津田沼教会 牧師のメッセージ
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「振り返るイエスさま」(マルコ5:21-43)内海望牧師
マルコ5:21-41、2012・07・29、聖霊降臨後第9主日(典礼色―緑―)、哀歌3:22-33、コリントの信徒への手紙二8:1-15

マルコによる福音書5:21-34
 イエスが舟に乗って再び向こう岸に渡られると、大勢の群衆がそばに集まって来た。イエスは湖のほとりにおられた。会堂長の一人でヤイロという名の人が来て、イエスを見ると足もとにひれ伏して、しきりに願った。「わたしの幼い娘が死にそうです。どうか、おいでになって手を置いてやってください。そうすれば、娘は助かり、生きるでしょう。」そこで、イエスはヤイロと一緒に出かけて行かれた。
大勢の群衆も、イエスに従い、押し迫って来た。さて、ここに十二年間も出血の止まらない女がいた。多くの医者にかかって、ひどく苦しめられ、全財産を使い果たしても何の役にも立たず、ますます悪くなるだけであった。イエスのことを聞いて、群衆の中に紛れ込み、後ろからイエスの服に触れた。「この方の服にでも触れればいやしていただける」と思ったからである。すると、すぐ出血が全く止まって病気がいやされたことを体に感じた。イエスは、自分の内から力が出て行ったことに気づいて、群衆の中で振り返り、「わたしの服に触れたのはだれか」と言われた。そこで、弟子たちは言った。「群衆があなたに押し迫っているのがお分かりでしょう。それなのに、『だれがわたしに触れたのか』とおっしゃるのですか。」しかし、イエスは、触れた者を見つけようと、辺りを見回しておられた。女は自分の身に起こったことを知って恐ろしくなり、震えながら進み出てひれ伏し、すべてをありのまま話した。イエスは言われた。「娘よ、あなたの信仰があなたを救った。安心して行きなさい。もうその病気にかからず、元気に暮らしなさい。」
イエスがまだ話しておられるときに、会堂長の家から人々が来て言った。「お嬢さんは亡くなりました。もう、先生を煩わすには及ばないでしょう。」イエスはその話をそばで聞いて、「恐れることはない。ただ信じなさい」と会堂長に言われた。そして、ペトロ、ヤコブ、またヤコブの兄弟ヨハネのほかは、だれもついて来ることをお許しにならなかった。一行は会堂長の家に着いた。イエスは人々が大声で泣きわめいて騒いでいるのを見て、人々に言われた。「なぜ、泣き騒ぐのか。子供は死んだのではない。眠っているのだ。」人々はイエスをあざ笑った。しかし、イエスは皆を外に出し、子供の両親と三人の弟子だけを連れて、子供のいる所へ入って行かれた。そして、子供の手を取って、「タリタ、クム」と言われた。これは、「少女よ、わたしはあなたに言う。起きなさい」という意味である。少女はすぐに起き上がって、歩きだした。もう十二歳になっていたからである。それを見るや、人々は驚きのあまり我を忘れた。イエスはこのことをだれにも知らせないようにと厳しく命じ、また、食べ物を少女に与えるようにと言われた。



説教「振り返るイエスさま」(マルコ5:21~43)内海望牧師

イエスさまは人々の痛み苦しみを決して見過ごしにはなさらない方でした。これは簡単なことではありません。私たちは「向こう側を通って行った祭司やレビ人」を非難しますが彼らは私たちの心を言い当てています。私たちは嫌なこと、厄介なことは努めて避けたいのです。イエスさまはそうではありませんでした。
それにしても痛みを負う人間の数には際限がありません。イエスさまの周囲には、いつもおびただしい人々が集まっています。今日の聖書でも「大勢の群衆が」とか「大勢の群衆も、イエスに従い、押し迫って来た」と書かれています。読むだけで息苦しくなります。イエスさまも疲れ果ててしまわれることでしょう。しかし、イエスさまは人々から逃げ出すことはなさいませんでした。
ところが、聖書を読むとこういう記事も折々出て来ます。「朝早くまだ暗いうちに、イエスは起きて、人里離れた所へ出て行き、そこで祈っておられた。」(1:25.ルカ5:16)。イエスさまの日常生活での力の秘密は、「祈ること」にあったことは間違いありません。「今日は忙しいから普段の倍の時間祈ろう」とルターは言いましたが、神さまと静かに話し合う祈りの時を持つことは、疲れを取り去り、心を軽やかにします。祈ることは決して逃避ではなく、私たちの心を活き活きと蘇らせる生きた恵みの泉なのです。祈ることを教えられた私たちは何よりの恵みを頂いているのです。
イエスさまがヤイロの娘の所に行く途中も多くの群衆で、混雑していました。その中に12年間も病いに苦しんでいる女性が交じっていました。多くの医者にかかっても治らず、かつそのために財産を使い果たしてしまったと記されています。希望を失わせるに充分な年月です。単に肉体的な痛みにとどまらず精神的にも疲れ果てた状態にあったと言えましょう。その彼女が一縷の希望をかけて群衆に紛れ込み、後ろからイエスさまの服に触れたのです。
彼女は後ろからイエスさまの服に触れたのです。会堂長のようにイエスさまのみ前にひれ伏してお願いすればよいのに、どうして「後ろから」だったのでしょう。聖書は何の説明もしていません。しかし、33節の「震えながら進み出て」という彼女の姿によって、その心根を推察することは出来ます。彼女はイエスさまの前に進み出るのが怖かったのです。後ろめたいことがあったのでしょう。それは何でしょうか。彼女の日常の悪しき行いのことなのでしょうか。こんなに長い間、苦しみ、財産も減って行く中で、時には自暴自棄になることもあったでしょう。12年間苦しんだのは決して病気のためだけではなかったでしょう。察するに余りある苦しい人生を歩んできたのです。
しかし、イエスさまの服に触れた時、12年間あれほど苦しんだ病いはすっと消えました。女性はそれを体で感じました。この女性は本当に驚き、喜びました。ここで物語が終わるなら、これは単なる奇跡物語です。
ところが、30節に至って、俄然、場面は一転します。イエスさまは御自分から力が出て行ったことに気付かれました。イエスさまは決して力を見せびらかす魔術師のような方ではありません。イエスさまの力は苦しんでいる人々を決して見過ごさないという愛から生まれるのです。マタイ9章35節以下には群衆を「深く憐れまれた」と書かれています。岩波訳では「はらわたがちぎれる思いで」人々に福音を伝え、ありとあらゆる病気や患いをいやされたと書かれています。この場面で大切なのは奇跡でなく、イエスさまのこの深い愛情なのです。イエスさまが気付かれたのは「ここにも苦しんでいる人がいるのだ」というはらわたがちぎれるほどの愛情であったのです。イエスさまは振り返ってだれが触れたのか知ろうとなさいました。この「振り返り」という言葉が大切です。どうしても苦しんでいる人に会いたい、交わりを持ちたいという意志がそこにあります。どんなに忙しくても、疲れていても、苦しんでいる人、助けを必要としている人と出会おうという堅い意志です。このイエスさまの真剣さ、愛の深さが、この女性の心を揺り動かしました。そして、イエスさまに従うなど全然考えず、ただ自分の病気の癒しのためにイエスさまの力を利用しようとしていた自分に気付かされました。彼女はひたすら恐れ、震えながらみ前に進み出てひれ伏し、すべてをありのまま話したのです。全く砕けた悔いた心でイエスさまの前に進み出たのです。言い換えればイエスさまの真実に対して、真実の応えたと言えましょう。
しかし、イエスさまは彼女を責め立てるために振り返られたのではありません。愛をもって振り返られたのです。しかし、今この女性は神の独り子イエスさまの前に自分のすべてを告白しているのです。ここに真実の交わりが生まれました。
この振り向かれるイエスさまの姿は、イエスさまが捕らえられ、最高法院へひかれて行く途中、イエスさまを知らないと言い張るペトロを振り向いて見つめられたという場面を思い出させます(ルカ22章)。この時も、イエスさまはペトロを責めていらっしゃるのではありません。弟子に裏切られたという悲しみ、痛みはあったでしょう。しかし、イエスさまはまさにそのような罪人を救うために、罪の赦しを与えるために、エルサレムへと、十字架の死へと歩まれたのです。復活のイエスさまに出会って、このことを信じたペトロは今度こそ本物の弟子としてその生涯を生きたのです。
この女性もそうです。彼女の関心は病いがいやされたことにしかありませんでした。イエスさまからただ奇跡をもらえればそれでよかったのです。しかし、イエスさまの愛のまなざしに触れた時、彼女は自分のすべてをイエスさまの前に投げ出し、砕けた心をもってひれ伏したのです。彼女は癒し以上のものを与えられたのです。「救い」です。彼女もまた復活の喜びを味わっているのです。12年間、ただ苦しみ、暗い心で愚痴だけで生きていた人物が、新しく元気に生きていけるようになったのです。いくらこの病気が治ったからと言って、ほかの病気にかからないという保証はありません。しかし、「私は神さまの愛のうちにある」という信仰が、彼女の生活を変えたのです。「安心して行きなさい」というイエスさまのことばによって、その後どんな苦しみ痛みが待っていようとも、この方が私の傍らに立って下さっているという信頼が彼女を揺るがすことはありませんでした。
 従って、これは決して奇跡物語ではありません。復活したヤイロの娘も、やがて死ぬでしょう。ヤイロの娘が得たものも同じでした。詩編の139編に次のような一節があります。「天に登ろうとも、あなたはそこにいまし、陰府に身を横たえようとも、見よ、あなたはそこにいます。曙の翼を駆って海のかなたに行き着こうとも、御手をもって私を導き、右の御手をもってわたしをとらえてくださる。」
振り返って、この病いに身も心も弱り、苦しんでいる女性に深い愛を持って目を留められたイエスさまは、私たち一人一人にも愛のまなざしを注いで下さっているのです。
「安心して行きなさい」というみ言葉は、この私にも与えられていることを信じ、まことの平安のうちに、これからの日々を歩んで行きましょう。
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2012/07/29(日) 10:30:00| 未分類| トラックバック(-) コメント(-)
「大水も風も鎮めるお方」(マルコ4:35-41)
マルコ4:35-41、2012・07・22、聖霊降臨後第8主日(典礼色―緑―)、ヨブ記38:1-11、コリントの信徒への手紙二7:1-16

マルコによる福音書4:35-41
 その日の夕方になって、イエスは、「向こう岸に渡ろう」と弟子たちに言われた。そこで、弟子たちは群衆を後に残し、イエスを舟に乗せたまま漕ぎ出した。ほかの舟も一緒であった。激しい突風が起こり、舟は波をかぶって、水浸しになるほどであった。しかし、イエスは艫の方で枕をして眠っておられた。弟子たちはイエスを起こして、「先生、わたしたちがおぼれてもかまわないのですか」と言った。イエスは起き上がって、風を叱り、湖に、「黙れ。静まれ」と言われた。すると、風はやみ、すっかり凪になった。イエスは言われた。「なぜ怖がるのか。まだ信じないのか。」弟子たちは非常に恐れて、「いったい、この方はどなたなのだろう。風や湖さえも従うではないか」と互いに言った。


説教「大水も風も鎮めるお方」(マルコ4:35-41)

 本日から、次週にわたって、奇跡物語が、福音として与えられています。今日、与えられています奇跡の出来事は、マタイ福音書にも、ルカ福音書にも、共通して存在しています。
 そして、異説はありますけれども、この3つの福音書、共観福音書と言いますが、その中では、マルコ福音書が一番古いと言われています。
 この3つの福音書を読み比べる時、やはり、本日の出来事についても、マルコ福音書が一番古いという印象が与えられます。
 本日の記事は、先週の福音であった神の国の譬えについてのマルコ4:26-34の続きとして書かれています。
 そして、現代の聖書では、1節ずつ、便宜的に4:35から4:41にまで区分されていますが、いずれの節も、原文を見ますと、その出だしが「そして」という言葉で、書きつづられています。
 「そして、その日も遅くなったので、彼は彼らにお語りになる。『向こう岸に、私たちは行こう』」と4:35節は始まっているのです。「そして」、彼らは彼を連れて乗船し、彼は舟におられたが、他の船どもも、彼と一緒だったとペトロの目撃証言でしょうか、付言されています。
 「そして」風の旋風、ハリケーンのような大風が起こった。「そして」、舟に波どもが打ちつけていた、その結果、舟は水浸しになるほどであった。「そして」、彼は船尾において、枕をして眠っておられた、と続いています。このような生き生きとして描写は、マルコにしか出て来ません。主は、日中の激しい精神的・肉体的労力を要する宣教の働きで非常な疲れを覚えておられたのでしょう。「そして」、彼らは彼を起こして語ります。「先生、私たちが滅びようとしているのに、あなたはそれでも構わないのですが、問題ではないのですか」と、先生に対して、憤りをも示しながら、弟子たちは語るのであります。「そして」彼は起きて、風を叱り、海に言われます。「静まれ、黙れ」と。この、「黙れ」という言葉は「口輪をせよ」といった強い口調の言葉であります。汚れた霊を、人から追い出す時に、使われてもいる言葉であります。
 「そして」、風は弱くなり、湖も、大きな凪になった、無風状態になったのであります。「そして」、彼は彼らにお語りになります。「何で、あなた方は臆病な者たちであるのか。まだ、あなたたちは、信仰を持っていないのか」と今度は、主が彼らを叱責なさるのであります。「そして」、彼らは、非常に畏れを感じて、互いに語っていました。この方は一体だれだろうか、彼が命じると、風も海も従うではないかと。
 主イエスは、大自然をも支配しておられる父なる神に全幅の信頼を置いていたのであります。
 「ふしぎなキリスト教」を出版した橋爪大三郎先生は、この奇跡は父なる神の守りに、ご自身を委ねていた主イエスに、弟子たちは驚き、やがて、ハリケーンのような突風も、時間の経過と共に弱まったのであろうと言われていますが、目撃証人であったペトロは、主イエスの人格、また、神性のなかに、風も、海も従わせることだできる力を見出し、畏敬の念を禁じ得ず、この出来事を伝えたのでありましょう。
 古代中東の人々にとって、海やガリラヤ湖のような大きな湖、大水は、あたかも、闇や死の象徴でありました。
 しかし、主は、それをも治めておられる父なる神に信頼して、ひるみませんでした。
 そして、この大水と大風のときにも、私たちのこの小さな津田沼教会という舟においても、共に導いて下さっています。
 本日の主日の祈りにもありましたように、私たちはしばしば、この世の荒波に飲まれそうになり、不安や恐怖、あるいは、疑いや絶望に捕われ、それらに臆し、心は動転するのでありますが、いかなる時にも、主イエスが、この教会と共にいてくださいます。
 それを信じて、主イエスの宣教へと押し出されていきましょう。

 人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなた方の思いと心とを、キリスト・イエスにあって守るように。
2012/07/22(日) 10:30:00| 未分類| トラックバック(-) コメント(-)
「おのずと大きくなる神の国」(マルコ4:26-34)
マルコ4:26-34、2012・07・15、聖霊降臨後第7主日(典礼色―緑―)、エゼキエル書17:22-24、コリントの信徒への手紙二6:1-18

マルコによる福音書4:26-34
 また、イエスは言われた。「神の国は次のようなものである。人が土に種を蒔いて、夜昼、寝起きしているうちに、種は芽を出して成長するが、どうしてそうなるのか、その人は知らない。土はひとりでに実を結ばせるのであり、まず茎、次に穂、そしてその穂には豊かな実ができる。実が熟すと、早速、鎌を入れる。収穫の時が来たからである。」

 更に、イエスは言われた。「神の国を何にたとえようか。どのようなたとえで示そうか。それは、からし種のようなものである。土に蒔くときには、地上のどんな種よりも小さいが、蒔くと、成長してどんな野菜よりも大きくなり、葉の陰に空の鳥が巣を作れるほど大きな枝を張る。」

 イエスは、人々の聞く力に応じて、このように多くのたとえで御言葉を語られた。たとえを用いずに語ることはなかったが、御自分の弟子たちにはひそかにすべてを説明された。







説教「おのずと大きくなる神の国」(マルコ4:26-34)
 
「おのずと大きくなる神の国」というふうに、本日の説教題をつけておきました。神の国とは、神の支配、あるいは、その支配する領域といった意味であります。主イエスが、ガリラヤで神の国を宣べ伝えて以来、2000年近くが経ちます。それは、この地球に住む人全体が、教会に入れられ、キリスト者になるということではありません。ぼつぼつ、神の支配は、私たちの日常生活の中で、知らないうちに大きくなるのであります。世界には、キリスト教以外にもユダヤ教やイスラム教や仏教や、あるいは、日本では神道等が根付いております。それらのすぐれた宗教を、キリスト教が圧倒し、教会がこの世界の大多数者となるというわけではありません。しかし、神の国、すなわち、神の支配は少しずつ、おのずと、世界にゆきわたっていくというのであります。そのことは、主の宣教と共に既に始まっているのであります。
さて、本日の福音の部分は、3つに別れるのであります。彼は語られておられました。まず、神の国は次のように譬えられる。すなわち、ある人、ある農夫が、種を蒔き、それを土の上に投じる。そして、夜昼、寝たり、起きたりしている間に、彼は知らないが、その種は、芽を出し、成長する。おのずと、その土は、実をもたらし、まず、茎、次に、穂、また次には、穂の中に豊かな穀物をもたらすのであります。で、その実がもたらされたとき、農夫はただちに小鎌を入れる。なぜなら、収穫のときが来たからであると言われるのであります。私たちの努力や熱心によって、この成長がもたらされるのではなく、おのずと、雨風や、日光の力を通して、農夫がどうやってか、その秘密を知らないうちに、神の成長させる力によって、豊かな実がもたらせられるのであります。
私たちは、蒔かれる種、神のみ言葉も、おのずと実を結ぶことを信頼して、宣教に励むのであります。寝たり起きたりする日常生活の中で、蒔かれた神の言葉が結実するのを待つのであり、忍耐が必要なのであります。収穫の時とは、終末の時、すなわち私たちの死のとき、あるいは、人類の最後の審判の時かもしれません。天国と地獄に分けられる時かもしれません。それまで、忍耐強く、ただ、私たちは、み言葉の種を、日常の中で、家庭の中で、地域の中で、あるいは、職場において、精一杯、種蒔きをしていけばよいのであります。収穫の時は、主イエスの宣教において、既に到来しているとも、考えられます。
次に、また、彼は語られていました。主は、神の国を私たちはどのように譬えようか、私たちは、それにどんな譬えを置こうかと言われた後、それは、からし種のようだと言われます。神の国を私たちが何に、あるいはどのように譬えるかは、非常に困難なのであります。主は、その困難を私たちによくよく提示した上で、からし種の成長に譬えられるのであります。からし種は、パレスチナのその当時、最少の種だと信じられていました。実際にはそれよりももっと小さな種があるとも言われます。しかし、主イエスも、あなた方にからし種ほどの信仰があれば、この山に海へと移れといえば、そのとおりになると言われたり、からし種ほどの信仰があなた方にあれば、このいちじくの木に海に植えられよと言えばその通りになると、当時の格言のように使われていたからし種を用いた表現を使われたのであります。からし種の木は成長が速く、すぐ3メートル50センチ以上にもなり、津田沼教会でも生えていて、つい先だって、大きくなりすぎたので、先日、教会員の方にはみ出た部分を切り取っていただきました。その成長の速さには驚かされます。
主は、からし種の木は、蒔かれると、伸びて、野菜の中でも最も大きなものとなり、大きな枝をもたらし、その木陰に空の鳥が巣を張るほどになると言われます。世界の多くの国民が、主イエスの宣教において、主ご自身のもとに、集められることになることを、主は予期しておられたのかもしれません。神の国は、神の支配は主イエスのご到来とその宣教において、外見上は、平凡で取るに足らないささいな現実に思われたかもしれませんが、既に始まっていたのであります。
私たちもからし種ほどの信仰であっても、神の蒔かれたみ言葉に生涯信頼していきたいものであります。家庭でも、社会でも、小さなことに頭を悩まし、神の国、神が支配してくれる領域は、非常に狭いと感じられる弱く、愚かな私たちでありますが、主イエスのこの譬えに、希望を見出して歩んで生きたいものです。
最後に、主は、そのような譬えどもでもって、人々、すなわち群衆の聞く力に応じて彼らにみ言葉を語っておられました。で、譬えなしには、何も語ってはおられなかったのですが、ご自分の弟子たちには、ひそかに、すべてのことを説明なさっていたというのであります。
私たちは、聖書を通して、譬えを聞かされ、主イエスの語られた神の国の譬えの奥義を、一つ一つ詳しく説明されるという特権を与えられています。聖書の解き明かしを通して、主の譬えの真意を、私たちは、教会において、特に主日説教を通して、知らされているのであります。聖書、主の語られた福音を悟り、神の支配を悟って、無理解や憎しみや、無関心を乗り越えて、み言葉に即した、充実した家庭生活、社会生活、そして、信仰生活を送りたいものです。
神の国、神の支配は、人間の側の努力や熱心によって、実現するものではなく、主イエスの宣教の開始と共に、私たちの知らない間に、切迫して広がり、深まっていくものであります。農夫が、平凡な日常生活を送り、夜昼、寝起きする間に、蒔かれた種は、芽を出し、茎をもたらし、穂をもたらし、その穂の中に、豊かな実を結び、すると早速、彼は鎌を入れるのであります。収穫の時が、来たからであります。
また、からし種が、蒔かれる時に、この地上の野菜、草本植物の最も小さな種であっても、どんどん伸びて行き、その枝の木陰に、空の鳥が巣を作ることができるほどに、大きくなるのであります。
私たちは、この神の国の譬えを、主イエスの宣教の始まりと共に、彼のそばにいた弟子たち同様にその真意を見出すことができるのであります。そして、マルコ福音書の記事4:26-34の記事を通して、神の支配が切迫しており、主イエスと共に、それがすでに、始まっていることを知らされています。
ルターは、宗教改革を進めている時に、同志メランヒトンと一緒に、ビールを飲んでいるときにも、神の国は進んでいると言って、み言葉の浸透に信頼していたと言います。
私たちも、宣教のために、できる限りのことをしなければなりませんが、神の国を成長させてくださるのは、神御自身であり、また、天に上げられ、父なる神の右の座についておられる主イエスであり、そこから、送られてくる聖霊という三位一体の神であります。
私たちは、神の国の成長のために、神の宣教に選ばれている土の器に過ぎません。主イエスのなされた神の国の譬えを、主御自身によって明らかにされながら、隣人へ、社会へ、み言葉の種蒔きをする者として、平凡な日常生活において、主イエスに用いられる器とされていきましょう。そして、特に主イエスのみ言葉に励まされて、神の国、神の支配が、おのずと大きくなることを信じて、生かされていきたい者であります。

人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るように。
2012/07/15(日) 10:30:00| 未分類| トラックバック(-) コメント(-)
「サタンを追い出しに来られた主イエス」(マルコ3:20-30)
マルコ3:20-30、2012・07・08、聖霊降臨後第6主日(典礼色―緑―)、創世記3:8-15、コリントの信徒への手紙二5:11-15

マルコによる福音書3:20-30
 イエスが家に帰られると、群衆がまた集まって来て、一同は食事をする暇もないほどであった。身内の人たちはイエスのことを聞いて取り押さえに来た。「あの男は気が変になっている」と言われていたからである。エルサレムから下って来た律法学者たちも、「あの男はベルゼブルに取りつかれている」と言い、また、「悪霊の頭の力で悪霊を追い出している」と言っていた。そこで、イエスは彼らを呼び寄せて、たとえを用いて語られた。「どうして、サタンがサタンを追い出せよう。国が内輪で争えば、その国は成り立たない。家が内輪で争えば、その家は成り立たない。同じように、サタンが内輪もめして争えば、立ち行かず、滅びてしまう。また、まず強い人を縛り上げなければ、だれも、その人の家に押し入って、家財道具を奪い取ることはできない。まず縛ってから、その家を略奪するものだ。はっきり言っておく。人の子らが犯す罪やどんな冒瀆の言葉も、すべて赦される。しかし、聖霊を冒涜する者は永遠に赦されず、永遠に罪の責めを負う。」イエスがこう言われたのは、「彼は汚れた霊に取りつかれている」と人々が言っていたからである。



説教「サタンを追い出しに来られた主イエス」(マルコ3:20-30)
 
私たちは、ガリラヤ宣教における主のみ言葉、あるいは、そのなさったみ業について、このところ、毎週、マルコ福音書から、聞いています。今朝は、先ほどお読みしましたマルコ3:20-30から、ご一緒に考えてみたいと思います。
 本日の部分は、まず、主は家にやって来られた。そして、多くの群衆も一緒にやって来た、それで、彼らは、パンを食べることもできないほどであった、と始まります。そして、「その彼からの者たち」、ここでは身内の者たちと訳されていますが、彼らは聞いたのち、彼を捕まえに出てきたというのであります。
 この最初の部分は、あとの3:30以下に続き、そこでは、イエスの母や兄弟たちがイエスの会いに来たことが、分かります。サンドイッチ形式と呼ばれるマルコのお得意の手法で、イエスの家族のふるまいが、記され、その中間に、ベルゼブル論争と言われる部分が挟まっているのであります。
 3:21では、身内の者たちが、彼は正気でなくなっていると彼らは語っていたからであると記されています。主イエス・キリストは、母や兄弟たちからも、気が変になっていると誤解されたのであります。マルコの筆は、非常に大胆なので、他の共観福音書は遠慮してか、この出来事を記していません。4つの福音書の中で、最も早い時期に書かれたマルコ福音書は、主イエスは神の子ではあるが、同時にいかにも、人間らしい主イエスについて、起こったことを、隠すこともなく、私たちに伝えてくれているのであります。
 私は、20歳過ぎから、キリスト教を求めていましたけれども、その頃のこと、正確には忘れましたが、あるとき、叔母の葬儀があり、焼香をするようにと、言われて戸惑っていたことがあります。仏教を信じていました母も、告別式の司式をする和尚さんを捕まえて、息子を説得してくださいと棺おけを前にして、右往左往していたことを、思い出します。
 その後、大分経って、38歳でようやく牧師になり、病弱になっていた両親を、二度目の結婚しての赴任地、水俣教会に呼びまして、小教理の問答の学びも殆どしないで、洗礼を授けたのであります。
主イエスさえ、家族によって気が変になっていると受け取られた出来事は、大なり小なり、教会員の皆さんも、経験されたことがあるのではないでしょうか。
 さて、エルサレムから下って来た律法学者たちは、主イエスがなさっている目覚しい悪霊追い出しなども見て、あれは、ベルゼブルを持っていて、悪霊、すなわちダイモニオンの長において、悪霊を追い出しているのだと、語っていました。ベルゼブルというのは、よく分からないのですが、パレスチナの神、蝿のバアル、主、あるいは、住居の主といったもので、それが、イエスに取り付いていて、悪霊の長が悪霊を追い出しているのだと言うのであります。
 主は、それに対して、彼らを呼び寄せて、譬えにおいて語っておられたのであります。サタンがサタンを追い出すことが、どうしてできようかと言うのであります。
王国が、王国に対して、分かれていては、その王国は立つことができないし、家が家に対して分かれていては、その家は立つことができないと、言われるのであります。この主のみ言葉は、かつて、アメリカで南北戦争のときに、リンカーンが、国が国に対して争っていては、その国は成り立たないと引用して、早く南北が統一することを訴えたのでした。
 私たちの家庭も、分かれていれば、立つことができません。
 主イエスは、そして、さらに、強い者がいる家には、その者を縛ってからでないと、入っても、その財産を略奪することはできない。縛ってから、その後、彼はその財産を略奪できるだろうと言われました。
 この家にいる強い者とは、サタンでありましょう。そのサタンを縛り、その家の財産、それは、悪霊に取り付かれていた人々のことを指すとも言えましょう。主イエスは、サタン、あるいは、ベルゼブルよりも、はるかに強い方として神の力を受けてお出でになられたのであります。
 主は、最後に言われます。人の子らのどんな罪も、また、冒涜する言葉も赦されよう。しかし、聖霊を、すなわち神の霊を冒涜する者は、永遠に赦しを持たず、永遠にその罪の責めを負うと。すなわち、彼ら、エルサレムから下って来た律法学者たちは、彼は汚れた霊を持っていると語っていたからであると、本日の聖書には記されているのであります。
 サタンを追い出すために、主イエスは父の神のもとから送られてきた方であります。私たちも、聖霊に守られて、常に、主イエスと神から送られる霊である聖霊を汚すことなく、主イエスを通して、サタンの誘惑に打ち勝って歩みたいものです。
 私たちは、しばしば、困惑し、そのときには主の霊である聖霊のことを、忘れがちでありますけれども、主が悪霊を追い出し、それを滅ぼすために、お出でになられたことを、忘れることなく、日常の生活の中で、聖霊によって導きを受け、み心を行う主イエスの弟子として、毎日の生活を送っていきましょう。

人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなた方の心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るように。
 
 

2012/07/08(日) 10:30:00| 未分類| トラックバック(-) コメント(-)
「ガリラヤの春の終り」(マルコ3:1-12)
マルコ3:1-12、2012・07・01、聖霊降臨後第5主日(典礼色―緑―聖餐式)、イザヤ書58:11-14、コリントの信徒への手紙二5:1-10

マルコによる福音書3:1-12
 イエスはまた会堂にお入りになった。そこに片手の萎えた人がいた。人々はイエスを訴えようと思って、安息日にこの人の病気をいやされるかどうか、注目していた。イエスは手の萎えた人に、「真ん中に立ちなさい」と言われた。そして人々にこう言われた。「安息日に律法で許されているのは、善を行うことか、悪を行うことか。命を救うことか、殺すことか。」彼らは黙っていた。そこで、イエスは怒って人々を見回し、彼らのかたくなな心を悲しみながら、その人に、「手を伸ばしなさい」と言われた。伸ばすと、手は元どおりになった。ファリサイ派の人々は出て行き、早速、ヘロデ派の人々と一緒に、どのようにしてイエスを殺そうかと相談し始めた。

 イエスは弟子たちと共に湖の方へと立ち去られた。ガリラヤから来たおびただしい群衆に従った。また、ユダヤ、エルサレム、イドマヤ、ヨルダン川の向こう側、ティルスやシドンの辺りからもおびただしい群衆が、イエスのしておられることを残らず聞いて、そばに集まって来た。そこで、イエスは弟子たちに小舟を用意してほしいと言われた。群衆に押しつぶされないためである。イエスが多くの病人をいやされたので、病気に悩む人たちが皆、イエスに触れようとして、そばに押し寄せたからであった。汚れた霊どもは、イエスを見るとひれ伏して、「あなたは神の子だ」と言って叫んだ。イエスは、自分のことを言いふらさないようにと霊どもを厳しく戒められた。





「ガリラヤの春の終わり」(マルコ3:1-12)

昨日、車を運転しながら、ラジオを聴いていますと、日本人は世界一長寿国になりましたけれども、二人に一人は、癌で亡くなっているとのことでした。本日は、片手のなえた人を、主イエスがおいやしになるというのが、前半の記事であり、2章の初めから論争物語が続いてきましたが、本日のマルコ3:6で一応それが終わる宣言物語であります。
先週は、人の子すなわち、主イエスご自身は、安息日の主でもあるとの宣言の福音が、主日の日課として与えられていました。
それの続きとして、本日の記事は、また、彼は安息日でもって、会堂、シナゴーグへとお入りになる。そして、そこに、片手のなえた人がいたと始まっています。小児麻痺で片手が、麻痺していたのか、あるいは、ある伝説では、この人は石工であったが、何かの事情で、片手がなえてしまった。それで、自分自身で生計を立てることもできなくなり、みすぼらしく、物乞いをしていたとも言われます。
主は、その人に、真ん中へと起き上がりなさいと言います。人々は、主が、この人を癒すかどうか、じっと見つめていたとあります。恐らく、ファリサイ派の者たちを指していたでありましょう。それは、律法違反として、彼を告発するためでありました。安息日には、治療行為、主イエスの癒しがそのようなものであったかどうかは、決めがたいですけれども、安息日には、生命に関わるような場合以外には、治療行為も労働として当時のラビたちの解釈では、禁じられていたのであります。
主は、彼らの心の鈍感さに悲しみながら、怒りをもって、彼らを見回し、彼らに向かって言われるのであります。律法で認められているのは、安息日に良いことをすることか、悪いことをすることか、あるいは、命、魂を救うことか、殺すことかと。この片手のなえた人は、それによって、自分で生活が出来なくなり、その意味では、肉体的のも精神的にも、部分的に死んでいたのであります。
主は、その人に、その手を伸ばしなさいと言われます。そして、その人が手を伸ばすと、そのほうの手は、回復されたのであります。論争物語の最後に、3:6で、ファリサイ派は、出て行き、すぐに、ヘロデ党の者たちと、どうやって、彼を滅ぼそうかと陰謀を、与えていた、相談を凝らしていたというのであります。ガリラヤの春とも言われた、最初期の主イエスの宣教は終わり、3:6でもって、それは、終わり、マルコ福音書のこんなに早い時点から、主イエスは亡き者にされようと相談、謀議が特にエルサレムからのファリサイ派によって凝らされていたのであります。安息日に、私たちも、真の命を主によって回復されたいものであります。
さて、後段の3:7-12は、海に向かって、主とその弟子たちは、退くのであります。ガリラヤから、ユダヤから、エルサレムから、ヨルダンの向こう岸から、また、異教のティロスやシドン辺りからも、大きな大集団が、主イエスのことを聞いて、やって来ます。今のもめているシリアの辺りからも、主イエスの名声を伝え聞いて、押し寄せて来たと聖書は語るのであります。
歴史的には、洗礼者ヨハネの方が当時の実態としては、大きかったとも言われます。しかし、聖書は一貫して、主イエスの優越性を証ししているのであります。
そして、主は弟子たちに、小船を出すように命じ、大群衆に押しつぶされないようにされていたのであります。それは、主が多くの病人を癒していたからであります。そして、彼らは彼に触れようと押し迫ってきていました。汚れた霊どもは、彼に気づいて、あなたは神の子ですと言って叫んでいました。主は、汚れた霊どもに、厳しく命じて、彼のことをあからさまにしないように、言っておられました。神の子であることはまだ、人々に知らされるには、時期尚早であったのであります。なぜなら、十字架と復活の時がまだ、満ちていなかったからであります。そして、主は、ご自分のことを、人の子と好んで自称していました。私たちも本日の片手のなえた人のように、あるいは、遠くから、近くから、やってきた大群衆のように、主イエスによって癒され、真の命を生きる者にされたいと思います。
本日の癒された人々も、やがては、病気や老衰で地上の命は終えたことでしょう。しかし、本日の出来事を知らされている私たちは、真の命、魂を、主イエスによって与えられ、新しい生涯を歩むものとされたいと思います。アーメン。
2012/07/01(日) 10:30:00| 未分類| トラックバック(-) コメント(-)
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