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津田沼教会 牧師のメッセージ
「渇きをいやす希望」(ヨハネ4:5~26)
ヨハネ4:5-26、2005年2月27日、四旬節第3主日(紫)
出エジプト記17:1-7、ローマの信徒への手紙4:17b-25

ヨハネ福音書4章5節~26
それで、ヤコブがその子ヨセフに与えた土地の近くにある、シカルというサマリアの町に来られた。そこにはヤコブの井戸があった。イエスは旅に疲れて、そのまま井戸のそばに座っておられた。正午ごろのことである。
 サマリアの女が水をくみに来た。イエスは、「水を飲ませてください」と言われた。弟子たちは食べ物を買うために町に行っていた。すると、サマリアの女は、「ユダヤ人のあなたがサマリアの女のわたしに、どうして水を飲ませてほしいと頼むのですか」と言った。ユダヤ人はサマリア人とは交際しないからである。イエスは答えて言われた。「もしあなたが、神の賜物を知っており、また、『水を飲ませてください』と言ったのがだれであるか知っていたならば、あなたの方からその人に頼み、その人はあなたに生きた水を与えたことであろう。」女は言った。「主よ、あなたはくむ物をお持ちでないし、井戸は深いのです。どこからその生きた水を手にお入れになるのですか。あなたは、わたしたちの父ヤコブよりも偉いのですか。ヤコブがこの井戸をわたしたちに与え、彼自身も、その子供や家畜も、この井戸から水を飲んだのです。」イエスは答えて言われた。「この水を飲む者はだれでもまた渇く。しかし、わたしが与える水を飲む者は決して渇かない。わたしが与える水はその人の内で泉となり、永遠の命に至る水がわき出る。」女は言った。「主よ、渇くことがないように、また、ここにくみに来なくてもいいように、その水をください。」
 イエスが、「行って、あなたの夫をここに呼んで来なさい」と言われると、女は答えて、「わたしには夫はいません」と言った。イエスは言われた。「『夫はいません』とは、まさにそのとおりだ。あなたには五人の夫がいたが、今連れ添っているのは夫ではない。あなたは、ありのままを言ったわけだ。」女は言った。「主よ、あなたは預言者だとお見受けします。わたしどもの先祖はこの山で礼拝しましたが、あなたがたは、礼拝すべき場所はエルサレムにあると言っています。」イエスは言われた。「婦人よ、わたしを信じなさい。あなたがたが、この山でもエルサレムでもない所で、父を礼拝する時が来る。あなたがたは知らないものを礼拝しているが、わたしたちは知っているものを礼拝している。救いはユダヤ人から来るからだ。しかし、まことの礼拝をする者たちが、霊と真理をもって父を礼拝する時が来る。今がその時である。なぜなら、父はこのように礼拝する者を求めておられるからだ。神は霊である。だから、神を礼拝する者は、霊と真理をもって礼拝しなければならない。」女が言った。「わたしは、キリストと呼ばれるメシアが来られることは知っています。その方が来られるとき、わたしたちに一切のことを知らせてくださいます。」イエスは言われた。「それは、あなたと話をしているこのわたしである。」

「渇きをいやす希望」ヨハネ福音書4:5-26
 本日は、四旬節第3主日であります。わたしたちは、この時期、主の十字架への道行きを覚えて過ごすのでありますが、本日と次の主日はヨハネ福音書から福音が与えられています。四旬節は、主日をのぞく40日間であり、本日、そして次週の主日の福音は、直接には、主の十字架という出来事を考えておらず、福音の喜びを、受難節においても、祝うということでありましょうか。しかし、本日も出来事も、主の十字架、受難と無関係ではないこととして、読むことができるのではないでしょうか。四旬節の半ばに、本日の箇所が与えられている意味についてしばらくご一緒に考えてみたいと思います。
 本日の出来事は、シカルというサマリアの領土を主が通っていかねばならないときに、一人のサマリアの女性と出会い、ヤコブの井戸、泉のかたわらで対話をなさった出来事であります。このサマリアを通って、ガリラヤに戻らねばならなかったというのは、この出来事も偶然ではなく、神のご計画のもとに起こらねばならなかったということであります。
 主イエスは、このシカルというヤコブがその子達、ヨセフの子ら、エフライムとマナセに与えた土地の町の近くのヤコブの井戸のもとで、無造作に旅の疲れから腰を下ろして休まれていました。弟子たちは、町に食物の仕入れに出かけていたときのことであります。一人のサマリアの女性が、水をくみにやってきます。このヤコブの井戸というのは、現在も残っています。非常に深い井戸で、バケツに綱をつけてくまねばならないようなものでありました。主イエスも、われわれと同じように暑い日差しの中、くたびれ果てて、座っておられたのであります。その女性が現れたのはちょうど正午ころでありました。この真昼には、ほかの女性たちは、水をくみに来ることは考えられない、それを知った上での行動であったでしょう。ほかの女たちと顔を合わしたくない、そういう事情を抱えたふるまいでありました。イエスは、このサマリアの女の人に、文字通り訳すと、「わたしに飲むことを与えてほしい」と声をかけます。彼女は、答えます。「サマリアの女のわたしに、なぜ、水を飲ませてほしいといわれるのですか。」主はお答えになります。「あなたが、神の賜物を知り、あなたに語っている者がだれであるか、知っていたなら、自分のほうから望んで命の水を求めたことであろうに。」女は言います。「あなたは、わたしたちの先祖やこぶよりも偉いのですか。この井戸は深いし、あなたは、汲むものもお持ちではありません。どうして、この泉から汲み、生きている水を汲んでわたしに与えることができるのですか。」
 主はいわれます。「この泉から飲むものはまた、渇くであろう。しかし、私が与える水を飲むものは、その人のうちで沸きあがる命の水となりそれは永遠の命に至らしめるであろう。」女は言います。「主よ、その水をわたしにもください、わたしがここに、またくみにこなくてすむように。」
 この女性は、静まることのない罪からくる渇きに苦しんでいたのでありましょう。わたしたちもそれは同じであります。主イエスによって与えられるかわくことのない命の水をわたしたちも必要としています。主は、そのとき、こういわれました。「あなたの夫をここに呼んできなさい。」主は、この女の人がどのような人生の物語を歩んできていた人なのか、すべてを知っておられたのであります。この人は答えました。「わたしには夫はいません。」
主はいわれます。「あなたは確かに正直に答えた。あなたには5人の夫がいたが、今一緒にいる男はあなたの夫ではない。」女は言いました。「主よ、あなたは、預言者だとわたしは見ました。」それから、続けて、いいます。「わたしたちは、この山、ゲリジム山で礼拝をしていますが、あなたがたユダヤ人は、礼拝すべき場所はエルサレムだといっています。」
 主は答えられました、「あなたがたは、知らないものを礼拝しているが、私たちは、知っているものを礼拝している、救いはユダヤ人から来るからだ。しかし、エルサレムでもこの山でもなく、霊と真理において、父を礼拝する時が来る。いやもうその時が来ている。父も、そのような真理をもって礼拝する者を求めておられるからだ」とお答えになりました。
それに対して、サマリアの女は、「わたしは知っています、キリストと呼ばれるメシアがおいでになるとき、すべてのことを教えてくれるでしょう。」すると、主イエスは「わたしである、あなたに今語っているところのものがそれである」と語られたのであります。
 主イエスは、本日のサマリアの女との出会いを通して、ご自分が来たるべきメシアであることを、対立していたこのサマリア人の女性に、ご自分の民、ユダヤ人よりも先に、はっきりと啓示なされたのであります。そして、この女性は、このあと、町に行って、同国人たちを連れてきて、彼らも自分の目で確かめて、世の救い主であることを自ら信じると告白するに至ったのであります。わたしたちの罪は、このお方を通して以外には、赦されることがなく、わたしたちのその渇きは、この方からいただく命の水を通してしか、静まることはないのであります。この福音は、異邦人やユダヤ人には愚かなものでありましょう。しかし、私たちには、神の力であり、救いであります。
 本日のサマリアの女の人は、鎮めることのできない霊的な渇きをずっとおぼえていました。そして、神のご計画によって、主イエスに出会い、その渇きをいやすことができたのであります。そして、この主は、やがて、十字架に向かわれ、わたしたちの罪のために死んで葬られ、三日目にご復活させられたのであります。私たちは、生きている限り、人間的弱さや、自分の罪に苦しむものであります。しかし、本日の出来事を通して、私たちは、霊と真理において父を礼拝することができる群れに入れられているのであります。決して絶望することなく、主イエスの十字架とご復活を見上げながら、霊である神、父を礼拝しつつ歩んで生きたいものであります。
一言お祈りします。
天の父なる神さま。わたしたちは、自分の力によってはいやすことのできない渇きをおぼえます。それは、人間的な努力によっては決して解決することのできないものです。しかし、み子がおいでになり、わたしを信じるものは、命の水が溢れ、それは永遠の命に至らしめる、と約束してくださいました。どうぞ、あなたのみ言葉によってわたしたちを清め、わたしたちの渇きをいやしてください。そしてそこから来る喜びを、本日のサマリアの女性のように、隣人にも伝えるものとならせてください。キリストによって祈ります。
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2005/02/27(日) 10:30:00| 未分類| トラックバック(-) コメント(-)