津田沼教会 牧師のメッセージ
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「聖家族のエジプト避難」(マタイ2:13-23)
マタイ2:13-23、イザヤ書63:7-9、ガラテヤの信徒への手紙4:4-7、2010・12・26、降誕後主日(典礼色―白―)
 
マタイによる福音書2:13-23

 占星術の学者たちが帰って行くと、主の天使が夢でヨセフに現れて言った。「起きて、子供とその母親を連れて、エジプトに逃げ、わたしが告げるまで、そこにとどまっていなさい。ヘロデが、この子を探し出して殺そうとしている。」ヨセフは起きて、夜のうちに幼子とその母を連れてエジプトへ去り、ヘロデが死ぬまでそこにいた。それは、「わたしは、エジプトからわたしの子を呼び出した」と、主が預言者を通して言われていたことが実現するためであった。
 
 さて、ヘロデは占星術の学者たちにだまされたと知って、大いに怒った。そして、人を送り、学者たちに確かめておいた時期に基づいて、ベツレヘムとその周辺一帯にいた二歳以下の男の子を、一人残さず殺された。こうして、預言者エレミヤを通して言われていたことが実現した。
 「ラマで声が聞こえた。
  激しく嘆き悲しむ声だ。
  ラケルは子供たちのことで泣き、
  慰めてもらおうともしない、
  子供たちがもういないから。」

 ヘロデが死ぬと、主の天使がエジプトにいるヨセフに夢で現れて、言った。「起きて、子供とその母親を連れ、イスラエルの地に行きなさい。この子の命をねらっていた者どもは、死んでしまった。」そこで、ヨセフは起きて、幼子とその母を連れて、イスラエルの地へ帰って来た。しかし、アルケラオが父ヘロデの跡を継いでユダヤを支配していると聞き、そこに行くことを恐れた。ところが、夢でお告げがあったので、ガリラヤ地方に引きこもり、ナザレという町に行って住んだ。「彼はナザレの人と呼ばれる」と、預言者たちを通して言われていたことが実現するためであった。


説教「聖家族のエジプト避難」(マタイ2:13-23)

本日は、降誕後主日であり、聖家族のエジプト避難、そして、ガリラヤのナザレへの定住を記したマタイ2:13-23が福音として、与えられています。このクリスマスの喜びであるはずの主日に、本日のような不条理な出来事、記事が与えられているのはなぜでありましょうか。マタイは、これらの出来事が、旧約聖書に書かれているメシアに関する記事の成就であるとみなしているのであります。
今日の個所は、小見出しで与えられているとおり3つの部分に分けられます。2:13-15、2:16-18、2:19-23であります。まず、第一の段落で、さて、彼ら、占星術の学者たちが、去った時、ヨセフに夢で主の天使が知らせるのであります。「あなたは、起きて、その子と彼の母を連れてエジプトにのがれなさい。ヘロデがその子の命を狙っているからであると。」
ヨセフは、従順に、主の天使の告げてくれたとおり、起きて、ベツレヘムから、エジプトに逃れるのであります。それは、旧約の預言を通して言われていた言葉が満たされるためでありました。「私は、私の子をエジプトから呼び出した」との。
第2の段落、2:16-18は、ヘロデ大王による嬰児虐殺の出来事であります。マギたちにだまされたと知ったヘロデは大いに怒り、マギたちから確かめていた時間に従って、ベツレヘムとその周辺全体の2歳以下の男の子を、兵を遣わして殺してしまうのであります。これによって、エレミヤによって預言されていた言葉が成就するのであります。エレミヤ書では、ヤコブの妻が、その子たちがもういないので嘆き、泣きわめくとあるのでありますが、そこでは、バビロン捕囚の者たちが、やがて帰って来る喜びを預言するのであります。
しかし、マタイは、この預言が、主イエスの誕生とエジプト脱出により、大量の幼児虐殺が起こったことによって満たされたと解釈するのであります。どうして、喜びであるはずの主イエスの誕生の時に、このような不条理な、何の罪もない幼児たちが殺されなければならなかったのでしょうか。ひょっとしたら、この出来事を後年の成長した主イエスにマリアは語ったのではないでしょうか。そして、それは、主が十字架につくことになる予表であったのではないでしょうか。幼児たちの命を奪われる悲惨な出来事が、主なる神の人類が新しく生きることができるようになるために、大きな代償として必要とされたのではないでしょうか。主が十字架につくことになる予表として、この私たちの理性では理解することのできない出来事が起こったのであります。私たちが、真に罪を赦され、新しい命をもって歩むために、この出来事が起こらなければなかったのであります。
第3の段落では、主の天使が夢に現れて、「あなたの子の命を狙っていた者たちは死んでしまった。イスラエルの地に帰りなさい」とお告げがあったのであります。これは、モーセがその命を狙っていた者たちは死んでしまったと告げられ、妻と子を連れてエジプトに帰って行ったのと並行しています。
主は新しい救い手として、新しいモーセとしてイスラエルの地に、母と共にヨセフによって連れて帰られるのであります。ところが、ヘロデに代わって息子のアルケラオが支配していたのでユダの地に行くことを恐れ、ガリラヤの地方のナザレという町に行って住み、「彼はナザレ人と呼ばれる」という預言者たちによって言われていた言葉が満たされたのであります。
それは、旧約によるナジル人として預言されていたのでしょうか。旧約聖書では出て来ない、旧約では知られない町ナザレで主イエスが成長することとなったのであります。私たちも、ナザレのイエスによって、救い主が与えられ、新しいモーセとして、主が成長していったことを信じるように招かれているのであります。
 聖家族のヨセフとマリアとその子イエスは、現代の私たちの家族にとっても、主の天使のみ告げに従順に従っていったモデルとして、このクリスマスの時に思い巡らすのにふさわしい家族であります。多事多難な現代の日本の家族である私たちもそれぞれ、主によって示されるところに従順に従っていきたいものであります。アーメン。
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2010/12/26(日) 10:30:01| 未分類| トラックバック(-) コメント(-)
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