津田沼教会 牧師のメッセージ
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--/--/--(--) --:--:--| スポンサー広告| トラックバック(-) コメント(-)
「心の断食をせよ」(マタイ6:1~6、16~21)
マタイ6:1-6、(16-21)、2008・02・06、灰の水曜日
ヨエル書2:12-18、コリントの信徒への手紙二5:20-6:2

マタイによる福音書6:1~6、16~21
「見てもらおうとして、人の前で善行をしないように注意しなさい。さもないと、あなたがたの天の父のもとで報いをいただけないことになる。
だから、あなたは施しをするときには、偽善者たちが人からほめられようと会堂や街角でするように、自分の前でラッパを吹き鳴らしてはならない。はっきりあなたがたに言っておく。彼らは既に報いを受けている。施しをするときは、右の手のすることを左の手に知らせてはならない。あなたの施しを人目につかせないためである。そうすれば、隠れたことを見ておられる父が、あなたに報いてくださる。」

「断食するときには、あなたがたは偽善者のように沈んだ顔つきをしてはならない。偽善者は、断食しているのを人に見てもらおうと、顔を見苦しくする。はっきり言っておくう。彼らは既に報いを受けている。あなたは、断食するとき、頭に油をつけ、顔を洗いなさい。それは、あなたの断食が人に気づかれず、隠れたところにおられるあなたの父に見ていただくためである。そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父が報いてくださる。」

 「あなたがたは地上に富を積んではならない。そこでは、虫が食ったり、さび付いたりするし、また、盗人が忍び込んで盗み出したりする。富は、天に積みなさい。そこでは、虫が食うことも、さび付くこともなく、また、盗人が忍び込むことも盗み出すこともない。あなたの富のあるところに、あなたの心もあるのだ。」




説教「心の断食をせよ」(マタイ6:1~6、16~21)
  
今日から主日をのぞく40日間、四旬節、別の言い方では受難節に入りました。聖卓やストールの色も、紫に変わりました。アドベントに入ったときに紫を使ったのは、来るべき王を表すためでしたが、今日から用いる紫は、主キリストが十字架につく前に着せられた紫の衣を表し、また、主イエスが十字架上で流された血の色をも表しています。
 さて、今日は聖灰水曜日として、この後、額にオリーブ油を混ぜて笹の灰で作った墨をつける式を行います。これは、私たちがこれから40日間の間、主イエスの十字架の道行きを思い起こし、私たちの罪のために死なれた主イエスを忘れず、また、私たちが塵から造られた者だから、塵に帰ることを忘れないで、特にこの期間を慎ましやかに送るための式です。
 さて、今日のマタイ福音書6:1-6、16-21は、私たちが四旬節を始めるに当たって相応しい個所であります。主は、あなた方の善行を人に見せるために行わないようにと言われています。善行と訳されているのは、義ということば、正しいことというもとの言葉です。慈悲とか信心とも訳すことができます。主イエスは、あなた方の義がファリサイ派の義よりも勝っていなければ、あなた方は天の国に入ることはできないと言われました。悪いことをする時、たとえば、盗人は、隠れてばれないように盗みをやります。では、主イエスは、良いこともすべて人前から隠れてしなさいと言われるのでしょうか。そうではありません。ただ、人間たちの前で見せるために、見せびらかすために善行を行うのを控えなさいというのです。今日、式次第に書いてある(マタイ6:1~6)のよりも少し長い記事を選ばせていただきましたが、善行としての施し、祈り、断食はそれぞれ人との関係、神との関係、自分との関係とも言えるでしょう。しかし、その場面・場面で、偽善者のように、人々に見せびらかすために、施し、慈善的寄付行為をしたり、祈ったり、断食することを主イエスは戒めておられます。
偽善者とは、ヒポクリテェースといいまして、これは役者、俳優のことであります。俳優さんは、そのあてられた役を一生懸命に演じます。役者さんにも個性はそれぞれありますが、その割り当てられた役を、一旦は自分の性格や個性を脇に置いておいて演じるのであります。主イエスは、当時のファリサイ派の人々のそのような二重人格のようなその偽善を非難したのです。
自分の内側から真心を込めて、施し、祈り、断食することを、そのような神さまに向かっての誠実な態度を、主イエスはお求めになりました。
 断食する時には、偽善者たちのように顔を見苦しくするな・憂鬱そうな顔をするな。むしろ、頭に油を塗り、顔を洗って、人々に断食していることが知られないようにしなさい。そうすれば、天で隠れた場所で見ておられるあなたの父が知り、あなたに返してくださる・報いてくださるであろうと主は言われます。
いつも、人の目を気にするのではなく、私たちの父なる神と真摯に向かい合って、善行を・義を・正しいことを・信心を行うように主は戒められています。そして最後に、地上のさびがつき、イガ虫が食う、あるいは盗人が家の壁に穴を開け盗み出すところにでなく、天に宝を積め、なぜならば、あなた方の宝があるところに、あなた方の心もあるであろうからと言われます。
今からの40日間の週日を私たちは、私たちの父と向かい合って、他人への慈善と神への祈りと自己に対する心の断食を、主イエスの十字架とその後に来るその復活を仰ぎ見ながら、行っていきましょう。四旬節を過ごすのに相応しい慎ましやかな態度で、日々、聖書の言葉に聞きながら、主イエスがなされた40日40夜の断食を思い起こしつつ、私たちも、心の断食をし、心から悔い改める40日間を過ごしていきましょう。
 天の父なる神様。
 雪の中、今年も四旬節を迎え、灰をつける式に与っています。この期間、どうか、心の断食を日々過ごし、慎ましやかな悔い改めと主イエスの十字架を思い起こし、また、その後に来る復活の希望と喜びを忘れないで歩む幸いを与えてください。人の目を気にするのでなく、父なる神に絶えず心を向け・一途にあなたの栄光をのみ求める日々でありますように。キリストによって祈ります。アーメン。




スポンサーサイト
2008/02/06(水) 10:00:00| 未分類| トラックバック(-) コメント(-)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。