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津田沼教会 牧師のメッセージ
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「新たに生まれること」(ヨハネ3:1-12)
ヨハネ3:1-12、2012・06・03、三位一体主日(典礼色―白―聖餐式)イザヤ書6:1-8、ローマの信徒への手紙8:14-17

ヨハネによる福音書3:1-12
 さて、ファリサイ派に属する、ニコデモという人がいた。ユダヤ人たちの議員であった。ある夜、イエスのもとに来て言った。「ラビ、わたしどもは、あなたが神のもとから来られた教師であることを知っています。神が共におられるのでなければ、あなたのなさるようなしるしを、だれも行うことはできないからです。」イエスは答えて言われた。「はっきり言っておく。人は、新たに生まれなければ、神の国を見ることはできない。」ニコデモは言った。「年をとった者が、どうして生まれることができましょう。もう一度母親の胎内に入って生まれることができるでしょうか。」イエスはお答えになった。「はっきり言っておく。だれでも水と霊とによって生まれなければ、神の国に入ることはできない。肉から生まれたものは肉である。霊から生まれたものは霊である。『あなたがたは新たに生まれなければならない』とあなたに言ったことに、驚いてはならない。風は思いのままに吹く。あなたはその音を聞いても、それがどこから来て、どこへ行くかを知らない。霊から生まれたものも皆そのとおりである。」するとニコデモは、「どうして、そんなことがありえましょうか」と言った。イエスは答えて言われた。「あなたはイスラエルの教師でありながら、こんなことが分からないのか。はっきり言っておく。わたしたちは知っていることを語り、見たことを証ししているのに、あなたがたはわたしたちの証しを受け入れない。わたしが地上のことを話しても信じないとすれば、天上のことを話したところで、どうして信じるだろう。」






説教「新たに生まれること」(ヨハネ3:1-12)

今年の初めに、加賀乙彦さんが、「科学と宗教と死」という小さな本を、集英社新書から出されました。加賀乙彦さんは、精神科医であり、作家であり、そして今は、カトリックの信仰の徒でもあります。門脇神父から、別荘にご夫婦で夏休みに4日間も泊り込んで、キリスト教について、質問をし、疑問が解けて、その年のクリスマスに洗礼を受けられました。ある意味では、本日の福音の、夜、話しにやってきたニコデモと通ずるところがあるように思います。加賀さんは、精神科医であり、死刑や無期懲役になった犯罪者たちから、学び、人間にとっての宗教の大事さを痛感し、ついには、カトリック教会で洗礼を受けるに至ったのであります。
そして、現在は、東日本大震災で日本は、未曾有の危機に瀕していますが、宗教の力によらなければならないとして、がんばろう、日本ではなく、諸外国が応援してくれたように「日本のために祈ろう」と、宗教の力をもっと日本人は見直さなければならないと、主張されているのであります。
 さて、三位一体主日に、私たちは、ヨハネ3:1-12を与えられています。三位一体の神について、特に聖霊の働きについて、共に考えて見たいと思います。ニコデモは、主イエスの大きな働き、しるしをなさっているのを見て、夜に、主イエスのもとに、話に来るのであります。彼は、ファリサイ派の学者で、サンヘドリンの議員でもありました。主に、あなたがなさっているようなわざは、神が共におられなければできないことですと言いました。すると、主イエスは、あなたに、よくよく言っておくが、人は新たに生まれなければ、神の国を見ることはできないと言われるのであります。
ニコデモは、年をとった者が、もう一度、母の胎内に入って生まれなおすことができましょうかと、反論します。この「新たに」というのは、「上から」とも訳せることばで、神から、生まれなければならない。そして、「水と霊とから」、生まれなければ、神の国に入ることはできないと言われます。
風は、自分の欲するところに吹く。あなたはその音をきくが、それがどこからきて、どこへいくかを、知らない、霊から生まれるものも、同じである。霊は欲するところに、生まれるものだが、上から生まれなければ、自由な霊のものになることはできないと、言われるのであります。
私たちは、「水と霊とによって」、ここにいる多くの人が洗礼にあずかっています。そのことが、ニコデモ、ファリサイ派の学者、議員であったニコデモにはこの夜の話では到底分からないのであります。
しかし、主イエスが十字架にかかって死んだとき、没薬などをもって、葬りに来ていますから、後には、主イエスの隠れた弟子になったのでしょう。私たちも、聖霊の風によって、洗礼に与った者として、自由な霊と共に歩むことが大事なのであります。アーメン。

 人知では到底測り知ることのできない神の平安が、あなた方の心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るように。








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2012/06/03(日) 10:30:00| 未分類| トラックバック(-) コメント(-)
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