼において私は喜んでいる。あなた方は彼に聞くように」との声が成ったのであります。
私たちは、聖人たちや他の誰でもない主イエスに聞き従うことが父なる神によって、求められているのであります。私たちは、キリストを信じていますけれども、他の価値観や他宗教にも、尊敬の念を持って耳を傾け、共に理解しながら生きて行くこともしなければなりません。
しかし、本日、示されました雲の中からの声、主イエスの洗礼の時と同じ啓示の言葉を根本に持たなければなりません。そして、主イエスに聞き従うということは、主のみ教えと共に、主イエスが受難に向かうメシアであるということを何よりも信じるということであります。
改革派の神学者にカール・バルトという人がいました。彼の神学は危機神学と言われ、キリスト教は一方的な、超越的は啓示の宗教であると、第一次世界大戦や第二次世界大戦などの危機を通して主張したのであります。それは、マルチン・ルターの十字架の神学にも通じるものでありましょう。
私たちは、十字架とか苦難とかを避けようとする傾向があります。しかし、復活の栄光に主が与る前に、主イエスは、本日の出来事から、さらに、エルサレムへと十字架に向かって進んで行かれるのであります。
今週の水曜日、3月9日から、灰の水曜日礼拝を経て、日曜日を除く40日間の四旬節に入ります。そして、今年の復活祭は、4月24日となります。
私たちは、本日の主の変容の出来事を信仰の神秘として受け入れ、栄光のみ国の世継ぎとされて、毎日を喜び生きる者とされたいものであります。

人知では到底測り知ることのできない神の平安が、あなた方の心と思いとを、キリスト・イエスにあって、守るように。アーメン。



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2011/03/06(日) 10:30:00| 未分類| トラックバック(-) コメント(-)
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