津田沼教会 牧師のメッセージ
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「天使のお告げ」(ルカ1:26~38)
ルカ1:26-38、2009・12・13、待降節第3主日(典礼色―紫―)
サムエル記下7:8-16、ローマの信徒への手紙16:25-27

ルカによる福音書1:26~38
 六か月目に、天使ガブリエルは、ナザレというガリラヤの町に神から遣わされた。ダビデ家のヨセフという人のいいなずけであるおとめのところに遣わされたのである。そのおとめの名はマリアといった。天使は、彼女のところに来て言った。「おめでとう、恵まれた方。主があなたと共におられる。」マリアはこの言葉に戸惑い、いったいこの挨拶は何のことかと考え込んだ。すると、天使は言った。「マリア、恐れることはない。あなたは神から恵みをいただいた。あなたは身ごもって男の子を産むが、その子をイエスと名付けなさい。その子は偉大な人になり、いと高き方の子と言われる。神である主は、彼に父ダビデの王座をくださる。彼は永遠にヤコブの家を治め、その支配は終わることがない。」マリアは天使に言った。「どうして、そのようなことがありえましょうか。わたしは男の人を知りませんのに。」天使は答えた。「聖霊があなたに降り、いと高き方の力があなたを包む。だから、生まれる子は聖なる者、神の子と呼ばれる。あなたの親類のエリサベトも、年を取っているが、男の子を身ごもっている。不妊の女と言われていたのに、もう六か月になっている。神にできないことは何一つない。」マリアは言った。「わたしは主のはしためです。お言葉どおり、この身に成りますように。」そこで、天使は去って行った。



説教「天使のお告げ」(ルカ1:26~38)

待降節も後半に入り、本日はその第3主日となり、来週はいよいよ待降節第4主日となり、クリスマス主日を兼ねて、クリスマスを祝うことになります。本日は、天使ガブリエルのお告げが、ガリラヤの町ナザレに住んでいたマリアのもとに届けられ、そして、次週は、ユダの山里に、マリアが、親戚のエリサベトを訪ねるという本日に続く個所が読まれます。
 主の再臨が、第2のアドベントであるのに対して、本日は、今から2000年以上も前の、主イエスが、マリアの胎に宿ることになるいきさつが、記されています。
 その内容について、ご一緒に、しばらく、思い起こしてみましょう。ザカリアの妻エリサベトに、のちに洗礼者になるヨハネがその胎に宿って6か月目のことでありました。
 天使ガブリエルが、ガリラヤのナザレという町に住んでいたマリアのもとにやってくるのであります。そして、彼女は、ヨセフという人のいいなずけ、婚約者でありました。
 天使は、おめでとう、あるいは、喜びなさい、恵まれた人よ、あるいは、神のご好意が与えられた人よ、主があなたと共におられますと挨拶するのであります。
 マリアはこの言葉に、困惑し、この挨拶は、いったい何なのだろうとあれこれ考えていたのであります。
 すると、天使は、恐れるな、マリア、あなたは、神からの恵み、ご好意を見出したのであると言い、さらに、続けます。そして、見よ、胎においてあなたは身ごもるだろう、そして息子を産むだろう、そして彼の名をイエスとなずけるであろう、というのであります。イエスとは、その当時のユダヤの国においてはよくある名前でありましたが、主は救いとか、主は救い主という意味の名前であります。
そして、天使は続けるのであります。すなわち、その者は、偉大になるであろう、そしていと高き者の息子と呼ばれるであろう。そして彼に、主なる神はその父ダビデの王座を与えられるであろうというのです。ダビデの末から大いなる王が起こるとの本日の第一の朗読、サムエル記下7章の預言が実現するというのであります。
 そして、ヤコブの家に向かって永遠に彼は統べ治めるであろうと告げます。そして彼の王国の終わりはないであろう、永続するというのです。
 マリアは、天使に向かって言います。どうしてそのことがあることになりましょうか。私は男の人を知りませんのに、と答えます。マリアは、婚約はしていましたが、まだ結婚してはおらず、床入りはしていなかったのであります。すると、天使は、答えて言います。聖霊があなたに向かってやって来るであろう、そしていと高き方の力が、あなたを包むだろう。それゆえ、また、生まれる子は、神の息子、聖なる方と呼ばれようと。さらに続けます。
 そしてみよ、あなたの身内、親戚のエリサベトは、老年にもかかわらず、息子を身ごもっている、不妊の女の人と呼ばれていたのにもう6か月の胎児を宿している、と言い、なぜならば、神からのすべての言葉は不可能なことはないであろうからというのであります。
 ついに、マリアは言います。見よ、私は主のしもめです。あなたのその言葉に従ってわれになれかしと言ったのでありました。そして、天使は彼女から離れて行ったのであります。「あなたのお言葉通りになりますように」とマリアは、天使に答えたのであります。神さまからの一方的な恵み、ご好意によって、マリアは、主の母となるのであります。
 神からのすべての言葉・出来事には、不可能なことはないであろうと、天使ガブリエルは語って去ったのであります。
 今日の主日の祈りには、私たちの心の闇をみ光で照らしてくださいとありました。待降節を待ち望む中にありましても、私たちは、言葉と行いと思いによって、日ごとに、罪を犯さざるを得ない弱さを覚えます。しかし、神に心を寄せる者に神は耳を傾けて下さるとも、本日の主日の祈りにはありました。神には不可能なことはないのであります。そこに希望を見出していきたいものであります。
 私たちは、次の主日、本日に続くマリアのエリサベト訪問の記事を読みます。私たちの理性では信じられない出来事が、クリスマスの出来事であります。神にして人であるみ子イエスが地上に、2000年も前に、神のご意志によって、マリアの胎に宿るのであります。
 私たちは、再び、この主イエスが、終りの日に再臨することも知らされています。
しかし、第一のアドベント、主の来臨は、本日の出来事を通して実現していくのであります。神からのすべての言葉・事柄には、不可能なことはないであろうとの天使の言葉を思い起こしながら、私たちの罪のために、地上にお出でになられ、私たちと同じ体をもって人となられた、真の神を心からお迎えする、慎ましいひと時をこの時期送っていきたいものであります。
 人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るように。アーメン。
 

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2009/12/13(日) 10:30:00| 未分類| トラックバック(-) コメント(-)
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