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津田沼教会 牧師のメッセージ
「民衆の熱狂と失望」(マルコ11:1~11)中川俊介牧師
マルコ11:1-11、2006・04・09、枝の主日
ゼカリヤ書9:9-10、フィリピの信徒への手紙2:6-11

マルコによる福音書11:1~11
 一行がエルサレムに近づいて、オリーブ山のふもとにあるベトファゲとベタニアにさしかかったとき、イエスは二人の弟子を使いに出そうとして、言われた。「向こうの村へ行きなさい。村に入るとすぐ、まだだれも乗ったことのない子ろばのつないであるのが見つかる。それをほどいて、連れて来なさい。もし、だれかが『なぜ、そんなことをするのか』と言ったら、『主がお入り用なのです。すぐここにお返しになります』と言いなさい。」二人は出かけて行くと、表通りの戸口に子ろばのつないであるのを見つけたので、それをほどいた。すると、そこに居合わせたある人々が、「その子ろばをほどいてどうするのか」と言った。二人が、イエスの言われたとおり話すと、許してくれた。二人が子ろばを連れてイエスのところに戻って来て、その上に自分の服をかけると、イエスはそれにお乗りになった。多くの人が自分の服を道に敷き、また、ほかの人々は野原から葉の付いた枝を切って来て道に敷いた。そして、前を行く者も後に従う者も叫んだ。
 「ホサナ。
  主の名によって来られる方に、
    祝福があるように。
  我らの父ダビデの来るべき国に、
    祝福があるように。
  いと高きところにホサナ。」
 こうして、イエスはエルサレムに着いて、神殿の境内に入り、辺りの様子を見て回った後、もはや夕方になったので、十二人を連れてベタニアへ出て行かれた。


説教「民衆の熱狂と失望」(マルコ11:1~11)(中川俊介牧師、津田沼教会員)

 一週間ぐらいまえのことです。元駐車場のアスファルトを剥がしたものが山のように道路際に積み上げてあるのを見つけました。近くの畑道にいつも雨の後で大きな水溜りになって、車のタイヤが入ってしまう箇所があったので、これはそこを埋めるのにいい材料だと思い、2枚ほど車に積もうとしました。両手に持った板状のアスファルトの固まりがあまりにも重いので、急いで運ぼうとしたら、躓いて倒れてしまったんです。それも両手に重い物を持ったまま。放せばいいんですが、馬鹿なんですね、足に当たりそうで、離せなく、そのまま頭からドサッと硬い歩道の上に倒れてしまったんです。もう少しで眼鏡も割って顔面血だらけになるところでした。顔は平気でしたが、膝がザラザラした地面に強く当たって血だらけになりました。こんな風に膝を怪我したのは小学校の時以来です。馬鹿なんですね。自分の重荷となっているものを手放せばいいのに手放せないんですから。人間の罪も同じようなものだなと思います。手放せばいいのに手放せないんですから。イエス様の十字架のあがないはどうしても必要だったと思います。
 今日の日課はイエス様の十字架への道のりについてです。ここを学ぶとき、神の聖霊の働きによって、私たちから罪の重荷が少しでもとり除かれ、神の御心に適う人生がおくれるように願っています。
 さて、私は二十年前に、ルーテル教会の海外研修で、半年ほどエルサレムに住んだことがあります。その時に、今日の日課に出てくるベトファゲやベタニアにも行きました。そこはエルサレムを見下ろすオリーブ山の頂上付近にありますから、市内からバスで10分くらいのところでした。
 そこに行きますと、ラザロやその姉妹、マリアとマルタの家の跡も残っています。接待に忙しくイライラしていたマルタにイエス様が「あなたは多くのことに悩み、心を乱している。しかし、必要なことはただ一つである」とおっしゃった場所ではないでしょうか。
全人類の罪のあがないの為に十字架にかかる決心をされたイエス様は、特別な思いを抱きつつラザロの家に泊まったことと思います。私はそこに行ったとき、「イエス様が辿った道を自分も実際に歩いてみたい」そう思いました。あたりは、緑がほんの少しあるだけで、灰色の建物と灰色の道路ばかりの埃っぽい場所でした。坂を下っていくと、目の前に急にエルサレムの城壁とか、神殿跡に建てられた黄金のドームが見下ろせるように視界が開けてきます。ここで民衆が熱狂的にナツメヤシの葉を敷いたりして、ホサナ、ホサナと叫び続けたのです。イエス様は一体どんな気持ちでこの坂を下りたのでしょうか。
 当時のエルサレムの一帯の人口は普段は20万人くらいだったそうですが、過越祭の時には全国から大勢の人が集まり、人口は10倍以上になっていたそうです。ですから、ベタニアからエルサレム城内までの下り坂での大歓迎、これはすごかったでしょう。
 エルサレム旧市内には、十字架の道として、ヴィア・ドロローサ、と名づけられた道があります。でも、そこに行くなんだか人工的な印象を受けるんです。いわば観光名所です。イエス様の本当のヴィア・ドロローサはオリーブ山からの、この埃っぽい道から始まったという気がします。つまり、イエス様の人生としては、最高に多くの人に褒め称えられ、期待されていたときに、十字架の苦しみが既に始まっていたのですね。やがて熱狂が冷め、失望や憎しみに変わることをイエス様は知っておられた。
 ペトロの手紙一2:20にこうあります。「善を行って苦しみを受け、それを耐え忍ぶなら、これこそ神の御心に適うことです。キリストもあなた方のために苦しみを受け、その足跡に続くように、模範を残されたからです。」ペトロもこの埃っぽい道をイエス様と一緒に下ったでしょう。でも、あれほど忠誠を誓った自分がイエス様を否定し、裏切ることになるとは。皮肉なことですね。もう一人の裏切り者ユダは、自分のやったことの苦しみに耐えかねて自殺してしまったのですから。「キリストもあなた方のために苦しみを受け」とペトロが言ったときには、彼はそこに深い意味を込めていたのだと思います。
 ルターの書いた、小教理問答にも「自分の理性や能力によっては、私の主イエス・キリストを信じることも、みもとに来ることもできないことを、私は信じます」と書いてある。
ルターも、ペトロと同じように苦しんだからそこが分かると考えてもいいと思います。私たちもまた、生まれつきの性質によっては、十字架の道を最後の最後までイエス様とともに歩むことはできないのです。熱狂的だった民衆も同じでした。ペトロもそれを証ししています。ですから、イエス様は、皆に見捨てられ、たった一人で、まったく彼とは関係ない犯罪人と一緒に十字架に磔にされたのです。
 この坂道の後、イエス様はエルサレムに入城し、いわゆる宮清め、つまり神殿で商売をしていた人を追い出したりしています。また、ファリサイ人たちの偽善を暴きました。「あなたがた偽善者は不幸だ」と非難しました。また、神殿が破壊されることも予告し、ユダヤ人のプライドを傷つけました。当時のユダヤ教が、神なき宗教に堕落していたのを批判したのです。イエス様が現代の教会に来たら、どうでしょうか。牧師に対して何と言うでしょうか。信徒にどう接するでしょうか。私たちも良い気持ちはしないかもしれません。当時の人々が、イエスに失望したように、私たちもイエス様に失望するかもしれません。
 前に牧会した教会に他教派から移った会社員がいました。彼は、「自分にとって教会は清涼飲料水みたいなところです」といっていた。でも居心地が悪くなったら、連絡もしないで消えてしまった。私も当時は若かったので、教会を利用しているような彼の態度にいやな気持ちがした。でも、今考えると、彼は自分の気持ちに正直だったと思う。教会に限らず、宗教を求めている人には、そういう気持ちがどこかにあるのではないでしょうか。イエス様を熱狂的に迎えた群衆と同じだった。聖霊を受ける前のペトロと同じだった。もし、あの群衆が救われなかったら、またこの清涼飲料水信者が救われなかったら、誰も救われないという気がします。イエス様に神様が託した使命は、救われるはずのないものを救うという難しい働きだったと思います。
 聖書によれば、私たちは異邦人であり、この世で希望を持たず、神を知らずに生きていた。しかし、キリストの十字架の血により神に近いものとなった。十字架によって、神は私たちの心の深くに巣食う敵意を滅ぼされた。(エフェソの信徒への手紙2:12以下)
 あの信仰心の厚かったダビデ王さえ、死ぬ直前になって、自分をこれまで助けた軍指令官ヨアブについて「彼を安らかに黄泉に下ることをゆるしてはならない」と怒りをあらわしている。(列王記上2:6)ヨアブはダビデがバテシバを好きになったときに、その主人を抹殺するのを助けたりして、神に逆らっても、主君のダビデに仕えたにもかかわらずです。人間の心の敵意、争い、ここに地獄がありますね。赦しがなかったら、本当に生きることは地獄です。赦しの神を知らないんですから。地獄です。
 私たちの地獄的人間関係について、聖書は私たちを、「怒りの器」(ローマ9:22)として表現しています。本当にそれは当たっています。ダビデ王も怒りの器だった。皆さんは自分をどんな器だと思っていらっしゃいますか。あの坂道での民衆のようにホサナ、ホサナと言っているだけなら、まだ自分が神の救い主を十字架につけるような、怒りの器だという自覚はないでしょう。でも、そんなことはないはずです。キリストの十字架は私たちのすべてに責任がある。私たちや聖書の登場人物の問題点は、何かを得ようとして生きている、そこにあると思います。得られないから、失望し、失望が怒りに変わるのです。
 私たちもあの清涼飲料水信者と同じように、宗教によって何かを得ようとしている。それは、かなえられない地位。プライド。慰め。癒し。非難するわけではないのですが、創価学会の組織で、講師、助教授、教授、と段階があるのに驚きました。でもそれが励みなんです。聖書の登場人物の問題点も同じです。何かを与えようとしているのでなく、何かを得ようとして生きている。得られないから、失望します。何度も何度も失望するとき、失望が怒りに変わるのです。
 私はルーテルの本郷学生センターを通してキリスト教に導かれました。そのセンターも今年の4月18日で50周年を迎えるそうで、記念礼拝の案内が来ました。その案内に「これまで154名の洗礼・堅信者が与えられた」と書かれていました。しかし、悲しいことにその中で教会を去ってしまった人が実に多い。自分の求めていた清涼飲料水のようなものが得られなくて、失望したのだと思います。中には教会の実態を知って怒りを覚えて去った人もいるでしょう。
 しかし、このことは人間的には残念なのですが、信仰という視点からみたときにはどうでしょうか。怒りの器がもたらした、もっとも悲惨な十字架が、もっとも救いに近いものだと分かります。ここに、神様のじつに遠大なご計画があったといえます。あのオリーブ山から下る道でイエス様を熱狂的に迎えた民衆の裏切り。弟子たちの裏切り。マルコ12章10節以下とペトロの手紙一2章8節にある、躓きの石になったのがイエス様です。「実はそうなるように以前から定められているのです」とある。イエス様に躓かない人はいない。なぜなら、それも神の定めだからです。私たちは救いに入れられる前に、まず砕かれる。怒りの器としての自分が粉々になることは悪いことではない。神様はそれによって新しく生まれ変わる道を用意しておられる。ですから、私たちは滅びの子としての自分を恐れずに見つめていきたい。「肉の思いに従うものは、神に敵対しており、神の律法に従いえないのです。」(ローマ8:7)こう書いてあることを、実感したい。ルターも人間の力では信じることも、こうして礼拝に来ることもできない、と断言している。
 私たちが、オリーブ山の民衆と同じようにイエス・キリストに失望し、イエス・キリストに躓くとき、私たちを苦しめている罪の重荷が落ちます。あの私の不注意で起きた怪我は象徴的なものに過ぎませんが、私たちが信仰に躓き、人生に躓き、自分の描いていたキリストに失望するとき、私たちは本当のイエス様に出会う。古い自我を手放すことになるからです。得ることではなく、手放すこと。ほめられる、のでなく、否定されることに。賞賛されることではなく、侮辱されることに。支持されるのではなく、捨てられることに。生きようとすることではなく、死ぬことに、命への道がある。それがまさにキリストの十字架なんです。この十字架により人の怒りと罪があらわにされると同時に、神の限りない赦し、深い愛も明らかにされた。そして怒りの器だった私たち、弟子たち、多くの民衆に、憐れみの器になる道が開かれているのです。
 教会の伝道の不信が叫ばれて久しい。現代の人間が求めているものを教会が与えられなくなっている。教会がユダヤ教の神殿のようになってしまっている可能性もある。オリーブ山の群衆のようであるかもしれない。せっかくイエス様が大切なことを教えても、全然頭に入らないで、多くのことを悩んでいるマルタのようかも知れない。しかし、イエス様はロバから降りて故郷のガリラヤに帰ろうとはしない。十字架に向う。ご自分の命さえ与えるために、十字架の道を進む。それほど私たち罪びとを愛し、裏切られても、裏切られても、決して裏切らない神の福音を示すために。そして、人生の失望と苦難の後、私たちも喜んでイエス・キリストの埃っぽい道を、キリストに従って歩き、神の和解の憐れみの器とされたことをこの世に証することになる。そう定められているんです。最後に、ペトロの手紙一2:20をもう一度読みます。「善を行って苦しみを受け、それを耐え忍ぶなら、これこそ神の御心に適うことです。キリストもあなた方のために苦しみを受け、その足跡に続くようにと、模範を残されたからです。」アーメン
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2006/04/09(日) 10:30:00| 未分類| トラックバック(-) コメント(-)