津田沼教会 牧師のメッセージ
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「聖霊が導く教会」(ヨハネ16:12~15)
ヨハネ16:12-15、2007・06・03、三位一体主日(典礼色―白―聖餐式あり)
イザヤ書6:1-8、ローマの信徒への手紙8:1-13

ヨハネによる福音書16:12~15
 言っておきたいことは、まだたくさんあるが、今、あなたがたには理解できない。しかし、その方、すなわち、真理の霊が来ると、あなたがたを導いて真理をことごとく悟らせる。その方は、自分から語るのではなく、聞いたことを語り、また、これから起こることをあなたがたに告げるからである。その方はわたしに栄光を与える。わたしのものを受けて、あなたがたに告げるからである。父が持っておられるものはすべて、わたしのものである。だから、わたしは、『その方がわたしのものを受けて、あなたがたに告げる』と言ったのである。」



説教「聖霊が導く教会」(ヨハネ16:12~15)

 先週は、聖霊降臨祭においては、本日の福音書の朗読のすぐ前のヨハネ16:4b-11が与えられていました。弁護者、パラクレートスがご自分の出発することによって、あなた方のもとに到来し、この世界を、罪について、義について、裁きについてあばくであろうと主イエスは啓示の言葉をお与えになられたのであります。それに続く本日の個所は、今度は、弟子たちの共同体である教会において、すなわち、そのメンバーである私たちのために、パラクレートス、そばで叫ぶという意味の動詞から来た名詞の言葉ですが、その弁護者、すなわち聖霊というものがどのように働かれるかを、主が訣別説教において語られている部分であります。
 1週間の間にも、私たちは様々な経験、心の葛藤、試練や困難にぶつかります。このような中で、しかし、聖霊は私たちを導き、また、1週間後の礼拝へと毎週守られている特に主日礼拝へと私たちをもたらしてくださっているのであります。本日は、聖卓などで用いる典礼色は、先週の聖霊を表す赤から、神を表す白になっています。本日も、先週に引き続いて、三位一体主日という特別な日曜日であります。私たちの礼拝は、父と子と聖霊のみ名によって始まり、また、礼拝の終りも、父と子と聖霊のみ名によって閉じられ、1週間のそれぞれの生活の場へと派遣されていくのでありますが、改めて私たちの信じているその三位一体の神、特に、中では最も分かりにくい聖霊なる神について、本朝は、ご一緒に考えてみましょう。
 弁護者、パラクレートスは、教会の外に対しては、この世界をあばくという働きをするのに対して、私たち、教会の者、信者一人一人に対してはどのような働きを担っておられるのかが、本日の福音の記事で示されているのであります。そのみ言葉について、もう一度、思い起こしてみましょう。主は、先週の福音の言葉に続けて言われます。「なお、多くの語るべきことどもを私は持っているが、あなた方は今はそれに耐えることができない。しかし、その方がやってくるとき、すなわち、真理の霊は、あなたがたをあらゆる真理において導き、案内するであろう」と主は約束されます。聖霊、弁護者は、まことの命の道へと私たちを案内してくださるお方であります。真理の道において、あるいは真理の領域において私たちを導き、あらゆる真理を悟らせるというのであります。それは、道徳的な行為に限らず、教会が、今置かれている状況の中で、進むべき道を真理の霊、聖霊が教えてくれるのであります。「なぜならば、その方、聖霊は、自分からは語らず、聞くであろうすべてのことをそのままに宣言し、やって来ることども、これから起こることどもを、あなたがたに告げ、知らせ、明らかにするであろうから」と言われます。主イエスが、自分からは語らず、すべて父から受けてその通りに語った、また、行われたのと同じであります。聖霊は、主イエスのことを明らかにし、彼がただの良い人とか半神半人のような存在であるというのではなくて、神の独り子であることを教えるのであります。私たちの信じる神は、父なる神であり、同時に子なる神であり、そしてまた、同時に聖霊なる神であるということは、永遠の秘儀、奥義でありましょう。私たちの理性ではどうしても分からないことであります。
さて、聖霊は「これから、起こること、やって来る事どもをあなたがたに告げる」とはどういうことでありましょうか。それは、主イエスが十字架に死に、復活するというその時、起きようとしていた出来事をさすのにとどまらず、現在の私たち、教会に起ころうとしている状況に対しても、聖霊は、私たちに明らかにしてくれるであろうということまでも含む言葉であります。
 そして、「その方は、私に栄光を与えるであろう、なぜならば、その方は、私から受け取ってあなた方に告げる、知らせるからである」と、言われ、父が持っているすべてのものどもは、私のものどもであり、それゆえに、私はその方は私のものを受けてあなた方に告げるであろうからと言ったのである、とおっしゃられるのであります。
 ニケア信条で私たちは今日も、「主であって、いのちを与える聖霊を私は信じます。聖霊は父と子から出て、父と子と共に礼拝され、あがめられます」と信仰告白します。聖霊は教会を通して、私たちを通して働かれ、今もなお、私たちを、あらゆる真理の道において、また真理の領域において、案内し、導いてくださっています。
 知恵文学の知恵や、詩編において、神の霊が、まことの命へと、豊かな幸福へと私たちを導くといった表現が出てきますが、真理の霊は、三位一体の神の1位格であります。主イエスがそのことを明らかにし、啓示してくださいました。聖霊があれから、2000年近くたった今も、あらゆる真理において導いてくださっていることを、思い起こしながら、この場所から新たな1週間の歩みへと励まされて出て行きましょう。
祈ります。
 この1週間も、わが身を振り返れば、多くの困難や試練のときがありました。しかし、あなたは、教会を通して、私たち一人ひとりを聖霊によってあらゆる真理の道へと歩ませてくださっています。私たちに日々正しい歩むべき道を告げてくれるのは、真理のみ霊を他にしてありません。あたう限り聖書を開きつつ、どのような困難な時にも、逆に順調な時にも真理の道を歩ませてください。キリストによって祈ります。

私たちのうちに働く御力によって、私たちが求めたり、思ったりすることすべてを、はるかに超えてかなえることのできる方に、教会により、また、キリスト・イエスによって栄光が世々限りなくありますように。アーメン。
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2007/06/03(日) 10:30:01| 未分類| トラックバック(-) コメント(-)
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