津田沼教会 牧師のメッセージ
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「聖霊降臨の約束の成就」(使徒言行録2:1~21)
使徒言行録2:1-21、2009・05・31、聖霊降臨祭(典礼色―赤―)
エゼキエル書37:1-14、ヨハネによる福音書15:26-16:4a

使徒言行録2:1~21

 五旬祭の日が来て、一同が一つになって集まっていると、突然、激しい風が吹いて来るような音が天から聞こえ、彼らが座っていた家中に響いた。そして、炎のような舌が分かれ分かれに現われ、一人一人の上にとどまった。すると、一同は聖霊に満たされ、“霊”が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話しだした。
 さて、エルサレムには天下のあらゆる国から帰って来た、信心深いユダヤ人が住んでいたが、この物音に大勢の人が集まって来た。そして、だれもかれも、自分の故郷の言葉が話されるのを聞いて、あっけにとられてしまった。人々は驚き怪しんで言った。「話をしているこの人たちは、皆ガリラヤの人ではないか。どうしてわたしたちは、めいめいが生まれた故郷の言葉を聞くのだろうか。わたしたちの中には、パルティア、メディア、エラムからの者がおり、また、メソポタミヤ、ユダヤ、カパドキア、ポントス、アジア、フィリギア、パンフィリア、エジプト、キレネに接するリビア地方などに住む者もいる。また、ローマから来て滞在中の者、ユダヤ人もいれば、ユダヤ教への改宗者もおり、クレタ、アラビアから来た者もいるのに、彼らがわたしたちの言葉で神の偉大な業を語っているのを聞こうとは。」人々は皆驚き、とまどい、「いったい、これはどういうことなのか」と互いに言った。しかし、「あの人たちは、新しいぶどう酒に酔っているのだ」と言って、あざける者もいた。

 すると、ペトロは十一人と共に立って、声を張り上げ、話し始めた。「ユダヤの方々、また、エルサレムに住むすべての人たち、知っていただきたいことがあります。わたしの言葉に耳を傾けてください。今は朝の九時ですから、この人たちは、あなたがたが考えているように、酒に酔っているのではありません。そうではなく、これこそ預言者ヨエルを通して言われていたことなのです。
『神は言われる。
 終りの時に、
 わたしの霊をすべての人に注ぐ。
 すると、あなたたちの息子と娘は預言し、若者は幻を見、老人は夢を見る。
 わたしの僕やはしためにも、
 そのときには、わたしの霊を注ぐ。
 すると、彼らは預言する。
 上では、天に不思議な業を、
 下では、地に徴を示そう。
  血と火と立ちこめる煙が、それだ。
  主の偉大な輝かしい日が来る前に、
  太陽は暗くなり、
  月は血のように赤くなる。
  主の名を呼び求める者は皆、救われる。』」


説教「聖霊降臨の約束の成就」(使徒言行録2:1~21)
 
本日は聖霊降臨祭であります。本日は、使徒言行録2:1-21の出来事から、ご一緒に聖霊降臨の出来事の意味について考えてみたいと思います。聖卓や説教壇に用いています本日の赤の色は、この聖霊降臨の日に下った聖霊が、炎の舌のように弟子たちの一人一人の上にとどまったという出来事から、取られています。
本日の使徒言行録の出来事は、こういうものでありました。五旬祭、すなわち、50日目、過ぎ越しの祭りから、50日目、七週の祭りとも呼ばれるユダヤ教の三大祭、もう一つは、スコトの祭り、仮小屋の祭りでありますが、この50日目が満ちたとき、彼ら、弟子たち、12人であったでしょうか120人の者たちであったでしょうか、彼らは一つとなって共にいたのであります。
そして、突然、激しい風が突進するような音が家を満たしたのであります。そして、彼らに、分かれた舌の形をした炎のようなものが見え、彼らの一人ひとりに向かってとどまり、彼らは、霊が彼らに宣言するように与えるままに、他の言語で語りだしたのであります。で、エルサレムへと定住する敬虔な人たち、ユダヤ人たちが天下のあらゆる国から帰って来ていました。彼らは、その音、あるいは、その声が起こったので、やって来て、自分の国の言葉で、弟子たちが語っているのを聞いて驚いていました。多言奇跡であったのでしょうか。それとも、異言のようなものであったのでしょうか。
多分、多言奇跡でありましょう。彼らは、周りの世界中からエルサレムへと戻ってきて住みついた者たちでありました。ユダヤから、あるいは西の今のチグリス・ユーフラテス川近辺の場所から、また、北西の黒海や地中海に面する国々から、さらには、南西のエジプト、リビアの近辺から、あるいは、クレタ島の島国や、アラブ、アラビアの内陸に住む者たちから、そして、最後には、当時のユダヤ人たちにとって最果てと考えられていましたローマからの滞在者など、世界中の民族からユダヤ教に改宗した人々やユダヤ人たちが住み着いていたのでありますが、彼らは、ガリラヤ人たちが、自分の生まれ故郷の言語で神の大いなるみ業を語るのを聞かされていたのであります。
彼らは皆、驚き怪しみ、これは一体どういうことだとお互いに語り合っていましたが、別の者たちは、あれらは、新しいぶどう酒に酔っているのだとあざ笑う者たちもいました。
その時、ペトロが、11人と共に立って声を張り上げ、緊急性をもって彼らに宣言します。ユダヤ人の人たち、またエルサレムに在住するすべての人たち、このことをあなた方に知っていただきたい、私の宣言する言葉に注意を払ってほしい。今は、朝の9時だから、彼らは酔っているのではない。そうではなくて、これこそ、預言者ヨエルが預言していたことである。
すなわち、神は言われる、終わりの日に、私はすべての肉に、人に、私の霊から注ぐ。すると、あなた方の息子娘は預言し、あなた方の若者は幻を見、あなた方の老人たちは夢を見、また、私の僕、しもめに向かってもその日々には、私の霊から注ごう、すると彼らも預言する。上では、天に不思議なことが、下では、地にしるしを与えよう。血と火と煙の上記を。太陽は闇となり、月は地に変わろう、主の大いなる栄光の日が来る前に。そして主の名を呼ぶものは皆救われる、とペトロは、宣言したのであります。主イエスが、復活し、昇天なさり、再びお出でになる前に、主の名を呼ぶ者は皆救われるであろうとの旧約の預言が、本日のこの聖霊降臨の出来事を通して実現したのであります。
そして今も、聖霊に導かれながら、私たちは、全世界に普遍的に、この日の出来事以来、この救いへと招かれているのであります。私たちは、この日の出来事を通して、既に終末的な救いに与っているのであります。主の再臨の前に、既に、すべての人に救いが用意され、成就されていることを、私たちも、身近な家庭で、また、社会で、証ししていきたいものです。
 人知では、とうてい、測り知ることのできない神の平安が、キリスト・イエスにあって、あなた方と共にあるように。アーメン。

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2009/05/31(日) 10:30:01| 未分類| トラックバック(-) コメント(-)
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