津田沼教会 牧師のメッセージ
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「サタンに打ち克ちながら」(マルコ1:12-13)
マルコ福音書1章12節-13節、2015年2月22日、四旬節第1主日礼拝(典礼色―紫―)、創世記9章8節-17節、ペトロの手紙一3章18節-22節、讃美唱25(詩編25編1節-9節)

マルコによる福音書1章12節-13節
 
 それから、“霊”はイエスを荒れ野に送り出した。イエスは四十日間そこにとどまり、サタンから誘惑を受けられた。その間、野獣と一緒におられたが、天使たちが仕えていた。


説教「サタンに打ち克ちながら」(マルコ1:12-13)

 今日は第1の朗読は、箱舟を出たノアに示された啓示で、もう二度と地と被造物を滅ぼすことはしないとの、虹で表わされた契約の記事でありました。
 ノアの洪水も、また、四十日でありました。
 そして、第2の朗読のペトロの手紙第1では、私たちの罪のために、罪なき方が、一度だけ死なれ、その霊は、ノアの洪水のときに信じなかった、8人以外の霊の所に行って、主イエスは宣教なさったが、その水の中とは、洗礼を示しており、それによって私たちは、救われるとありました。
 さて、私たちは今日、マルコの、荒れ野でのサタンによる誘惑、試みの記事を与えられています。それは、主イエスの洗礼に続くものであります。「神の子」と天から声がし、聖霊がくだった直後のことです。
 栄光のもとに、神は、み子を置き続けないで、その霊が彼を荒れ野へと駆り立てるというのです。
 荒れ野は、悪の住む所と考えられていました。そこで、主イエスは、サタンによって誘惑され、試みられながら、40日間、戦い続けておられたのであります。
 サタンは、ヨブ記の書かれた頃には、天上での集会の一員であり、いわば、告発する検察官のような者でありました。
 しかし、やがて、人間と、また、神とも敵対する者となり、イエスの時代には、悪の力の代表のようになっていました。
 私たちを、十字架の道を歩み始めたみ子イエスから、引き離そうとする存在であり、それとの戦いに、40日間、主イエスは荒れ野で対抗しておられたのであります。
 マルコには、その間、サタンによって、試みられていたとあるだけで、何も詳しい内容は、記されていません。
 私たちが生涯戦うサタンとの戦いを、神の子が、洗礼の時の栄光の直後に、荒れ野に追いやられて、私たちのために戦っていて下さる。
 そして、私たちは、その主イエスが共にいて下さって、私たちの洗礼を通して、共に闘っていて下さることを、思い起こすことができるのです。
 主は野獣たちと共におられたとあります。野獣たちは、アダムの堕罪によって、私どもと敵対関係、恐れの関係に陥っていたが、み子イエスによって、み子イエスは、神に従順であり続け、パラダイスをここに回復したとも、考えられます。
 野獣たちと平和な、新しい時代が、ここに回復されたとも言えます。
 そしてまた、天使たちが仕えていたとあり、主の霊と天使たちが、このサタンとの戦いを支え、導くのであります。
 これは、十字架の死に至るまで、主イエスが始められたサタンとの戦いが、ここに始まったことを、記しているのであります。
 私たちにも、それぞれの荒れ野での煩悶と恐れを通してのサタンとの戦いがあります。そして、私たちもまた、洗礼を通しての直後に、荒れ野に送り込まれた主イエスと同じように、主イエスの洗礼に導かれながら、サタンとの戦いに打ち克ちながら、歩むことができると、今日の記事は私たちに約束しています。
 神の霊と天使たちの給仕、必要な支えによって、導かれながら、み子の十字架の後を歩んでいきたい、レントの40日間であります。アーメン。






















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2015/02/22(日) 10:30:00| 未分類| トラックバック(-) コメント(-)
「山を下りるイエスさま」(マルコ9:2-9)内海望牧師
マルコ福音書9章2節-9節、2015年2月15日、変容主日聖餐礼拝(典礼色―白―)、列王記下2章1節-12a節、コリントの信徒への手紙二3章12節-18節、讃美唱97(詩編97編1節-12節)

マルコによる福音書9章2節-9節
 
 六日の後、イエスは、ただペトロ、ヤコブ、ヨハネだけを連れて、高い山に登られた。イエスの姿が彼らの目の前で変わり、服は真っ白に輝き、この世のどんなさらし職人の腕も及ばぬほど白くなった。エリヤがモーセと共に現れて、イエスと語り合っていた。ペトロが口をはさんでイエスに言った。「先生、わたしたちがここにいるのは、すばらしいことです。仮小屋を三つ建てましょう。一つはあなたのため、一つはモーセのため、もう一つはエリヤのためです。」ペトロは、どう言えばいいのか、分からなかった。弟子たちは非常に恐れていたのである。すると、雲が現れて彼らを覆い、雲の中から声がした。「これはわたしの愛する子。これに聞け。」弟子たちは急いで辺りを見回したが、もはやだれも見えず、ただイエスだけが彼らと一緒におられた。
 一同が山を下りるとき、イエスは、「人の子が死者の中から復活するまでは、今見たことをだれにも話してはいけない」と弟子たちに命じられた。


  説教「山を下りるイエスさま」(マルコ9:2-9)内海望牧師

 今日は、「変容主日」と名付けられた特別な主日です。高い山の上で、イエスさまの姿が変わられた出来事を覚える時です。毎年、この聖書の箇所が礼拝で読まれる時は、教会暦の大きな転換期に当たります。四旬節(受難節)を迎えるのです。
 今週の「灰の水曜日」から、祝日である日曜日を除いて40日間、私たちはイエスさまの受難と十字架に心を注ぐ時として過ごします。教会の典礼色も悔い改めを表わす紫色に変わります。そして、祈りつつイースターの日を待つのです。
 さて、今年の福音書はマルコですが、マルコはイエスさまの十字架と死を最も大切なことと考えていましたから、イエスさまの誕生などには触れず、全16章のうち、今日の9章以下全部をイエスさまの受難、十字架の死、復活の出来事に当てています。イエスさまの死と復活こそ福音だということを強調したかったのです。
 今日の福音書の日課に目を向けましょう。高い山の上で、イエスさまの姿が、ペトロ、ヤコブ、ヨハネの目の前で変わられたという出来事です。確かに、イエスさまの姿は、変わられたのですが、実は、これは、イエスさまが、一瞬ですが、そのヴェールを取り払われ、ご自分が上から来られた方であり、主であり、神の子であるという、その真の姿を現わされた時なのです。天の輝きの中で、イエスさまは、言わばご自分の故郷で、モーセ、エリヤと語っていらっしゃるのです。これを見て、ペトロが喜びにあふれ、思わず語り出します。
 ペトロは、自分がこの世界の暗闇から引き離されて、今、立っているこの天上の輝きに包まれて生きて行くことが出来たらどんなに素晴らしいことか、と心から願ったのです。それで、「ここに仮小屋を三つ建てましょう。」という申し出をしたのです。
 私たちは、この数週間、本当に真剣に祈りを捧げて来たと思います。私たちの世界の暗さに目を覆いたくなります。無くの幼子を始め、人々の無残な死を前にして言葉を失っています。また、この現実を、どう考えていいのでしょうか。私たちの世界の暗闇の深さに心が沈みます。
 加えて、私たちの日常生活には、日々迫って来る様々な思い煩いがあります。また、病の痛み、苦しみ、事故、死の不安等々が心を乱します。
 更に、私たち自身の、利己的で、欺瞞に満ちた心、このまま生きていてよいのかという問い。自分への失望、嫌悪感もあります。
 私たちを取り囲む悪夢に満ちた世界を離れて、この光輝く天上の世界で、イエスさまと共に生きて行けたらどんなに素晴らしいだろうというペトロの願いは、同時に私たちの願いでもあります。私たちの心の奥には、純粋な心で生きたい、偽りのない生き方をしたいという願いがあります。この世俗の世界を離れ、一人静かに過ごしたいという祈りがあります。新しく生きたいという再生への願いがあります。
 今、ペトロの眼前に広がる光景は、何と穏やかな平和に満ちた世界でしょう。イエスさまの「服は真っ白に輝き、この世のどんなさらし職人の腕も及ばぬほど白くなった。」と描き出されています。そこで、イエスさまはモーセ、エリヤと語り合っていらっしゃるのです。
こんな世界に生きることが出来たら、と誰でもが願う世界です。
 しかし、そのようにんがうペトロや私たちは、イエスさまの歩みを全く誤解しているのです。私は、今日の日課が、文章の区切りである8節で終わらず9節まで続いていることを本当に嬉しく思います。何故なら、まさに、ここに福音があるからです。
 9節には、「一同が山を下る時」と記されています。イエスさまは、山を下りて、私たちが生きている世界に敢然と分け入って下さったのです。これが福音です。ここに、私たちの大いなる喜びがあります。イエスさまは「高い山」でご自分の真の姿を現わされました。しかし、私たちは今、イエスさまが、私たちの世界の深みへと下って行かれる姿を見るのです。
 「高い山」という表現が印象的です。「天上の高み」かあ「この世界のどん底」にまで下りて下さったのがイエスさまなのです。ペトロや私たちの願いとは全く逆な歩みです。この世界を出て、純粋で、平和に満ちた輝くばかりの世界に昇って行くのでなく、そこから、この世界の暗い深みに向かって下って歩まれるのがイエスさまなのです。この世から逃げだすのでなく、この世界と共に歩もうとされるのです。
 イエスさまは、高い山から下りてこの私たちが生きている世界に来られました。すると、そこにはすでに人間の悲惨な苦しみが待ち受けていました。病に苦しめられている子どもがいました。14節以下。この子供は病に振り回され、18節。文字通り七天ハ倒しているのです。その子を来る日も来る日も見守る父親の心の痛みと涙はどれほどのものであったでしょうか。想像を絶します。イエスさまは、このような私たちが逃げ出したいと願っている、苦しむ世界に歩み入って下さる方なのです。
 聖書には、病をいやすイエスさまの姿が数多く出てきます。これは奇跡物語ではありません。そうでなく、イエスさまが、苦しむ人の傍らに立たれたことを示す出来事なのです。しかも、注意して読まなければならないのは、当時と現代では「病気」という言葉の意味が全く違うということです。疫病が古代世界に及ぼした影響について多くの歴史家が書いています。ひとたび疫病が蔓延し始めると、人々は病人を見捨てて、一斉に逃げだしたそうです。治療法などなかったからです。仕方がなかったとも言えますが悲惨です。それでも、疫病にさらされた地域は人口は4分の1から3分の1を失ったそうです。3人に1人か、4人に1人が死んでいったのです。まさに悪夢のような出来事だったのです。「放置され、祈ってくれる人のいない苦悩」「看取られない苦しみ」はどんなであったでしょう。
 今日の日課に印象深い記述があります。8節です。「もはやだれも見えず、ただイエスだけが彼らと一緒におられた」。「イエスだけが」と書かれていますが、これは決して孤独を示す言葉ではありません。私たちが誰にも理解されず、一人苦しんでいる時にも、イエスさまだけは、私の傍らにいて下さっていることを示す言葉です。ここに今日の福音があり、限りない慰めがあるのです。
 しかし、イエスさまは、ここに留まらず、更にこの世界の深みに向かって歩み続けられます。それは、十字架への道です。人間世界の悲惨さの深淵に横たわる罪と死の世界にまで下って行かれるのです。私たちは、いざという時、自分の安全を第一に考え、隣人を忘れてしまう私自身の姿に茫然とします。身勝手な生き方でこの世を混乱に陥れているのはほかでもない私たちなのです。
 私たちには常識がありますから、表には出しませんが、私たちの心には、時として、怒り、憎しみ、妬みの心が渦巻くことがあります。私たちに、ファリサイ派の人々を批判する権利はありません。私たちは決して稀にみる傑出した聖人などではありません。結局のところ、私たちは普通の人間なのです。イエスさまは、そのような私たち一人一人の傍らにまで来て下さるのです。そして、御手を置いて下さるのです。
 イエスさまは、このように世界の深みにまで下りて来てくださいました。それだけでなく、ゴイルゴタの丘で、わき腹を槍で突き刺され、十字架の上で長時間かかって屈辱を受けながら死ぬことによって、地上の罪の苦しみのすべてを経験し、私たちの罪と死のすべてを引き受け、担って下さったのです。ゴルゴタの丘の上には三本の十字架が立っていたのです。その真ん中にイエスさまの十字架があったのです。その上で、イエスさまは、十字架上で、「父よ、彼らを赦して下さい。」と私たちのために祈って下さった方なのです。
 「しかし」、まさに「しかし」です。イエスさまは、その死によって、罪と死に勝利を収め、復活されました。私たちにも罪の赦し、新しいいのちを与えて下さったのです。イエスさまの赦しの祈りにこの世界は包まれ、救われたのです。もはやイエスさまの赦しの愛、その光の及ばない所はありません。このことによって、この世俗の世界は、聖なる世俗世界に変えられたのです。私たちは、これからも日々、悔い改めと、思い煩いに生きることでしょう。苦しみ痛みは続きます。しかし、イエスさまの十字架と復活によって、罪と死は最後の棘を取り払われたのです。復活の主イエス・キリストだけは、どんな時でも私たちと共にいて下さいます。今まで自分を縛り付け苦しめていた床(罪と死)を軽々と担いで、足取りも軽やかに歩む姿が、十字架によって罪赦された喜びを信じる私たちの姿です。
 イエスさまの十字架の愛に悔い改めと感謝をささげる時として歩む四旬節としましょう。
 













2015/02/15(日) 10:30:00| 未分類| トラックバック(-) コメント(-)
「あなたの罪は赦された」(マルコ2:1-12)
マルコ福音書2章1節-12節、2015年2月8日、顕現節第6主日礼拝(典礼色―緑―)、ミカ書7章14節節-20節、コリントの信徒への手紙一9章24節-27節、讃美唱32(詩編32編1節-11節)

マルコによる福音書2章1節-12節
 
 数日後、イエスが再びカファルナウムに来られると、家におられることが知れ渡り、大勢の人が集まったので、戸口の辺りまですきもないほどになった。イエスが御言葉を語っておられると、四人の男が中風の人を運んで来た。しかし、群衆に阻まれて、イエスのもとに連れて行くことができなかったので、イエスのおられる辺りの屋根をはがして穴をあけ、病人の寝ていている床をつり降ろした。イエスはその人たちの信仰を見て、中風の人に、「子よ、あなたの罪は赦される」と言われた。ところが、そこに律法学者が数人座っていて、心の中であれこれと考えた。「この人は、なぜこういうことを口にするのか。神を冒瀆している。神お一人のほかに、いったいだれが、罪を赦すことができるだろうか。」イエスは、彼らが心の中で考えていることを、御自分の霊の力ですぐに知って言われた。「なぜ、そんな考えを心に抱くのか。中風の人に『あなたの罪は赦される』と言うのと、『起きて、床を担いで歩け』と言うのと、どちらが易しいか。人の子が地上で罪を赦す権威を持っていることを知らせよう。」そして、中風の人に言われた。「わたしはあなたに言う。起き上がり、床を担いで家に帰りなさい。」その人は起き上がり、すぐに床を担いで、皆の見ている前を出て行った。人々は皆驚き、「このようなことは、今まで見たことがない」と言って、神を賛美した。


説教「あなたの罪は赦された」(マルコ2:1-12)

2週間ほど前になりますが、総会の後、ベトナムのホーチミン市内、すなわち、もとサイゴンと呼ばれました市内に3泊4日の短い旅行をしましたが、そこは、いわば50年前の日本を思わせるように、貧しいが活気に満ちており、人々は打ち解け合い、子供も大人も、男も女もみんなが平等に笑顔で暮らしている国のように思いました。
通りは、日本のホンダのバイクが四六時中、警笛を鳴らし、朝早くから夜になっても、二人乗り、あるいは、子供は三人乗りで乗せて、市内を駆け巡り、信号もありますが、ほとんどないのと同じで、そこを横断するのは、いわば綱渡りのような状態です。東洋と西洋がすんなりと解け合った国となっており、かつては、フランス領であったこともあり、フランスパンが一段とおいしい国でした。
翻って日本の社会はどうでしょうか。経済が発展し、科学も文化も頗る成長を遂げて、制度的にはこれ以上に発達できるのかと思えるほどに都会も地方も豊かな国になっているようですが、一方ではつい先日も小5の男子が、近くの不審な男に路地で殺害されるという傷たましい事件が報道されています。闇がかつてなく浸透している社会でもあります。学校でのいじめや、凶悪な犯罪などは、50年前の日本では考えられないレベルにまで蔓延していると言っていいかもしれません。
さて、今日の第1朗読ミカ書は終曲の部分で、その民イスラエルを赦される神が記されています。
第2朗読のⅠコリントの手紙では、パウロは、信仰を与えられ、救われた自分は朽ちない冠を得るためにどこまでも節制しながら、自らを慎んでいく、それは福音を宣べ伝えておきながら、ついには、自分が救いへの失格者とならないためであると自戒の言葉を述べています。
さらに、讃美唱の詩編32章1節から11節では、自分の罪、咎を主のみ前に隠さず告白して、主の慈しみに生きる幸いを詩人は歌っています。
さて、今日の福音は、マルコ2章1節から12節です。癒しと罪の赦しの問題を、まだ最初の方の福音書の場面ですが、マルコはここで大きく取り上げています。
カファルナウムへと、福音を告げ、悪霊を追い払う宣教の旅から再び戻って来て、主はある家庭の中でみ言葉を説いておられます。良き知らせ、福音を告げるという本来のわざに戻っておられます。
ところが、そこに、4人の男が中風の者をマットのような貧しい寝床のままで、連れて来くるのです。み言葉を語る主のみわざは、しばしば、思わぬ突発的は出来事によって中断させられます。
中風というと、今ではあまり聞かない病名となりました。運動麻痺、あるいは、脳卒中といった病気だったでしょうか。彼が、どのような病状であったのか。重い病気であって、当時の人々は、それは先祖や本人の多くの罪にも関わっていると考えていました。主イエスは、盲目に生まれついた人について、それは、彼が罪を犯したためでも、両親が罪を犯したためでもなく、神のわざがその人を通して現わされるためであるとも、ヨハネ福音書の中で言っています。
私たちは、今では、病気は罪とは直接関係ないと考えていますが、一方で聖書は、罪の結果が死であると説いています。そして、神との関係が破れていることが、罪であると聖書は説いており、分かりやすくは罪とは、的外れな状態であると言われます。
さて、戸口に集まっていた群衆のゆえに、近づくことを遮られた彼らは、この人を屋根をはいで、穴をあけて、粗末な寝床、マットに寝かせたまま、イエスのいた上の辺りからつり降ろします。
そして、「彼らの信仰」を見て、とマルコは書きます。本人の信仰も含まれていたかもしれませんが、あるいは父親や友人であったかもしれません、その彼らのイエスへの信頼の行為が、この人を癒しへともたらすのです。
周りの人々の信仰がある人を、イエスへの信仰へと導くこともあるのです。私たちは、ある人の救いのためにとりなす信仰の大切さを、ここに見出すことができます。
主はそれを見て言われます。「子よ、あなたの罪どもは赦される。まさにこの瞬間、赦されたのだ」と。ここでの罪は一つではありません。私たちを、神とのまったき関係から破れさせ、的外れは関係に陥れている状態が本来の状態へ、まったき状態へと回復されるのです。
しかし、そのような罪の状態から回復させるのは、今日の旧約にもありますように、神のみのなしうる神の専権だと考えられていました。それで、律法学者たちの数人は、「このようなことを言うこいつは何者だ。神お一人のほかに、罪を赦ししうる者はいない」とあれこれ考えていました。主は、その霊の力で、それに気づき、なぜ、心の中でそのようなことを考えているのかと、問いただされて言います。
「あなたの罪は赦された」というのと、「起きよ、あなたの床を取り上げ、歩き回れ」というのとどちらが容易いか。後者の方が、もし、その通りにならなければ、まだ罪も赦されていないことが、判明し、難しいとも、思われますが、やはり、罪が赦されると言うことは、神以外にはできないことですから、前者が決定的により難しいことでしょう。
主は、2章10節で「あなた方が知るために、すなわち、人の子が地上で罪を赦す権威を持っていること」を、と言います。
イエスは、神の子であると同時に人の子です。人の子とはダニエル7章13節から来ていますが、主イエスはご自分のことを、ここで「人の子」と呼ばれました。現在の人の子、苦しむ人の子、再臨の人の子が考えられますが、罪を赦す方として、罪人や病人と食事をし、交わりを持ち、罪による神との破れを回復し、全人的な健全さ、心身のまったき状態へと回復させて下さる方として今日ここに宣言されています。「起き上がり、あなたの床を担いで、あなたの家へ帰りなさい。」
この宣言は、私たちすべての者に語りかけられています。私たちの罪は、このお方の到来によって、その権威によって、既に赦されています。
そして、全人的にまったく新しい生を歩む者として、今日の中風だった人のように、私たちは、変えられていきます。そして、そのために、このお方は、「人の子」として、この世の当局者たちによって、ユダヤ人の指導者たちによって、命を奪われる者であることが、既に2章1節から3章6節までの5つの論争物語を通して示されています。
いわば、50年前を進んでいるかに見えるベトナムの人たちにも、文明の最先端を豊か見歩むかに見える日本の都会に住んでいる私たちにも、罪からの全人的な回復は、すべての人にとって今もなお、緊急に必要でなくてはならない要求なのです。
そして、そのために、主イエスは、2000年前に、今日の中風の人を通す出来事を通してお出でになり、今もなお、そのみ言葉を語っておられるのです。
私たちも、今、主のお言葉を受け止めて、起き上がり、床を担いで、与えられた仕事へと出てゆき、日々、そのお言葉に従って、歩き回る者とされましょう。アーメン。
2015/02/08(日) 10:30:00| 未分類| トラックバック(-) コメント(-)
「良き訪れを告げ知らせつつ」(マルコ1:29-39)
マルコ福音書1章29節-39節、2015年2月1日、顕現節第5主日礼拝(典礼色―緑―)、ヨブ記7章1節-7節、コリントの信徒への手紙一9章16節-23節、讃美唱147(詩編147編1節-13節)

マルコによる福音書1章29節-39節
 
 すぐに、一行は会堂を出て、シモンとアンデレの家に行った。ヤコブもヨハネも一緒であった。シモンのしゅうとめが熱を出して寝ていたので、人々は早速、彼女のことをイエスに話した。イエスがそばに行き、手を取って起こされると、熱は去り、彼女は一同をもてなした。夕方になって日が沈むと、人々は、病人や悪霊に取りつかれた者を皆、イエスのもとに連れて来た。町中の人が、戸口に集まった。イエスは、いろいろな病気にかかっている大勢の人たちをいやし、また、多くの悪霊を追い出して、悪霊にものを言うことをお許しにならなかった。悪霊はイエスを知っていたからである。

朝早くまだ暗うちに、イエスは起きて、人里離れた所へ出て行き、そこで祈っておられた。シモンとその仲間はイエスの後を追い、見つけると、「みんなが捜しています」と言った。イエスは言われた。「近くのほかの町や村へ行こう。そこでも、わたしは宣教する。そのためにわたしは出て来たのである。」そして、ガリラヤ中の会堂に行き、宣教し、悪霊を追い出された。


説教「良き訪れを告げ知らせつつ」(マルコ1:29-39)

先週、津田沼教会の総会あと、イスラム国に拘束されている後藤さんの安否も気遣われる中でしたが、ベトナムへと説教研で、旅行し、ホーチミン市、これはかつてのサイゴンですが、その街のホテルに三泊するという旅行をして来ました。しかし、今朝早く、後藤さんの死が報じられ、イスラム教の心ある人たちも祈っていた、世界の多くの人々の祈りが聞かれなかった結果になり、胸を痛めています。
さて、ベトナムのこの都市では朝早くから、夜遅くまで、市内の主要道路は、バイクが警笛を鳴らしながら、殆ど四六時中、所狭しと行き交っています。一人一台、持っているとのことで、二人乗り、あるいは子供を乗せる場合には、三人乗り、4人乗りも稀ではありません。ほとんどだれもが、バイクに乗っています。信号も少なく、しかも、信号があってもないようなもので、通りを横断するのは、私たち慣れぬ者にとっては綱渡りのようなもので、言わば命がけでした。
ベトナムは、国としては多くの人々が小乗仏教で、当地では正月を迎える前とあって、市内は人々の様子も興奮気味らしく、普段以上に活気を呈していたようです。
通りの店や路面の屋台でも外食は安くて、たいていの人忙しいのでそれに頼っているとのことです。巧妙なすりも、日常茶飯事で、財布や携帯をとられた、当地で会ったベトナム勤務の日本人は、そのやり口はあっぱれだと、感心していました。
物価、特に食品、食べ物は安く、日本の半分以下です。
ベトナムでは、都会のホーチミン市のメイン通りを歩き回っただけの今回の旅行の行動半径でしたが、東洋と西洋の入り混じった、独特の魅力があり、いわば50年前の日本に舞い戻ったような体験でした。
 しばらく日本を離れて、ベトナムの人たちと交わり、キリスト教のことも、客観的に振り返る時が与えられました。ホーチミン市には、大きなマリア大聖堂もありましたが、基本的には、仏教です。あの親しみを持った、ベトナムの人たちにとって、今日の聖書の個所は、どういう意味があるのでしょうか。いや、私たちにとって、これらのみ言葉は何を意味するのでしょうか。しばらくご一緒に考えたいと思います。
 今日の讃美唱、詩編147章1節から13節はは、バビロン捕囚を経て、いよいよエルサレムを再建されるという神をほめたたえ、イスラエルの民の罪を赦される主なる神を歌っています。そしてその主は、鳴く烏や獣に食べ物をお与えになる神ですが、馬の足を喜ばず、人の足の速さを望まれず、主を畏れる者を喜ばれる方です。
第1の朗読、ヨブ記7章1節から7節で、ヨブは、人間の営み、自分の労苦は、傭兵や奴隷の働きのようなものだと憂いて、神に向かって、私の命は息のようなものに過ぎないと瞬時の生涯を、訴え、なぜあなたは、このように人間をはかなく、脆くお造りになったのかと、むしろ神を告発するかのようです。
第2の朗読では、Ⅰコリント9章16節から23節が読まれました。パウロは、自分は、福音の奴隷であるから、福音のためには何でもする。ユダヤ人にはユダヤ人のようになり、律法のない者には律法のない者のようになった。それは、そのようにしてその内の幾人かでも救うためであり、福音を無代価で宣べ伝えることによって、ついには、その者たちと共に私もその福音に参与するためであると言っています。
さて、今日の福音は、マルコ1章29節から39切に入っています。
一行がカファルナウムに入って、安息日のこと、最初の奇跡を、主がなさったあと、一行、五人は、シモンの家にやって来ます。
 ところが、シモンのしゅうとめは、熱を出して、伏していました。シモンたちは、彼女を癒してくださいと、言うと、主は彼女に近寄り、手を取って、起こします。すると、熱は出て行き、彼女は、彼らに奉仕していたとあります。デイアコニオーという言葉で、これは、弟子のあるべき姿を表わしています。家庭生活、私的な生活の中に、主イエスの力が、先週のシナゴーグでの宗教生活の場面に引き続いて示されます。
そして、次には、その戸口に、町全体が殺到していたとあります。その日の夕方、日没後、安息日が終わって、人々はあらゆる病気の人や悪霊につかれた人を主イエスのもとに、もたらします。公生活においても、主イエスの力、権威は遺憾なく示されるのです。主はその連れて来られた多くの病人をいやし、また大勢の悪霊に疲れた者たちから悪霊を追い払います。そして、主は、悪霊どもに、しゃべることを許さなかった、彼らは彼を知っていたからと言います。主イエスの敵である悪霊どもに、イエスはここで勝利なさっています。しかし人間は、彼がキリストであることを、この時点では理解できないのです。
 さて、翌朝、まだ早い、夜中に、主は起き出し、外に出て行き、寂しい所へと出て行かれます。そして、そこで、祈っておられました。
大切な時に、主はよく祈られました。十字架の前夜、ゲッセマネでは徹夜で祈ったことを、聖書は伝えています。神のみ心が成るように、私どもも、み言葉を読みつつ、あるいは、説教を聴きつつも、絶えず祈っていきたいものです。
 すると、シモンたちが主イエスのもとに追いついて来ます。これは、獲物を追跡するという良くない意味の言葉が使われています。そして、皆があなたを求めていますと言います。
 それに対して、主は、ここから出て、他の村へ行こう、そのために私は出て来たのだからと答えます。
 カファルナウムの町の人々は、主イエスのなさった奇跡に感心し、さらにその恩恵を受けたいと思っていたのです。奇跡を、自分の幸せのため、自分の幸福のためにだけ利用していたとも言えます。
 主は父なる神に祈り、それを洞察して、他の町々、村々へと宣教していきます。主は全ガリラヤへと、諸会堂で、告げ知らせながら、また、悪霊を追い払いながら、やって来たと、本日の福音は、締め括られています。 
主は良き知らせ、良き訪れを告げ知らせながら、私たちのもとに、お出でになられています。それは、病人を癒し、悪霊を追い払う奇跡を伴なったところの良き知らせであります。そして、さらにこの奇跡を通して、奇跡の恵みを受けた者は、それをなさった主イエスの弟子となるように、招かれているのです。その奇跡を通して、主イエスが十字架にかかり、復活させられることが示されています。そして、その主に従ってくるようにと、私たちは呼ばれているのであり、また、その福音を人々に告げ知らせるようにと、招かれているのです。
 今回の旅で私が出会った東南アジアのベトナムの人たちにも、私どもは、何がしかを通して、今日のこのキリストのみ業とみ言葉を伝え、紹介するべく、生かされている者であります。アーメン。
2015/02/01(日) 10:30:00| 未分類| トラックバック(-) コメント(-)
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