津田沼教会 牧師のメッセージ
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--/--/--(--) --:--:--| スポンサー広告| トラックバック(-) コメント(-)
「風も湖も従わせるお方」(マルコ4:35~41)
マルコ4:35-41、2009・07・19、聖霊降臨後第7主日(典礼色―緑―)
ヨブ記38:1-11、コリントの信徒への手紙二7:1-16

マルコによる福音書4:35~41
その日の夕方になって、イエスは、「向こう岸に渡ろう」と弟子たちに言われた。そこで、弟子たちは群衆を後に残し、イエスを舟に乗せたまま漕ぎ出した。ほかの舟も一緒であった。激しい突風が起こり、舟は波をかぶって、水浸しになるほどであった。しかし、イエスは艫の方で枕をして眠っておられた。弟子たちはイエスを起こして、「先生、わたしたちがおぼれてもかまわないのですか」と言った。イエスは起き上がって、風を叱り、湖に、「黙れ。静まれ」と言われた。すると、風はやみ、すっかり凪になった。イエスは言われた。「なぜ怖がるのか。まだ信じないのか。」弟子たちは非常に恐れて、「いったい、この方はどなたなのだろう。風や湖さえも従うではないか」と互いに言った。



説教「風も湖も従わせるお方」(マルコ4:35~41)

 先週は、種を蒔く人とその麦の収穫、また、からし種の木の譬えと神の国について、湖のほとりで教えられる主イエスの記事、すなわち本日の個所のすぐ前が、与えられた福音でありました。本日の福音は、それに続くもので、奇跡物語であります。奇跡物語は、私たちが主を信じるための奇跡物語であります。
この緑の色で表される時期、主イエスの語られた教え、み言葉となさったみ業を学ぶのですが、本日の個所は、なされたみ業と言えましょう。
 その日、夕方になったので、主イエスは、舟に乗ったまま、弟子たちに「向こう岸に行こう」と率先して導かれます。主は、湖の東側へも、神の国を宣べ伝える宣教地を求められたのでありましょうか。しかし、より大事なことは、常に主イエスが率先して、弟子たちをお導きになられるということであります。
 ところが、思いがけないことには、風のハリケーン、スコールが成るのであります。波どもが、激しく舟にうちつけ、その結果、舟が水浸しになったのであります。一方、主イエスは、船尾、舟の後の方で何かを枕にして眠っておられたというのであります。ヨナが主なる神の宣教命令から、逃げて、船蔵でぐっすり眠っていたが、海は大荒れになったという旧約のヨナ書の記事が思い出されます。
 弟子たちは、そんな呑気な主を見て、憤りを爆発させるかのように、主イエスを起こして言うのであります。「先生、私たちが滅びようとしているのに、あなたには、何でもないことなのですか。」
マルコの描く弟子たちは、生前のイエスを全く理解せず、悟るのに鈍い弟子たちであります。マタイ福音書の弟子たちは、主の教えをよく理解する弟子たちでありますが、マルコ福音書の弟子たちは、それが、最も古い福音書であったためか、主イエスを生前正しく理解できなかったことを正直に伝えています。そして、ここでも、主を叱責するかのように、眠りから起こすのであります。主は、眠りから目覚め、海に告げ、波に命じるのであります。「静まれ、黙れ」と。すると、風はやみ、湖上には大きな静けさがあった、とマルコは記しています。
 そして、主は言われるのであります。「なぜ、あなた方は臆病な者たちであるのか。まだ、あなた方は信仰を持っていないのか」と。
 弟子たちは、恐れを大いに恐れさせられたとあり、互いにこう言っていたというのであります。「いったい、この方はだれなのか、風も海も彼に従うとは」と。
 本日の個所では、主イエスは、創造主なる神の配慮に、全幅の信頼を置いていたということが、一つには強調されていると言えるでしょう。しかし、また、風や海や大水は、混沌、混乱や悪霊の支配する領域や試練、厄介事などを表しているものとも言えましょう。しかし、主イエスは、それらをも従わせ、支配下に置くことがおできになる方なのであります。
 私たちの過ぎた1週間をそれぞれ思い起こしてみましょう。本当に危機的な状況がそれぞれにあったのではないでしょうか。そして、我々は、本日の記事の弟子たちのように、おびえ、主にどうしてあなたは、私たちを救ってくれないのですかと不平を言うような場面もあったのではないでしょうか。
さて、2000年前以上に、現代の世界は危機的であり、病んでいます。しかし、主は、「あなた方はなぜ、臆病な者たちであるのか。まだ、信仰を持っていないのか」と問いかけられます。弟子たちは、本日の出来事において大いに恐れたとありますが、私たちは、神的なもの、創造主なる神、また、そこから遣わされた主イエスに対して、畏怖の念をしっかり持つ必要があるのではないでしょうか。
 私たち、津田沼教会の小さな群れも、このときの弟子たちと同様に、主が舵取りをなさり、船長である小舟に乗り合わせている群れであります。私たちは、み言葉から、そして、主のみ業から、離れないで、忘れないで、信仰と宣教の航海をしていく必要があります。そのためには、礼拝を大切にすることであり、また、家庭でも可能なら家庭礼拝を守ることが大切であります。
 わが家では、夕食前になるべく、家庭礼拝を、小教理問答書の夕べの祈りに合わせて、十戒、使徒信条、主の祈りを唱え、祈り、さんびかを短く歌い、聖書日課を2種類読んで、短くそれぞれ祈ることにしています。皆様も、できるかぎり、毎日工夫をしてみ言葉に触れ、主イエスがあらゆる窮状からこの津田沼教会という小舟に同乗している一人一人を守って下さることを確かめることが有益かと思います。一言祈ります。
 天の父なる神さま。
 この1週間のお守りを感謝します。あなたは、私たちが耐えられないような試練には遭わせず、必ず逃れの道をも用意してくださることを確信いたします。試練の中にある人や、重い病に苦しんでおられる方も少なくありません。どうか、主イエスが、私たちと共にいて、風や海の荒れ狂う中から救いだしてください。この感謝と願いを、キリストのみ名によって、み前におささげいたします。アーメン。





スポンサーサイト
2009/07/19(日) 10:30:01| 未分類| トラックバック(-) コメント(-)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。