津田沼教会 牧師のメッセージ
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「功績でなく応答としての信仰」(ルカ17:11~19)
ルカ17:11-19、2007・10・14、聖霊降臨後第20主日(典礼色―緑―)
列王記下5:1-14、テモテへの手紙二2:8-13

ルカによる福音書17:11~19
 イエスはエルサレムへ上る途中、サマリアとガリラヤの間を通られた。ある村に入ると、重い皮膚病を患っている十人の人が出迎え、遠くの方に立ち止まったまま、声を張り上げて、「イエスさま、先生、どうか、わたしたちを憐れんでください」と言った。イエスは思い皮膚病を患っている人たちを見て、「祭司たちのところに行って体を見せなさい」と言われた。彼らは、そこへ行く途中で清くされた。その中の一人は、自分がいやされたのを知って、大声で神を賛美しながら戻って来た。そして、イエスの足もとにひれ伏して感謝した。この人はサマリア人だった。そこで、イエスは言われた。「清くされたのは十人ではなかったか。ほかの九人はどこにいるのか。この外国人のほかに、神を賛美するために戻って来た者はいないのか。」それから、イエスはその人に言われた。「立ち上がって、行きなさい。あなたの信仰があなたを救った。」


説教「功績でなく応答としての信仰」(ルカ17:11~19)
 
先週の主イエスの語られた言葉集に続く本日のルカ17:11-19は、ある奇跡の出来事であると共に、主の宣言を含む物語であります。本日の出来事をもう一度思い起こしてみましょう。
主イエスは、エルサレムに向かって、サマリアとガリラヤの真ん中を通って進んでおられました。そして、彼がある村へと入って行かれると、10人の重い皮膚病の者たちがやって来て、遠くに立ち、こう言って声を持ち上げるのであります。「イエス先生、私たちを憐れんでください。」彼らは施しを求めていたのでしょうか、それとも病気の癒しを求めたのでしょうか。
主イエスは、彼らを見て言われます。「あなたたちは、行って自分の体を祭司に見せなさい。」彼らは、その言葉に対して、シリアの将軍ナアマンとは違って、すぐに従順に従い出て行くのであります。
 そして、その途中で彼らは清められるのであります。それを見た一人の男は、大声で神をあがめながら、引き返すのであります。そして、主の足元にひれ伏し、感謝したのであります。その男はサマリア人でありました。聖餐式は感謝とも呼ばれますが、その言葉の動詞形のものがこの「感謝した」で使われています。
 主は、「癒されたのは10人ではなかったのか。他の9人はどこに。この外国人以外に、神に栄光を与えるために戻ってきたものは見出されないのか」と言われました。
 そして、主は彼に言われました。「起き上がって進んでいきなさい。あなたの信仰があなたを救った」と。
 私たちの信仰は、私たち自身の力、功績によるものではなく、神とその代理人イエスの恵み・ご好意によるものであります。そして、その恵みを受けたときに、感謝して応答するのが本当の信仰のあり様であります。私たち自身の努力によるのではないというのは、私たちが自分の力におごり頼んで、神さまからの贈り物によることを見失わないためでありましょう。神さまからのご好意に対して私たちが応答するというのが聖書の教える信仰であります。
 さて、10人のうちの一人の男、サマリア人であった人は、自分の体が癒されたのを見て、回心しました。サマリア人たちは、主イエスのエルサレム行きを喜ばず、自国を通ることを拒んだ人たちでした。しかし、そのような異邦人とも言える私たちも救いからもれることはないのであります。
 そして、本日のサマリア人は、信仰の目を開かれて、主イエスの下に感謝するために引き返し、回心したのであります。
 私たちも、このサマリア人と同じであります。いかなる功績にもより頼まず、受けた恵みへの応答として、主イエスのもとに集まったもの同士であります。
 毎週、主日が与えられています。その主日の礼拝からすべては始まるのであります。1週間の間には、信者の家族であっても、言葉と行いと思いによって多くの罪を犯します。
 しかし、その罪を告白し、主イエスと父なる神に感謝し、応答して主のもとに集まってくるのが毎週の主日の礼拝の意味であり、聖餐すなわち感謝の意味であります。新しい1週間が、この場から与えられて行きます。1週間、疲れや病に倒れ、あるいは失敗の連続であったとしても、毎週この場から新たに力を与えられ、新しく回心して進んでいくことができるのであります。「立ち上がりなさい。あなたの信仰があなたを救った」と、主は今日もかつて異邦人であった私たちを力づけ、新しい1週間への旅路へと送り出してくださるのであります。

人知では到底測り知ることのできない平安が、キリスト・イエスにあって、あなた方と共にあるように。アーメン。


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2007/10/14(日) 10:30:01| 未分類| トラックバック(-) コメント(-)
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