津田沼教会 牧師のメッセージ
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「今泣いている人は幸いだ」(ルカ6:17~26)
ルカ6:17-26、2007・02・04、顕現節第5主日(典礼色―緑―)
エレミヤ書17:5-8、コリントの信徒への手紙一12:27-13:13

ルカによる福音書6:17~26
 イエスは彼らと一緒に山から下りて、平らな所にお立ちになった。大勢の弟子とおびただしい民衆が、ユダヤ全土からエルサレムから、また、ティルスやシドンの海岸地方から、イエスの教えを聞くため、また、病気をいやしていただくために来ていた。汚れた霊に悩まされていた人々もいやしていただいた。群衆は皆、何とかしてイエスに触れようとした。イエスから力が出て、すべての人の病気をいやしていたからである。

 さて、イエスは目を上げ弟子たちを見て言われた。
 「貧しい人々は、幸いである、
  神の国はあなたがたのものである。
  今飢えている人々は、幸いである、
  あなたがたは満たされる。
  今泣いている人々は、幸いである、
  あなたがたは笑うようになる。
  人々に憎まれるとき、また、人の子のために追い出され、ののしられ、汚名を着せられるとき、あなたがたは幸いである。その日には、喜び踊りなさい。天には大きな報いがある。この人々の先祖も、預言者たちに同じことをしたのである。
 しかし、富んでいるあなたがたは、不幸である、
 あなたがたは飢えるようになる。
 今笑っている人々は、不幸である、
 あなたがたは悲しみ泣くようになる。
 すべての人にほめられるとき、あなたがたは不幸である。この人々の先祖も、偽預言者たちに同じことをしたのである。」



説教「今泣いている人は幸いだ」(ルカ6:17~26)
 
本日は、顕現節第5主日であります。神の顕現、キリストが世に現れたことを覚える時に、本日の福音の記事は、12使徒を選び出し、山からくだってきたときの出来事であります。前段では、主が山からくだると、主は平地にお立ちになる。すると、大勢の弟子たちの群れや、全ユダヤ、エルサレム、海岸地方の異国のティルスやシドンからも、おびただしい民衆が、イエスに聞くために、また、病気を癒されるために触れようとしてやって来たのであります。それは、彼のもとから、力が出て行き、汚れた霊どもを追い出していたからであると、聖書は記しています。私たちが、一週間ごとに礼拝に集まり、主のみ言葉を聞くのも、ある意味では、汚れた霊から清められ、悪霊から来る広い意味での病気を癒していただくためであります。
さて、主は、後段で、四つの幸いと、四つの不幸をあげています。主は、教えるために座っておられたのか、その目を持たげて、弟子たちを見つめて言われるのであります。まず、祝福されているのは、貧しい者たちである、なぜならば、神の国はあなたがたに属するからである、と。マタイの山上の説教では、心の貧しいものは幸いである、天の国は彼らのものである、と言われました。そこでは、三人称で語っておられます。しかし、ここでは、貧しいあなた方は幸いであると、具体的にこの説教を聞いている弟子たちに語りかけられています。貧しさは、厳しい苛酷なものであります。しかし、すべてを捨てて主イエスに従った貧しい弟子たちは、今現在、神の支配に身をゆだねており、神の助けを願うしかないのであります。さらに、今泣いている者たちは、祝福されているよ、なぜなら、あなたがたは、笑うようになるであろうから、と言われます。私たちは、笑っているとき、傲慢になります。しかし、泣いている人は、神さまの慰めによって引き上げられ、笑うように変えられるのであります。さらに、今空腹であるものたちは祝福されている、なぜならば、あなた方は満腹にされるであろうからと言われます。飢え渇きというものは、豊かな現代日本においては、あまり深刻に感じられないものであります。しかし、当時の弟子たちは、すべてを捨てて、主イエスに従ったのであり、空腹感に襲われることもしばしばあったでありましょう。現代日本でも、リストラの問題や、毎年3万人以上の自殺者が絶えないように、私たちが何とかやりくりして生きるのは大変なことであります。
四つ目に、人々があなた方を忌み嫌い、人の子のために、当時のシナゴーグの会衆から、また、社会から除外するとき、悪口を言うとき、そしてキリスト者というその名をいやなものとして鼻であしらうとき、あなた方は祝福されている、あなた方は喜び踊れ、あなた方の報いは大きいからであり、彼らの先祖たちも同じことを預言者たちにしたからであるといわれます。預言者エレミヤの場合などが特に思い起こされます。
しかし、反対に、富んでいるあなた方は、ああああ、悲しむべきかな、あなたがたは、地上でもう慰めを受けているからと言われます。そして、今笑っている者たちはああああ、不幸だ、あなたがたは泣くようになるからだと言われます。あるいはこの説教を聞いている者の中に、エルサレムから来た律法学者のような者たちがいたのかもしれません。
今満腹しているものたちよ、あなたがたは不幸だ、飢えるようになるから。そして、今笑っているあなた方は、ああああ、泣くようになるから憂慮すべきだ。そして、人々があなた方をよく言うとき、あなた方は不幸だ、なぜなら彼らの先祖も偽預言者たちに同じことをしたからであると言われます。この主イエスの言葉は真実であります。私たちは、自分の力に、偉さに、成功に決して誇り、頼るべき者ではありません。そうではなくて、私たちは神が慰めて下さる、ルターが死を前にして言ったように神の前の乞食であるべきです。
望みの神が、信仰からくるあらゆる喜びと平安とをあなたがたに満たし、聖霊の力によって、あなたがたを望みにあふれさせてくださいますように。アーメン。





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2007/02/04(日) 10:30:01| 未分類| トラックバック(-) コメント(-)
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