津田沼教会 牧師のメッセージ
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「終りの日に備えて生きる」(ルカ21:5-19)
ルカ21:5-19、イザヤ書52:1-6、Ⅰコリント15:54-58、2010・11・21、聖霊降臨後最終主日(典礼色―緑―)

ルカによる福音書21:5-19
 ある人たちが、神殿が見事な石と奉納物で飾られていることを話していると、イエスは言われた。「あなたがたはこれらの物に見とれているが、一つの石も崩されずに他の石の上に残ることのない日が来る。」
 そこで、彼らはイエスに尋ねた。「先生、では、そのことはいつ起こるのですか。また、そのことが起こるときには、どんな徴があるのですか。」イエスは言われた。「惑わされないように気をつけなさい。わたしの名を名乗る者が大勢現れ、『わたしがそれだ』とか、『時が近づいた』とか言うが、ついて行ってはならない。戦争とか暴動のことを聞いても、おびえてはならない。こういうことがまず起こるに決まっているが、世の終わりはすぐには来ないからである。」そして更に、言われた。「民は民に、国は国に敵対して立ち上がる。そして、大きな地震があり、方々に飢饉や疫病が起こり、恐ろしい現象や著しい徴が天に現れる。しかし、これらのことがすべて起こる前に、人々はあなたがたに手を下して迫害し、会堂や牢に引き渡し、わたしの名のために王や総督の前に引っ張って行く。それはあなたがたにとって証しをする機会となる。だから、前もって弁明の準備をするまいと、心に決めなさい。どんな反対者でも、対抗も反論もできないような言葉と知恵を、わたしはあなたがたに授けるからである。あなたがたは親、兄弟、親族、友人にまで裏切られる。中には殺される者もいる。また、わたしの名のために、あなたがたはすべての人に憎まれる。しかし、あなたがたの髪の毛一本もなくならない。忍耐によって、あなたがたは命をかち取りなさい。」


説教「終わりの日に備えて生きる」(ルカ21:5-19)

本日は、聖霊降臨後最終主日となりました。ルカと共に、エルサレムへの旅と共に過ごしてきましたが、一応、いよいよ、ルカ福音書とは、本日でお別れであり、次週からは、三年サイクルのA年として、マタイが主として読まれます。
さて、教会歴での最終主日は、王であるキリストを覚える日曜日として守られてきました。本日の個所は、主が神殿の崩壊を預言する記事が含まれていますが、王なるキリストが、紀元後70年頃のローマ帝国による神殿崩壊、そして、エルサレムの滅亡を予告する記事につながっています。主は、全能のお方として、エルサレムで十字架につく前に、本日のお言葉を述べたものと、素直に受け取ってもいいのではないでしょうか。
本日の個所を、見てみますと、前段は、神殿崩壊にさきがけての予兆、前兆、しるしについて、21:5-11で主は語っておられます。そして、後段の21:12-19で、その前に起こること、迫害などについて、語っておられます。
 前段は、このようであります。神殿の見事な石どもや、奉献された装飾品で飾られた神殿についてある人たちが語っていた時、主は、あなた方が見ているこれらのものは、石の上に石が一つも残らないようにされる日々が来るであろうと。人々は、先生、それはいつ起こり、どのようなしるしが、あるのでしょうかと尋ねます。
主は、あなた方は、迷わされないように気をつけなさい、私がそれであるとか、時が近づいたと言う者があっても、その後について行ってはならない。国が国に、王国が王国に対して起き上がり、戦争や暴動について、あなた方は聞くであろう。そして、ある所では飢饉や、地震や疫病が起こるであろう。まず、それらが第一に起こるが、すぐには、終わりの日は来ないであろうと、前段では、主は語られているのであります。
そして、後段では、それらのことの起こる前に、人々は私の名のゆえに、あなた方に手を置き、迫害し、会堂から追い出し、獄に引き渡すであろう。あなたの両親や、兄弟や、身内や、友人たちがあなた方を引き渡し、裏切るであろう。そしてそれは、あなた方を証しへと導くであろう。あなた方は、前もって、何と答えるか、心において実践しておかないように。なぜならば、私が、敵対する者たちが反論も反駁もできない知恵と口を与えるであろうから、と言われます。そして、私の名のために、あらゆる人にあなた方は憎まれる者となるであろうと言われます。主イエスは、別の個所で、あなた方は、自分の命をも憎む者でなければ、私の弟子であることはできないとも言われています。
私たちは、自分を善い人間だと思い込み、信じがちでありますけれども、主は、その主の名のゆえに、あなた方はすべての人に憎まれる者となるであろうと予告されています。
しかし、主は迫害や逆境とぶつかるとともに、神の御加護も保証しておられます。主は言われます。そして、あなた方の頭の髪の毛1本も、失われることはないと言われているのであります。そして、あなた方の忍耐によって、あなた方はあなた方の命、魂を獲得するようにと鼓舞されるのであります。
この主の預言は、その弟子たち、特に、パウロを含めて、使徒言行録において、成就して行くのであります。しかし、これを語られた主イエスは、この後、十字架にかかり、弟子たちの裏切りにあい、この上もない苦しみを味わわれるのであります。使徒言行録では、ペトロも、パウロも、殉教の死を遂げたことが暗示されていますが、弟子たちのあらゆる受けた迫害も苦しみも、主イエスの味わわれた苦しみには及ばないのであります。
私たちは、主がこの預言をしてから、2000年近く立っていますが、本日の主の語られたお言葉は、依然として効力を持っているのではないでしょうか。私たちは、今も、迫害こそ、受けていませんが、主イエスによる罪の贖い、主こそこの世の救いの唯一の主であることを、証ししていくとき、有形、無形のさまざまな誤解や圧迫、迫害ともいえる事態に直面することを、本日の主の言葉を通して、改めて自覚させられるのではないでしょうか。
私たちもまた、親から、実際的には、両親、兄弟、あるいは、身内たち、友人たちから、裏切られるとも言える体験をするのではないでしょうか。しかし、ひるむ必要はない、主が敵対者が反論も反対もできない知恵と口を与えるであろうと約束されているのであります。
私たちは、王であるキリストの言われる言葉として、一年の最終主日に、主の預言して下さったお言葉を、心におさめて、新しい一年、来週から始まる待降節を歩んでいきましょう。
父なる神さま。
私どもは、1週間、1週間が、主日を始まりとして与えられていますが、その1週、1週のうちにも、弱りこんだり、怠ったりして、十分な主の証しをなすことが難しゅうございます。どうか、この1年を終わるにあたって、王なるキリストを今一度覚える者となさせてください。津田沼教会も、いろいろな出来事がありましたが、あなたにつながるこの小さな群れをも、きたる年導いてください。私たちの弱さをあなたが赦し、助けてください。
キリストによって祈ります。アーメン。
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2010/11/21(日) 10:30:01| 未分類| トラックバック(-) コメント(-)
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