津田沼教会 牧師のメッセージ
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「私の羊を飼いなさい」(ヨハネ21:15-19)
ヨハネ21:15-19、2012・04・29、復活節第3主日(典礼色―白―)、使徒言行録4:23-33、ヨハネの手紙一3:1-2

ヨハネによる福音書21:15~19
 食事が終わると、イエスはシモン・ペトロに、「ヨハネの子シモン、この人たち以上にわたしを愛しているか」と言われた。ペトロが、「はい、主よ、わたしがあなたを愛していることは、あなたがご存じです」と言うと、イエスは、「わたしの小羊を飼いなさい」と言われた。二度目にイエスは言われた。「ヨハネの子シモン、わたしを愛しているか。」ペトロが、「はい、主よ、わたしがあなたを愛していることは、あなたがご存じです」と言うと、イエスは、「わたしの羊の世話をしなさい」と言われた。三度目にイエスは言われた。「ヨハネの子シモン、私を愛しているか。」ペトロは、イエスが三度目も、「わたしを愛しているか」と言われたので、悲しくなった。そして言った。「主よ、あなたは何もかもご存じです。わたしがあなたを愛していることを、あなたはよく知っておられます。」イエスは言われた。「わたしの羊を飼いなさい。はっきり言っておく。あなたは、若いときは、自分で帯を締めて、行きたいところへ行っていた。しかし、年をとると、両手を伸ばして、他の人に帯を締められ、行きたくないところへ連れて行かれる。」ペトロがどのような死に方で、神の栄光を現すようになるかを示そうとして、イエスはこう言われたのである。このように話してから、ペトロに、「わたしに従いなさい」と言われた。



説教「私の羊を養いなさい」(ヨハネ21:15-19)

本日の福音は、先週の福音に続くヨハネ福音書21:15-19であります。弟子たちがティベリアス湖のほとりで、復活の主によって、食事のもてなしを受けるという部分に続きますが、局面は変わっています。
彼らが食事を取った後、主イエスは、ペトロに問うのであります。ヨハネの子シモン、あなたは、彼ら以上に、私を愛するか。これは、アガパオーという動詞が使ってあります。ペトロは、はい、主よ、私があなたを愛するのはあなたがご存知ですと。これは、フィレオーという動詞が使ってあります。心持ち、慕うといったニュアンスでしょうか。
すると、主は、私の小羊どもを飼いなさいと命じられます。そして、また、ヨハネの子シモンよ、私を愛するかと言われますと、また、ペトロは、はい、私があなたを愛していることはあなたがよくご存知ですといいます。主は、私の羊どもを世話しなさいといいます。
そして、3度目も、ヨハネの子シモンよ、あなたは、私を愛するか、今度は、フィレオーという、ペトロが用いていた言葉で問われます。ペトロは、三度までも、同じことを問われますので、悲しくなって、言います。
はい、主よ、あなたを私が愛していることは、あなたが良くご存知ですと。すると、主は、あなたの羊を飼いなさい、と、原文を見ると、音楽のように、言葉を微妙に変化させながらやり取りを記しているのです。ペトロは、三度、主を否定したことを思い出して悲しくなったのでしょう。
しかし、主は、そのことをじかに、問責することなく、弟子たちの筆頭格としてのペトロの復権を、生前に約束したとおりに、宣言するのであります。そして、よくよくあなたに言っておくが、あなたは、若いときには自分で帯を締めて好きなところへと歩き回っていたが、年老いたときには、両手を差し伸べて、他の人があなたを縛り、あなたの欲しないところへと連れて行くであろうといわれました。
これは、ペトロが神の栄光を表わすその死について預言されたのであると、この聖書の記者、愛された弟子は記しているのであります。伝説によると、ペトロは、ローマで逆し十字架刑によって、殉教したと言われています。
今日の主日の祈りにありますように、わたしたちもまた、ペトロに続いて、自分たちに任せられている羊たちを養い、飼うように、失われた者、傷ついた者を世話し、牧会的に配慮するように復活の主により、ゆだねられています。
牧師も、教会によって養われ、成長させられます。信徒も、牧師によってみ言葉のとき証しを受け、養われます。夏見母子ホームの今は結婚でやめて行かれたた職員の人が、数年前のことでありますが、年賀状に、教会に行くと自分は独りではないことが分かりますと書いてくれていました。そうです。私たちは、しばしば困難から逃げ出したり、へこたれたりしますが、復活の主が、その度ごとに、私たちを立たせてくださり、私の羊を飼いなさいと言われて、今も、励ましてくれているのです。それを、信じて教会につながり続けましょう。アーメン。

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2012/04/29(日) 10:30:00| 未分類| トラックバック(-) コメント(-)
「暗闇で分けた命」(ヨハネ21:1-14)立野泰博牧師
ヨハネ21:1-14、2012・04・22、復活後第2主日(典礼色―白―)使徒言行録4:5-12、ヨハネの手紙一1:1-2:2

ヨハネによる福音書21:1-14
 その後、イエスはティベリアス湖畔で、また弟子たちに御自身を現された。その次第はこうである。シモン・ペトロ、ディディモと呼ばれるトマス、ガリラヤのカナ出身のナタナエル、ゼベダイの子たち、それに、ほかの二人の弟子が一緒にいた。シモン・ペトロが、「わたしは漁に行く」と言うと、彼らは、「わたしたちも一緒に行こう」と言った。彼らは出て行って、舟に乗り込んだ。しかし、その夜は何もとれなかった。既に夜が明けたころ、イエスが岸に立っておられた。だが、弟子たちは、それがイエスだとは分からなかった。イエスが、「子たちよ、何か食べる物があるか」と言われると、彼らは、「ありません」と答えた。イエスは言われた。「舟の右側に網を打ちなさい。そうすればとれるはずだ。」そこで、網を打ってみると、魚があまり多くて、もはや網を引き上げることができなかった。イエスの愛しておられたあの弟子がペトロに、「主だ」と言った。シモン・ペトロは「主だ」と聞くと、裸同然だったので、上着をまとって湖に飛び込んだ。ほかの弟子たちは魚のかかった網を引いて、舟で戻って来た。陸から二百ペキスばかりしか離れていなかったのである。さて、陸に上がってみると、炭火がおこしてあった。その上に魚がのせてあり、パンもあった。イエスが、「今とった魚を何匹か持って来なさい」と言われた。シモン・ペトロが舟に乗り込んで網を陸に引き上げると、百五十三匹もの大きな魚でいっぱいであった。それほど多くとれたのに、網は破れていなかった。イエスは、「さあ、来て、朝の食事をしなさい」と言われた。弟子たちはだれも、「あなたはどなたですか」と問いただそうとはしなかった。主であることを知っていたからである。イエスは来て、パンを取って弟子たちに与えられた。魚も同じようにされた。イエスが死者の中から復活した後、弟子たちに現れたのは、これでもう三度目である。


説教「暗闇で分けた命」(ヨハネ21:1-14)立野泰博牧師

ある雑誌にラオスでドングリを食べた話が書いてありました。その話は次のようなものでした。ある時、山奥の村にでかけていったとき、夕食に単に茹でたドングリがでたそうです。特に美味しい訳でもなかったけれど、いつのまにかなくなっていたというものです。その作家は出来事を振り返り「もともと人間の食とは、そこにあるものを食べるということ」と思ったそうです。
「そこにあるものを食べる」。それを料理して美味しく食べるのが文化ですが。しかし、そこにないものを高いお金を出して食べるということは、本来の「食」の在り方だろうかというような「食」について問いかけている内容でした。
たしかに、食について考えることがたくさんあります。美味しいと思う部分のみを食べ、それ以外は捨ててしまう。賞味期限などというものに惑わされる。本来の食べるということからかなり間違った方向を歩んでいるのかもしれません。子供たちの「食育」ということも言われています。
そこにある物とは、神様がその人に与えた物ということでしょう。その人にあった物を神様は与えられる。与えられたものを、そのままいただくことの難しさを感じます。神様の愛を素直に受けることで、私が生かされるはずなのに素直に受けられないでいるのと同じです。本当には何が大切かを考えなければなりません。
ラオスのドングリの話を読みながら、そこにしかないものだけれど、そこにあってはじめて輝くものもあると思います。本来、神様から与えられている「食」というテーマの中で、いったい私たちはどこに一番の大切なものをおいているでしょうか。「食」は「命」であると私たちは知っています。今日もそこにある命を感謝していただけただろうか。食は命であるということ。その命を復活のイエス様は弟子たちに用意してくださっていたのです。
本日の聖書をみてみましょう。復活されたイエス様が、エルサレムで数度にわたって弟子たちに現れてくださった出来事がかかれています。今日の福音書では、その後ティベリア湖(ガリラヤ湖)での出来事です。
イエス様は復活して弟子たちに姿をみせられたのは、エルサレムでのことでした。その後、弟子たちは故郷のガリラヤに帰っていきました。マルコ福音書では「ガリラヤへ行け」とあります。ヨハネ福音書にはそれがありません。復活のイエス様に出会ったにもかかわらず、すぐに宣教をはじめたわけでなく彼らは元の職業に戻ってしまったのです。神様の計画によってもう一度原点に戻らされたのです。
さて、ペトロをはじめ7人の弟子たちは漁にでていきました。しかしその夜は一匹も魚はとれませんでした。私たちはこの話から、イエス様と弟子たちがはじめて出会った出来事を思い出します。あの「人間をとる漁師にしよう」として召された出来事です。やがて夜明けがやってきます。何もとれず疲労困憊している弟子たちを、イエス様が岸でまっておられました。しかし、不思議なことにそれがイエス様であるとわからなかったと記してあります。イエス様は「子たちよ、何か食べるものがあるか」と聞かれました。「何か食べるものはあるか」とは不思議なことばです。その声からも弟子たちはそれが誰かわかりませんでした。普段の生活に戻ってしまった弟子たちは、復活のイエス様に出会っているにもかかわらずそれがわからない。自分の生活の中にのめりこんでしまい、イエス様との出会いに気がつかなくなっていたのです。私たちの生活も同じようです。毎日、復活のイエス様を感じているわけではありません。生活にまぎれて心が鈍くなっているのかもしれません。
そんな弟子たちにイエス様は舟の右側に網を打つように指示されました。ここが一番大切なところです。具体的な指示を出されたということです。「そこに網をおろせ」ではなく、「左に」でも、「前に」でもなく、「右側におろせ」といわれたのです。弟子たちはその言葉の通りにした。すると大漁の魚が取れたのです。イエス様の言葉を信じ、そのみ言葉に従う。弟子たちが思い出したのは、み言葉でした。その瞬間、岸に立っているお方が「主」だとわかりました。何気ない生活の中で、イエス様の御言葉にふれる瞬間がある。その瞬間が命としての御言葉をいただく時であり、そこにイエス様の存在を感じる時なのです。
イエス様は弟子たちのために岸辺にパンと魚を準備し、炭火を起こしておられました。今とった魚をもってこさせ「さあ、朝の食事をしなさい」といわれました。そして共に食事の席につかれました。弟子たちは何も言いませんでした。言えませんでした。イエス様の御言葉なしには魚はとれなかったし、食事もできなかったのです。復活のイエス様は本当に神様の子であり、そのイエス様が共にいてくださるのです。しかも食事の用意をして待っていてくださった。
十字架の出来事の時、弟子たちはイエス様を裏切り逃げてしまいました。イエス様を見捨てて自分たちを守ったのです。しかし、弟子たちの心は失望、悲しみ、痛み、苦しみにずっと心を切り裂かれていたと思います。だからすぐに宣教にでていく力がなかったのです。失望、苦しみを乗り越えなければならない。自分たちを受け止めなければならない。出来事があまりにも大きかったのです。
イエス様は、そんな弟子たちの苦しみを知りながら責めることはありませんでした。むしろ、食事を用意され、元気を取り戻させ、そして再び弟子として召されたのです。共にいると約束してくださったのです。暗闇にいた弟子たちはイエス様の命、パンを分け合うことで再び立ち上がる希望をえたのです。イエス様が最後に弟子たちに示された食事は、愛によってなされた聖餐式だったのです。イエス様の命を分けた出来事だったのです。
東日本大震災救援活動では多くの被災者の方々との出会いがありました。支援物資を届けたり、泥だしの清掃をしているとよく話しかけてくださいました。その中には津波の時の辛い体験、痛み苦しみを話してくださることもありました。その時にはいっしょに涙を流すことしかできませんでした。「うんうん」と聞きながら、何もできず言葉もなく、牧師である自分の無力さばかり突きつけられていました。そのたびに「いっしょにいてくれてありがとね」という被災者の言葉に慰められていました。そのような活動のなかで出会った「おにぎり」の話を2つさせていただきたいと思います。
津波から2週間頃のことでした。被災者のみなさんは公民館、学校などの避難所におられました。避難所といっても寒い中でブルーシートを敷いての集団ごろ寝状態でした。食べるものもいつ届くかわからない。しかしみなさん黙って耐えておられました。その日は自衛隊の人たちが食料を届けにこられました。わずかなおにぎりでした。一人1個でしょうか。それをわけあって食べます。小さな子供を抱えたお母さんにもおにぎりが配られました。その方は1個とられました。自衛隊の方は2個目を渡そうとされましたがうけとられません。「まだたくさんの人がおられますから」と。そして続けて言われたのです。「私はこの子が残したものを食べます」と。母親の愛は深いと教えられました。残るわけはない。それでもいいといわれたのです。まず子供に。そして共に生きる人々のことを思うことができる。共に苦しんでいるからこそ、愛が生まれるのだと思います。
もう一つの話です。その女性は地震がおこったとき石巻港の魚肉加工工場にいたそうです。大きな津波がくることはすぐにわかったといいます。そこですぐに車にのって家にいる年とったお母さんを助けにいきました。2階で震えておられたお母さんをつれ高台の公民館ににげることができました。しかし、夜の寒さを考え家に毛布、コートなどありったけの暖房できるものをとりに帰ったのです。そこに津波がやってきた。途中まで車で逃げたがあとは車を乗り捨て高台をかけのぼり間一髪で助かったとのことでした。それから地獄だったといいます。流されていく人、叫び声、泣き声、それが耳からはなれないと。助けられなかったことに心を痛めておられます。見捨てたといわれるのです。その苦しみは深いのです。
高台の公民館でも厳しい避難生活だったそうです。なにも食べるものがない。津波がひいた夜中に2階がのこっている家の人は自宅に帰り、食べるものが残っていたらそれをもちよったそうです。水は古い井戸を探し出し、やっと見つけ出して生き延びた。自衛隊がやってくるまでの1週間を毎日コップ1杯の水とお煎餅1枚で過ごしたというのです。その時、リーダーになる男の人の励ましと「俺たちはみんな生き残る。俺が何とかする。だから分け合って食べよう」の一言がどれだけ生きる力を与えてくれたかわからないというのです。
2週間後、やっと親戚の家に身をよせることができたといいます。そのとき、家の人がごはんをたいて「おにぎり」をくださったそうです。ここに命がある。次から次へと涙がながれた。泣きながらおにぎりを食べたのは初めてだったと。あの夜、暗闇で分けたのは命だった。共に分けて食べることは命を頂くことだった。炭火で炊いたごはんの暖かさに、命をいただいたと。
イエス様は私たちと共におられます。私たちに一番必要なものをご存知です。たった1個のおにぎりで、必要なすべてを満たしてくださるのです。そのおにぎりとは、イエス様が与えてくださるいのちの糧です。パンと葡萄酒であり、イエス様のからだと血です。私たちは礼拝のなかでこの命をいただきます。
私たちは暗闇の中にあっても、このパンによって力づけられます。それはイエス様そのものであり、それを共に分ける交わりをもっているからです。この交わりにひとりでも多くの人を招くために弟子たちは派遣されるのです。暗闇の中で分ける命。それはイエス様そのものです。アーメン。





2012/04/22(日) 10:30:01| 未分類| トラックバック(-) コメント(-)
「復活の主を伝えた人々」(マルコ16:9-18)原拓也牧師
マルコ16:9-18、2012・04・15、復活後第1主日(典礼色―白―)使徒言行録3:11-26、ヨハネの手紙一5:1-5

マルコによる福音書16:9-18
 〔イエスは週の初めの日の朝早く、復活して、まずマグダラのマリアに御自身を現された。このマリアは、以前イエスに七つの悪霊を追い出していただいた婦人である。マリアは、イエスと一緒にいた人々が泣き悲しんでいるところへ行って、このことを知らせた。しかし彼らは、イエスが生きておられること、そしてマリアがそのイエスを見たことを聞いても、信じなかった。

 その後、彼らのうちの二人が田舎の方へ歩いて行く途中、イエスが別の姿で御自身を現された。この二人も行って残りの人たちに知らせたが、彼らは二人の言うことも信じなかった。

 その後、十一人が食事をしているとき、イエスが現れ、その不信仰とかたくなな心をおとがめになった。復活されたイエスを見た人々の言うことを、信じなかったからである。それから、イエスは言われた。「全世界へ行って、すべての造られたものに福音を宣べ伝えなさい。信じて洗礼を受ける者は救われるが、信じない者は滅びの宣告を受ける。信じる者には次のようなしるしが伴う。彼らはわたしの名によって悪霊を追い出し、新しい言葉を語る。手で蛇をつかみ、また、毒を飲んでも決して害を受けず、病人に手を置けば治る。」


説教要旨「復活の主を伝えた人々」(マルコ16:9~18)原拓也牧師

 日課のマルコ福音書の個所には〔・・・〕が付けられていて(20節まで)、8節までとは区別されている。これはこの部分が特に主要な写本とされている「シナイ写本」と「ヴァチカン写本」の載っていないためである。

他の福音が復活日の出来事についてある程度詳しく書いているのに、マルコには、何故この個所が無いのか、その理由として、二つのことが考えられている。
1、 この部分が、(腐食などの理由によって)失われてしまった。
2、 何らかの理由(迫害が身近に迫ってきたなど)の為に、書くことが出来なくなった。
 それでは、「何故、これが追記されたのか?」「何故、これほど簡潔に書かれたのか?」結論的に言うと次のように言えるのではないか。
 マルコ福音書の目的は、1章1節にあるように「神の子イエス・キリストの福音」を伝えることである。それ故、16章8節の「婦人たちは・・・逃げ去った。・・・そして、誰にも何も言わなかった。恐ろしかったからである。」で終わったのでは福音にならない。福音を伝えるためには、福音の記事を欠くことは出来ないからである。・・・キリストの生涯は十字架で終わるものではなく、復活をもって終わらねばならない。それが「福音」を伝えることである。・・・パウロが、私が最も大切なこととして伝えたのは・・・十字架の死と復活であった、と言っている通りである。(コリント第一15:2~5)。そして福音は、“死に打ち勝ち、永遠の命を勝ち取られた方、イエス・キリストによる罪の赦しと神の国の約束”を抜きにしては成り立たない。そして理由がどうであれ、キリスト教会はこの日課の部分を含めたこの福音書を「聖書」として来たのである。

マルコによる福音書の日課(16:9~18)
 この部分は他の福音書などと比べると極めて簡潔に記されている。素朴と言うか、ぶっきらぼうと言っても良いほどであるが、著者は“これだけは伝えなければならない”と考えた事を書き遺したのであろう。そのような視点から今日の日課を見てゆきたい。

復活の朝=「まず」:何よりも、第一に。
   七つの悪霊に憑かれていた女マグダラのマリアに。
     重症の病、霊的(人格的)障害を癒された人。=罪の闇が深いほど、十字架の
光は輝きを増す。・・・この経験をした婦人。
   しかし、弟子たちは信じなかった。
    ヘブル 4:2参照
復活の夕べ=二人の無名の弟子たちに、
    キリストを伝える人は、キリストの弟子であれば良いのであって、個人の名前は
   必要とされていない。
   しかし、弟子たちは信じなかった。
  この時主の復活を伝えたのがマグダラのマリアや、無名の弟子ではなくペトロやヨハ 
  ネ或いはトマスであれば、彼らはどう反応したであろうか?
   再び ヘブル 4:2 が強調されなければならない。
「その後」いつの事か (夜?)
食事の席で=イエスはご自分が生きておられる事を明らかにされ、弟子たちの不信仰と頑なな心を咎められた。それは、信じない者にならないで、信じる者になれとの教えであり、その後、全世界に行って、全ての造られたものに福音を伝えよ、とお命じになられた。

主はあえて、罪人、名もなき人、不信の者などを、宣教の業にお召しになる。
「無きに等しいものをあえて選ばれた」(コリント第一1章28節=口語訳)
何故? 彼らが語る福音が彼らのものでなく、イエス・キリストご自身であることが明らかにされるために、であります。
 また、パウロはこうも言います。「主は、わたしの・・・・力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだと言われました。・・・だから、・・・大いに喜んで自分の弱さを誇りましょう。・・・なぜなら、私は弱い時にこそ強いからです」と。

復活の主とキリストの教会
 今日の教会は、社会に向かってクリスマスは語っても復活については殆ど語らないのではないか?愚かなたわごとと思われるのを恐れてでしょうか。弱い者、罪人、無力な人を選ばれた神は、その福音をキリストの教会に委ねていらっしゃる。
 主がエルサレムにお入りになる時、弟子を通してお語りになった「主がお入り用なのです」という言葉は、私たち一人一人に語られているお言葉でもあるのです。
2012/04/15(日) 10:30:00| 未分類| トラックバック(-) コメント(-)
「畏れに満ちた復活」(マルコ16:1-8)
マルコ16:1-8、2012・04・08、復活祭(典礼色―白―聖餐式)イザヤ書25:6-9、コロンとの信徒への手紙一15:21-28

マルコによる福音書16:1-8
 安息日が終わると、マグダラのマリア、ヤコブの母マリア、サロメは、イエスに油を塗りに行くために香料を買った。そして、週の始めの日の朝ごく早く、日が出るとすぐ墓に行った。彼女たちは、「だれが墓の入り口からあの石を転がしてくれるでしょうか」と話し合っていた。ところが、目を上げて見ると、石は既にわきへ転がしてあった。石は非常に大きかったのである。墓の中に入ると、白い長い衣を着た若者が右手に座っているのが見えたので、婦人たちはひどく驚いた。若者は言った。「驚くことはない。あなたがたは十字架につけられたナザレのイエスを捜しているが、あの方は復活なさって、ここにはおられない。御覧なさい。お納めした場所である。さあ、行って、弟子たちとペトロに告げなさい。『あの方は、あなたがたより先にガリラヤへ行かれる。かねて言われたとおり、そこでお目にかかれる』と。」婦人たちは墓を出て逃げ去った。震え上がり、正気を失っていた。そして、だれにも何も言わなかった。恐ろしかったからである。



説教「畏れに満ちた復活」(マルコ16:1-8)

皆さん、主のご復活、イースター、おめでとうございます。桜の花も満開となる新しい季節に入っているこの日、皆さんと共に、主の復活の証人とされていることを、心から喜びたいと思います。
今日、与えられました福音は、マルコによる福音書16:1-8です。主の復活は、弟子たちに現わされました。敵対していた律法学者や祭司たちに、あるいは、ローマ兵などに復活の姿を現されたことは決してないのです。
本日の個所もそうです。安息日の終わったとき、すなわち、土曜日の日没となったとき、マグダラのマリア、ヤコブの母マリアとサロメは、主イエスの遺体に塗るための香料を買い求めました。そして、週の初めの日、すなわち、今で言えば日曜日の朝、非常に早く、太陽が昇ったとき、彼女たちは、墓へと急ぎました。その途中、だれがあの墓の入口をふさいでいる石を転がしてくれるだろうかと彼女たちは互いに話し合っていました。ところが、目を上げてみると、既に、石は転がしてあったのです。マルコは、その石は非常に大きかったからであると記しています。復活の主が動かしたのか、神が転がしたのでありましょう。
彼女たちが墓の中に入りますと、右手に、白くまばゆい長い衣を着た若者が座っていました。彼女たちは恐れました。すると、彼は、実は天使ですが、「恐れさせられるな。あなた方は、あの十字架にかけられたナザレ人、イエスを探しているのだろうが、あの方は起き上がらされたのだ。見よ、ここが、人々が彼を置いた場所である」と言い、「あなた方は、彼の弟子たちとあのペトロのところに行ってこう言いなさい。かつて、主イエスが言われたとおり、イエスは、彼らよりもに、ガリラヤに行かれている。そこで、あなた方は彼にまみゆるであろうと。」
彼女たちは墓から出て逃げ去りました。身震いと正気を失ったことが、彼女たちを捉えていたからだとあります。
そして、彼女たちは誰にも、何も言わなかった。なぜなら、彼女たちは畏れさせられていたからである。
マルコ福音書オリジナルの結末はこの言葉で終わっているのです。彼女たちはまだ、主の復活について悟らず、死人の領域の中に、主イエスを探していたのです。しかし、主イエスは父なる神によって死人の中から起き上がらされ、新しい命を受けて、弟子たちとの、絶えることのない交わりに、今や、新たに生かされているのです。私たちのすべての罪を担い、アダムとエバの堕罪のあと、絶たれていた神と人間との間の罪による破れを、蛇の中に宿ったサタンを、アダムとエバの子孫、末であるマリアから生まれた神の独り子イエスが、蛇の脳天を打ち砕き、ご自分は十字架の死によって、かかとを蛇に砕かれながらも、私たち人類のために、サタンを打ち砕き、神との関係が、アダムとエバの堕罪以降、破れていたのを、十字架の死と復活によって、取り繕い、回復してくださったのです。
今「ふしぎなキリスト教」という橋爪代三郎さんと大澤真幸さんの対談を本にしたものが、反響を呼んでいます。キリスト教とユダヤ教とイスラム教の三大唯一神、1神教と仏教や神道の違いを説いています。ヨーロッパの文化の中にキリスト教が大きな影響を与えたことが、議論されています。私たちは、聖書を与えられて、それを基に信仰生活を送っている者です。私たちが、出会った主イエスと父なる神と、聖霊なる神を、改めて、信じる者とされ、神、また、その独り子イエスとの親しい交わりを、この復活祭の日から改めて与えられながら、歩んでまいりましょう。復活が畏れと尊敬の念に満たされて信じられるように祈りつつ、新しい生を喜びながら歩んで行きましょう。

人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るように。



2012/04/08(日) 10:30:00| 未分類| トラックバック(-) コメント(-)
「誇らぬ姿で来ませる主」(マルコ11:1-11)
マルコ11:1-11、2012・04・01、枝の主日(典礼色―紫―聖餐式)ゼカリヤ書9:9-10、フィリピの信徒への手紙2:6-11

マルコによる福音書11:1-11
 「一行がエルサレムに近づいて、オリーブ山のふもとにあるベトファゲとベタニアにさしかかったとき、イエスは二人の弟子を使いに出そうとして、言われた。「向こうの村へ行きなさい。村に入るとすぐ、まだだれも乗ったことのない子ろばのつないであるのが見つかる。それをほどいて、連れて来なさい。もし、だれかが、『なぜ、そんなことをするのか』と言ったら、『主がお入り用なのです。すぐここにお返しになります』と言いなさい。」二人は、出かけて行くと、表通りの戸口に子ろばのつないであるのを見つけたので、それをほどいた。すると、そこに居合わせたある人々が、「その子ろばをほどいてどうするのか」と言った。二人が、イエスの言われたとおり話すと、許してくれた。二人が子ろばを連れてイエスのところに戻って来て、その上に自分の服をかけると、イエスはそれにお乗りになった。多くの人が自分の服を道に敷き、また、ほかの人々は野原から葉のついた枝を切って来て道に敷いた。そして、前を行く者も後に従う者も叫んだ。
「ホサナ。
主の名によって来られる方に、
祝福があるように。
我らの父ダビデの来るべき国に、
祝福があるように。
いと高きところにホサナ。」
こうして、イエスはエルサレムに着いて、神殿の境内に入り、辺りの様子を見て回った後、もはや夕方になったので、十二人を連れてベタニアへ出て行かれた。




説教「誇らぬ姿で来ませる主」(マルコ11:1-11)

「誇らぬ姿で来ませる主」とは、本日の説教題として、ある讃美歌の節から取ったのであります。イエスは主としてお出でになり、いわゆる地上の王としてお出でになられた方ではなく、むしろ、しもべとして、しかも、十字架の死に至るまで、父なる神のみ旨に従われた方であります。今日の福音書で、オリーブ山に立つと信じられていたメシアが、聖別された神聖な子ろばに乗って、お出でになり、決して栄光の馬に乗ってお出でになったのではないのであります。
主は、十字架におつきになることをご承知で、おののきながらも、み旨のままになりますようにと、独り、決意を固めながら、子ろばにのって、入城なさる。それは、私たちの罪を贖うための、アダムとエバ以来約束されていた、人類の救いのための神さまのご計画の成就のためでありました。主は黙々と、子ろばで入城なさり、人々は、服を投げてその行かれる前に広げ、また、葉の付いた枝を切ってきてしいていったのであります。
「ホサナ、主の名において来られる方に祝福があるように。来たるべき父ダビデの王国に祝福があるように。いと高きところでホサナ」と人々、また、弟子たちは喝采していたのであります。しかし、主は、悲しみの心で、入城されたことでありましょう。
さて、最初に、二人の弟子たちが子ろばを見つけて引いてくるとき、主が言われたとおり、「なぜ、そんなことをするのか」と、聞かれたので、「主がお入用なのです。また、すぐここにお返しになります」と答え、その場にいた者たちは許すのであります。主の言われたとおりにことは運ぶのであります。今日から始まる受難週のために、主は、子ろばで入城なさるのであります。それは、「誇らぬ姿で来ませる主」であります。世の王は支配し、権力を用いて人民の上に君臨するのでありますが、主イエスは、柔和なお方で、あくまでも神のご意志に従われるのであります。それは、私たちの罪のためにであります。主は、入城し、神殿の境内ですべてのものを見回して、時も遅くなったので、ベタニアへと、12人を率いて出て行かれます。マルコのエルサレム入城は、地味な、寡黙な記事であります。人々の喝采もいつしか、消え、受難の1週間が始まるのであります。今週は、木曜日の洗足礼拝と受苦日の礼拝があります。そして、その後、十字架の死から三日目に主はよみがえられるのを、来週の主日、4月8日の復活祭に祝うのであります。十字架と復活によって、私たちの罪は取り除かれ、新しい生活が始まるのであります。主の「誇らぬ姿で来ませる」その出来事を、心にしかと留めて、この1週間を、また、これからの新しい人生をそれぞれ共に歩んでいきましょう。

 人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るように。


2012/04/01(日) 10:30:03| 未分類| トラックバック(-) コメント(-)
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