津田沼教会 牧師のメッセージ
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「主イエスの復活の証人」(マルコ16:9~18)内海望牧師
マルコ16:9-18、2009・04・19、復活後第1主日(典礼色―白―)
使徒言行録3:11-26、ヨハネの手紙5:1-5

マルコによる福音書16:9~18
 〔イエスは週の初めの日の朝早く、復活して、まずマグダラのマリアに御自身を現された。このマリアは、以前イエスに七つの悪霊を追い出していただいた婦人である。マリアは、イエスと一緒にいた人々が泣き悲しんでいるところへ行って、このことを知らせた。しかし彼らは、イエスが生きておられること、そしてマリアがそのイエスを見たことを聞いても、信じなかった。

 その後、彼らのうちの二人が田舎の方へ歩いて行く途中、イエスが別の姿で御自身を現された。この二人も行って残りの人たちに知らせたが、彼らは二人の言うことも信じなかった。

 その後、十一人が食事をしているとき、イエスが現れ、その不信仰とかたくなな心をおとがめになった。復活されたイエスを見た人々の言うことを、信じなかったからである。それから、イエスは言われた。「全世界に行って、すべての造られたものに福音を宣べ伝えなさい。信じて洗礼を受ける者は救われるが、信じない者は滅びの宣告を受ける。信じる者には次のようなしるしが伴う。彼らはわたしの名によって悪霊を追い出し、新しい言葉を語る。手で蛇をつかみ、また、毒を飲んでも決して害を受けず、病人に手を置けば治る。」〕



説教「主イエスの復活の証人として」(マルコ16:9~18)内海望牧師
 
イースターは教会にとって最も嬉しい出来事です。ところが、福音書が語るイースターの出来事には爆発的な喜びは見当たりません。特に、マルコ福音書は暗い記事が目立ちます。今日の日課を読んでも、「信じなかった」という言葉が二度も出て来ます。イエスさまは「弟子たちの不信仰とかたくなな心をおとがめになった」とまで書かれています。
これでは、福音書は「不信仰者の記録」になってしまいます。この暗さを象徴する場面は15章47節です。「マグダラのマリアとヨセの母マリアとは、イエスの遺体を納めた場所を見つめていた」と述べられています。じっと墓を見つめるマリアの姿!そこには人間の深い絶望が感じられます。
彼女たちの気持ちはよく分かります。イエスさまの宣教活動の初めから、つまりガリラヤからずっと仕えて来た女性たちです。彼女たちは、このイエスさまこそ本物の救い主、世界に希望を与える方であると信じていたのです。ですから、すべてを捨ててイエスさまに従って来たのです。ところが、そのイエスさまが罵られ、打ち叩かれたあげく十字架で無残な死をとげてしまったのです。二人のマリアは全く絶望していました。結局、この世界の最後の勝利者は「罪と死」なのだという思いが彼女たちの心を奈落の底に沈めてしまったのです。
二人は、人生は結局「生から死へ」「光から闇へ」と向かって行く過程なんだという暗澹たる気持ちでうずくまっていました。あれこれ考えても、結局は権力の力が最後には勝利するのであって、正義とか愛とか叫んでも、罪の力には敗れ去ってしまうのだという事実が二人のマリアの心に重くのしかかっていたのです。
それでも、彼女たちは、思い返して、翌日の朝早く香料を携えて墓に行きました。するとどうでしょう。生と死を隔てていた石が転がされ、墓には白い衣を着た二人のみ使いが座っていました。そして「イエスさまは復活なさってガリラヤへ行かれる」と告げたのです。暗い死の印である墓穴が輝ける場所に変えられていたのです。罪と死が最後の勝利者ではないということが明らかになったのです。
しかし、女性たちは、ただ震えあがり、逃げ出してしまったのです。誰にもイースターの喜びを伝えることはしなかったのです。ここでマルコ福音書は終わります。私たちは、暗闇に取り残された思いになります。
ところが、今日の日課は、重点がマリアからイエスさまに移ります。マリアや弟子たちの側から見れば、これは不信仰の記録です。しかし、今やイエスさまご自身が弟子たちに対して行動を起こされるのです。ここでマリアや弟子たちの不信仰は相変わらずそのままです。
しかし、イエスさまは信じることが出来ないマグダラのマリアにご自身を現されたのです。
マグダラのマリア。彼女は、イエスさまによって七つの悪霊を追い出して頂いた女性です。伝説によれば、「罪の女」であったとも言われます。社会では最も軽蔑されていた女性であったかも知れないのです。このマリアの許に復活のイエスさまが真っ先に姿を見せて下さったのです。先週も、「ことにも、あのペトロにも」というみ使いの言葉と同じように心うつ光景です。その後、エルサレムを離れてとぼとぼと去って行く二人の弟子のもとにもイエスさまはご自身を現されました。それでも、弟子たちは信じませんでした。
私は、この「信じなかった」という言葉はその通りだと思います。死者の復活という出来事は信じられないのです。努力して「何とか分かろう」としても、理解できないのです。人間の理性の限界です。
 また、私たちは「あなたがたには世で苦難がある。しかし、勇気を出しなさい。わたしは既に世に勝っている」というイエスさまの言葉によっても平和を得ることが出来ない時があることも事実です。この世の権力、罪の力、思い煩いが強く迫って来るとき、私たちは動揺します。明日のことを思い煩い、不安と恐れの中に投げ込まれることもしばしばです。
 私たちも弟子たちと同じところにいることを告白せざるを得ません。ところが、イエスさまは11人の弟子が食事をしているところにいらっしゃいました。ヨハネ福音書によると、イエスさまご自身が食卓に招かれたと記されています。聖餐式を思い起こさせる箇所です。
14節以下のイエスさまの姿には迫力があります。イエスさまは「弟子たちの不信仰とかたくなな心をおとがめになった」と書かれています。それは、「私が今ここに君たちと共にいるのに、なぜ信じないのか」と迫っていらっしゃるように聞こえます。そして、イエスさまは、間を置かずに「全世界へ行って、すべての造られた者に福音を宣べ伝えなさい」と弟子たちに使命を与えられるのです。圧倒的な迫力です。
今やイエスさまは、不信仰に陥っている人間の限界を外側から打ち破って、弟子たちに迫っていらっしゃるのです。
その後、マリアや弟子たちがどうなったかはここには何も書かれていません。しかし、私たちは教会の2000年の歴史を知っています。あの信じないペトロをはじめ、ヨハネ、ヤコブなどが教会の柱となり、更にパウロたちが加わり、イエスさまの福音を全世界に宣べ伝えた群れが存在していた事実を知っています。数え切れない名前も知られない多くの人々が、「イエス・キリストは今も私たちと共にいらっしゃる。罪と死ではなく、イエスさまの愛こそ最後の勝利者である」というしっかりとした信仰をもって、それぞれの人生を歩み通したのです。
彼らは、あの迫害の時、死をも恐れず断固として「イエス・キリストは世界の主である」と告白しました。また無数の人々が、死の蔭の涙と共に歩んでいる時にも、共に歩んで下さるイエスさまを信じて慰めと勇気とを与えられました。私たちは、たとえば、すべての希望を奪い取られたというナチの強制収容所の中で数多くの人々が復活のイエスさまによって希望を与えられたことを知っています。これは誰も否定することのできない事実です。教会はこの復活のイエスさまを伝えることによって、世界に希望と喜びを与え続けて来たのです。教会の存在こそ、復活のイエス・キリストを力強く証明する印なのです。
この教会という群れの存在こそ、今日の日課の結論ではないでしょうか。信じることが出来なかった弟子たちがイエスさまのみ言葉によって再び立ち上がったのです。イエスさまがガリラヤで弟子たちに出会ったということは象徴的です。何故なら、つまづき倒れた弟子たちがもう一度出発点に立ったことを示しているからです。
そして、私たちが特に目を向けなければならないのは、マグダラのマリア、ペトロをはじめ弟子たちをお招きになったイエスさまは決してお見捨てにならなかったという事実です。ペトロもマリアたちも不信仰に陥りました。されているのです逃げ去ったり、イエスさまを知らないとさえ言ったのです。
しかし、「あのペトロにも」とおっしゃったイエスさまの愛は揺らぐことなく、ずっと彼らの上に豊かに注がれていたのです。イエスさまは、決して諦めず、時には声を荒げて「わたしを信じなさい。わたしは常にあなたと共にいる」と励まして下さったのです。そして、生きて行く使命までも与えて下さったのです。つまり、この命令は、「私は君たちを当てにしている」ということです。ペトロはこの赦しの愛の前に心から悔い改めました。マグダラのマリアも勇気を与えられました。この罪の女にもイエスさまの愛は豊かに注がれていることによって慰められました。
ですから、私たちもイエスさまの愛に生きて良いのです。私たちも変わることのないイエスさまの愛に包まれているのです。私たちも、当てにされているのです。「主の復活の証人として」遣わされているのです。何という光栄でしょうか。自分の心に巣くう死の闇を見つめて生きるのでなく、目を上げてイエスさまの輝きに包まれて生きて行きましょう。
不信仰な私の所にまで来られて、「さあ、共に歩もう」と促して下さるイエスさまと共に希望と喜びのうちに復活の人生を新しく歩もうではありませんか。
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2009/04/19(日) 10:30:01| 未分類| トラックバック(-) コメント(-)
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