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津田沼教会 牧師のメッセージ
「多くの人を倒れさせたり、立ち上がらせたりするお方」(ルカ2:25~40)
ルカ2:25-40、2009・12・27、降誕後主日(典礼色―白―)
エレミヤ書31:10-14、ヘブライ人への手紙2:10-18

ルカによる福音書2:25~40
 そのとき、エルサレムにシメオンという人がいた。この人は正しい人で信仰があつく、イスラエルの慰められるのを待ち望み、聖霊が彼にとどまっていた。そして、主が遣わすメシアに会うまでは決して死なない、とのお告げを聖霊から受けていた。シメオンが“霊”に導かれて神殿の境内に入って来たとき、両親は、幼子のために律法の規定どおりにいけにえを献げようとして、イエスを連れて来た。シメオンは幼子を腕に抱き、神をたたえて言った。
 「主よ、今こそあなたは、お言葉どおり
 この僕を安らかに去らせてくださいます。
 わたしはこの目であなたの救いを見たからです。
 これは万民のために整えてくださった救いで、
 異邦人を照らす啓示の光、
 あなたの民イスラエルの誉れです。」
 父と母は、幼子についてこのように言われたことに驚いていた。シメオンは彼らを祝福し、母親のマリアに言った。「御覧なさい。この子は、イスラエルの多くの人を倒したり立ち上がらせたりするためにと定められ、また、反対を受けるしるしとして定められています。――あなた自身も剣で心を刺し貫かれます――多くの人の心にある思いがあらわにされるためです。」
 また、アシェル族のファヌエルの娘で、アンナという女預言者がいた。非常に年をとっていて、若いとき嫁いでから七年間夫と共に暮らしたが、夫に死に別れ、八十四歳になっていた。彼女は神殿を離れず、断食したり祈ったりして、夜も昼も神に仕えていたが、そのとき、近づいて来て神を賛美し、エルサレムの救いを待ち望んでいる人々皆に幼子のことを話した。

 親子は主の律法で定められたことをみな終えたので、自分たちの町であるガリラヤのナザレに帰った。幼子はたくましく育ち、知恵に満ち、神の恵みに包まれていた。





説教「多くの人を倒れさせ、また、立ち上がらせるお方」(ルカ2:25~40)

 本日は降誕後主日であります。主イエスの馬小屋での降誕後、清めの期間である6週間くらいを過ぎて、両親は、幼子イエスを連れて、エルサレム神殿に主にささげるために、詣でるのであります。両親は、律法を守る敬虔なユダヤ人でありました。
そのとき、見よ、シメオンという人がいて、正しく、信心深い人で、イスラエルの慰められるのを待ち望んでいました。そして、主メシアを見ないうちは、死を見ないとの啓示を聖霊によって受けていました。そして、神殿の境内に入って来て、ちょうど奉献に両親が連れて来ていた幼子イエスに出会うのであります。
シメオンは、神をほめたたえていうのです。ご主人さま、あなたはあなたのしもべを、今、お言葉に従って安らかに去らせてくださいます。なぜなら、私の両目は、あなたの救いを見たからです。これは、すべての民のために、あなたがお備えになられたもの、異邦人の啓示への光、あなたの民、イスラエルの栄光です。
これは、私たち、ルーテル教会で毎週、式文において唱えられるヌンク・ディミティスのことばでもあります。シメオンは、おそらく、老人であったでしょう。主の救いを見たからには、あなたは、ご主人さま、私を、解き放なって下さいますと宣言するのです。もう、死んでもよいとシメオンは、幼子を抱いて、告白するのであります。それを見て、両親は、ただただ驚くばかりでありました。
シメオンは、母マリアに、この子は、イスラエルの多くの者を倒れさせ、また、起き上がらせるべく、横たわっている。あなたの心も剣が刺し通すでしょうと預言します。主イエスは、主イエスに出会うすべての人を、倒れさせるか、起き上がらせるかのいずれかであります。主イエスを救い主として、受け入れるか、拒むかであって、中立はないのであります。私たちは、このシメオンの預言が真実であることを、経験から知らされています。 
私たちは、主イエスが、その人にとって躓きの石にならないように、招き、主イエスこそ救い主であることを、伝えねばならないのであります。牧師に限らず、信徒は皆、主イエスを周囲の人々に知らせる務めを与えられています。
さて、また、一人の女預言者、アシェル属のファヌエルの娘、アンナという人がいて、7年間夫と暮らし、そのあとやめめとなり、84歳にも、なって、日夜神殿で礼拝し、断食と祈りをしていたが、その人も、その時にそばにやって来て、神に感謝し、その子のことについてエルサレムの贖い、救いを待ち望むすべての人に語っていたという出来事が起こります。
二人の敬虔な、おそらくシメオンも老人であったでありましょう、信心深い男女のユダヤ人に出会ったのであります。
老人は、経験が豊かであり、信心深い二人の男女の老人によって、幼子イエスが、人々、人間たちを倒れさせるか、立ち上がらせるかにするメシアとして、お生まれになったことを、告白し、人々に語り告げたのであります。
私たちは、この預言に従って、出会う人々に、主イエスを紹介する特権と任務を与えられているのであります。このクリスマス、新年に向かって新しい一年が始まろうとしています。私たちは、気落ちしないで、すべての人々の救いのために神が人の形で生まれさせたみ子イエスについて、新しい年こそ、初心に帰って、宣べ伝えていきたいものであります。祈ります。
主なる神よ、クリスマスの礼拝やお祝いを感謝します。み子の誕生を出来得る限り宣べ伝える知恵と勇気とを私たちにお与えください。

私たちの内に働く御力によって、私たちが求めたり、思ったりすることすべてを、はるかに超えてかなえることのおできになる方に、教会により、また、キリスト・イエスによって、栄光が世々限りなくありますように。アーメン。





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2009/12/27(日) 10:30:00| 未分類| トラックバック(-) コメント(-)