津田沼教会 牧師のメッセージ
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「行き渡る神のご支配」(マルコ4:26~34)
マルコ4:26-34、2009・07・12、聖霊降臨後第6主日(典礼色―緑―)
エゼキエル書17:22-24、コリントの信徒への手紙二6:1-18

マルコによる福音書4:26~34
 また、イエスは言われた。「神の国は次のようなものである。人が土に種を蒔いて、夜昼、寝起きしているうちに、種は芽を出して成長するが、どうしてそうなるのか、その人は知らない。土はひとりでに実を結ばせるのであり、まず茎、次に穂、そしてその穂には豊かな実ができる。実が熟すと、早速、鎌を入れる。収穫の時が来たからである。」

 更に、イエスは言われた。「神の国を何にたとえようか。どのようなたとえで示そうか。それは、からし種のようなものである。土に蒔くときには、地上のどんな種よりも小さいが、蒔くと、成長してどんな野菜よりも大きくなり、葉の陰に空の鳥が巣を作れるほど大きな枝を張る。」

 イエスは、人々の聞く力に応じて、このように多くのたとえで御言葉を語られた。たとえを用いずに語ることはなかったが、御自分の弟子たちにはひそかにすべてを説明された。


説教「行き渡る神のご支配」(マルコ4:26~34)
 
私たちは、まだ梅雨の明けないむせ暑い一日を本日迎えています。さて、この7月の時期に、私たちはマルコ福音書から毎週福音の個所を与えられ、緑の教会暦の色で表されます季節を歩んでいます。この時期、病気や老いの苦しみを味わっている方も多いのではないでしょうか。み言葉によって励まされ、慰められながら、神の希望を表す緑の時期を、1週1週、神によって守られながら歩んでいきたいものであります。
本日の記事は、「そして彼は語っておられた」と始まります。神の国は、このようである、すなわち、人が地の上に種を蒔き、彼が夜昼、眠ったり、起き上がったりしているうちに、種は、芽を出し、茎をはえださせるが、それがどうしてなのかは知らない。ひとりでに地は実をもたらすのであり、穂が現れ、次に穂の中に豊かな実、麦の実が現れる。そして、実が実ると彼はただちに鎌を入れる、なぜなら、収穫の時が来たからである、と最初のたとえを語られたのであります。
神の国は、歴史とともに成長し発展して、我々が努力して到来するものではなく、ひとりでに予期しないときに、急に切迫して訪れるのであります。主イエスがみ言葉、よき知らせ、福音の種をまいて、神のご支配は行き渡ることになるのであります。私たちの努力や情熱が神の国をもたらすのではなく、神ご自身が、主イエス・キリストを通して、そのご支配をもたらされるのであります。私たちは、自分の努力が足りないといって自分を責める必要があるのではなく、神のご支配に、私たちの身を合わせることが必要なのであります。
 さらに、主は、神の国を何に、どのような譬えにおいて置こうかと言われて語られるのであります。それは、からし種にたとえられると言われます。それは地の上に蒔かれるとき、地の上のすべての種よりも小さいが、蒔かれると、上に伸び、すべての野菜の中で最も大きくなり、大きな枝もたらし、その陰に空の鳥が住みつくようになる。そう二つ目のたとえで言われています。からし種の木は、2メートル半ほどにも、パレスチナでは成長します。このたとえは、主イエスが蒔かれるみ言葉を指しています。そして、主は、別の個所では、私たちにからし種ほどの信仰があれば、木に向かって海に入れと言えばその通りになろうと約束されています。そのように、パレスチナでは最も小さい種として、からし種が小さなものの表現として用いられていたのであります。しかし、それは大きくなると、天の鳥どもがその陰に宿るほどになると言われ、異邦人たちも、主イエスのみ言葉によって養われ、そこに憩うようになると言われているのであります。全世界に、キリストの蒔かれた種が、すなわちみ言葉が、広がることを暗示しているのであります。
本日の記事は、新共同訳では、3つに区切られ、分かりやすくなっています。3つ目の締めくくりの記事においては、主イエスは、群衆たちの聞くことが出来るのに応じて、以上のような多くの譬えで群衆にみ言葉、神の福音を語っておられたと記されているのであります。そして、主イエスは譬えなしでは群衆に語られないでおられたが、自分の弟子たちにはひそかにすべてのことを説明されていたとあります。神の国、神のご支配は、譬えにおいてしか、表されないものであります。主イエスは神の国の譬えにおいて、み言葉の種を蒔いてくださいました。
私たちは、み言葉から離れるとき、この世で他の誰よりもみじめな者でありますが、聖霊の助けによって、悔い改め、み言葉に従って行くことが出来るのであります。主イエスと共に、神の国、神のご支配は既に2000年前に始まっており、私たちは聖霊の導きによって、神の国、神のご支配のうちに、歩むことが許されているのであります。決して絶望しないで、み言葉に信頼しながら、歩む1週間へと押し出されていきましょう。

わたしたちの神は、御自分の栄光の富に応じて、キリスト・イエスによって、あなたがたに必要なものをすべて満たしてくださいます。



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2009/07/12(日) 10:30:00| 未分類| トラックバック(-) コメント(-)
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