津田沼教会 牧師のメッセージ
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「天の父のもとへの出発と約束」(ヨハネ14:23~29)
ヨハネ14:23-29、2007・05・13、復活後第5主日(典礼色―白―)
使徒言行録14:8-18、ヨハネの黙示録21:22-27

ヨハネによる福音書14:23~29
 イエスはこう答えて言われた。「わたしを愛する人は、わたしの言葉を守る。わたしの父はその人を愛され、父とわたしとはその人のところに行き、一緒に住む。わたしを愛さない者は、わたしの言葉を守らない。あなたがたが聞いている言葉はわたしのものではなく、わたしをお遣わしになった父のものである。
 わたしは、あなたがたといたときに、これらのことを話した。しかし、弁護者、すなわち、父がわたしの名によってお遣わしになる聖霊が、あなたがたにすべてのことを教え、わたしが話したことをことごとく思い起こさせてくださる。わたしは、平和をあなたがたに残し、わたしの平和を与える。わたしはこれを、世が与えるように与えるのではない。心を騒がせるな。おびえるな。『わたしは去って行くが、また、あなたがたのところへ戻って来る』と言ったのをあなたがたは聞いた。わたしを愛しているなら、わたしが父のもとに行くのを喜んでくれるはずだ。父はわたしよりも偉大な方だからである。事が起こったときに、あなたがたが信じるようにと、今、その事の起こる前に話しておく。


 説教「天の父のもとへの出発と約束」(ヨハネ14:23~29)

本日は、復活後第5主日であり、今週の5月17日が昇天日であり、次週の5月20日(木)が昇天主日となり、5月27日(日)の聖霊降臨祭の前日までが、残された復活節であります。 私は本日の説教題を「天の父のもとへの出発と約束」とつけておきました。ヨハネ14章から17章までを大きく主イエスのなされた告別説教と見ることができます。本日のヨハネ14:23-29は、その一節であります。この個所のすぐ前の14:22では、イスカリオテではない方のユダ、―おそらくルカ福音書(6:16)のヤコブの子ユダと出てきます人物が質問します。それに対して、主イエスがお答えになるという形式で書かれています。
ヨハネ福音書は、他の福音書に比べて、主イエスとの対話が、ニコデモとの対話に見られるように、たくさん見られます。今日の福音個所もその形にのっとっています。すなわち、このユダは、ご自分のことを、弟子たちにはあらわそうとなさるのに、世にはそうなさらないのはなぜですかと聞くのであります。しかし、本日の福音個所で主が語っておられることは、直接そうする理由を、主がお答えになっているというわけではありません。さて、本日の個所は、最初の14:23-24と残りの14:25-29に分けることができます。前段では、主はこうお語りになります。「私を愛するものは、私の言葉どもを守り、そして、父もその人を愛するであろう。そして、その人のところへ、私と父はそばに行って、一緒にとどまり、その人のもとで共に住むといわれます。私を愛さないものは、私の言葉どもを守らない。あなた方が聞いている言葉は、私のものではなく、私を送ってくださった父の言葉である」と言われます。主イエスは、この世界のすべての人とためにお出でになられましたが、主のことば、父の言葉を愛するかどうか、それに忠実であるかどうかで、救われるか、裁かれるかに人間は二分されるのであります。 
さて、後半は、それらのことばを、あなたがたとともにいるときに、語ったが、別の弁護者、すなわち、父が私の名においてお送りになる聖霊が、あなたがたにすべてのことを教え、私が語ったすべてのことをあなた方に思い起こさせるであろうと、主は言われます。  
「弁護者」というのは、以前の聖書では、「慰め主」と訳されていました。「パラクレーシス」という言葉ですが、これは、パラクレオーという「そばに立って呼ぶ・叫ぶ」、すなわち私たちのために励まし、慰めるという意味を含んでいます。あとで、主は、父はご自分より偉大な方だからであると出てきますので、本日の部分は、三位一体論争の一つの論争の争点ともされたことがあります。み子が父と共に天から送られる聖霊についてであります。しかし、父とみ子が共に、聖霊を通して、私たちを教え、主イエスの語った言葉を想起させ、私たちを慰め、励ます働きをなされるのであります。
聖霊を通して、主イエスが天の父へと帰還された後も、いや、天の父へと主が出発なさるがゆえに、その結果、神によってしか与えられない平和をもたらされるのであります。人間が与えることのできない平和を、まったき幸福を聖霊を通して与えられるのであります。主は、死と葬られる前に弟子たちに、復活を通して与えられる聖霊、弁護者、慰め主、励まし手を私たちにも約束され、今も聖霊が私たちに主イエスの言葉を教え、思い起こさせ、世の与えることのできない平和を残され、与えてくださっているのであります。主の死と葬り、復活、昇天の出来事は主の父のもとへの出発であり、この栄光の出来事を通して、私たちにまことの平和を与え、励ますのであります。
人知では到底測り知ることのできない平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るように。アーメン。

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2007/05/13(日) 10:30:00| 未分類| トラックバック(-) コメント(-)
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