津田沼教会 牧師のメッセージ
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「種蒔きのたとえ」(マタイ13:1-9)
マタイ13:1-9、2011・07・31、イザヤ書55:10-11、ローマの信徒への手紙8:18-25、聖霊降臨後第7主日(典礼色―緑―)

マタイによる福音書13:1-9
 その日、イエスは家を出て、湖のほとりに座っておられた。すると、大勢の群衆がそばに集まって来たので、イエスは舟に乗って腰を下ろされた。群衆は皆岸辺に立っていた。イエスはたとえを用いて彼らに多くのことを語られた。「種を蒔く人が種蒔きに出て行った。蒔いている間に、ある種は道端に落ち、鳥が来て食べてしまった。ほかの種は、石だらけで土の少ない所に落ち、そこは土が浅いのですぐ芽を出した。しかし、日が上ると焼けて、根がないために枯れてしまった。ほかの種は茨の間に落ち、茨が伸びてそれをふさいでしまった。ところが、ほかの種は、良い土地に落ち、実を結んで、あるものは百倍、あるものは六十倍、あるものは三十倍にもなった。耳のある者は聞きなさい。」




説教「種蒔きのたとえ」(マタイ13:1-9)

今日は7月31日で、明日から8月に入りますが、本日の種蒔きのたとえは、これから始まります猛暑の時期に、また、お盆などを前にして、ふさわしい聖書の個所のように、思われます。マタイ13:1-9について、今一度、状況を思い起こしてみましょう。
主は、かの日において、家から出て行かれて、それは、ペトロの家であったかもしれませんが、そして、海に沿って、ガリラヤの湖のほとりに、座っておられたのであります。
そして、大勢の群衆どもが、集められたので、群衆に押しつぶされないために致し方なく、主は舟に乗り込まれ、そこに腰をかけられたのであります。一方、すべての群衆は、岸に沿って、立っていたのであります。
主は、「多くのことどもを、譬え、パラボレーにおいてお語りになりながら、しゃべっておられた」のであります。この譬えという言葉は、多くの意味を持っています。謎とか、格言とか、比較とかことわざをも意味します。ここでは、天の国、神の支配を譬えておられたのでありましょう。
主は言われます。「見よ、種蒔きが種を蒔きに出て行った。」ところで、当時のパレスチナでは、土地を耕してから種蒔きをする場合と、種蒔きをして後に、土を耕すやり方と両方行われていたようであります。ここでは、いろいろな場所に種どもが、蒔かれていきますので、種蒔きをした後に、土地を耕す方法がより考えやすいかもしれません。まず、「ある種どもは、道に沿って、落ちていったのでありますが、鳥どもがやって来てそれらを全部平らげてしまいました。」
二番目の種どもは、「土の深みを持たない石の多い土地、石地に落ちていった」のであります。そして、すぐに、芽を出しましたが、太陽がのぼると、根を深く持っていないので、枯らされてしまったのであります。
三番目の種どもは、「とげのある植物の中へと落ちていきました。しかし、その茨が上に伸びて、種どもを窒息させてしまいました。」
そして、最後、四番目の一群の種は良い地、「有益な土壌へと落ちていきました。そして、それらは実を与えていて、あるものは、100、あるものは60、また、あるものは、30をもたらしていた」と、主は、譬えで、語られ、最後に、耳のあるものは、聞くが良いとおっしゃられたのであります。
天の国、神の支配は、これを語られている主イエスとともに、やってきています。しかし、神の言葉を受け入れるか否かは、それを受け取る人々によって異なるのであります。全然、実を結ばないどころか、鳥に食い尽くされるものがあり、あるいは、石地で、太陽の熱によって、芽は出したものの枯渇してしまうものがあり、あるいは、茨によって、窒息させられて、実を結ぶに至らなかったものがあり、しかし、有益な良い地に蒔かれたものは、100倍、60倍、30倍の実を与えるということがおこります。私たちは、良い地として、100倍、60倍、30倍と豊な実を結ぶように、なぞめいた譬えで、本日は、示されているのであります。
私たちそれぞれが実を結ぶためには、毎日、み言葉に親しむ、あるいは、み言葉を食べるということが、求められているのであります。暑い夏が始まりますが、お盆など親しい方たちと親しく交わる場合も多いと思います。
そのような中で、神の種、神のみ言葉を、受け入れることができる、心の柔らかさをいつも、保持したいものであります。旅行や雑事で、聖書を読む暇もない時もありましょう。 
しかし、それと同時に、出合うすべての人々に、みことばの種蒔きをする主イエスと同等の栄誉と機会を私たちは与えられていることを、忘れないで、明日から始まる8月の暑い夏を元気に乗り切りたいものであります。まず、私たち自らが、み言葉を受容し、そこから、100倍、60倍、30倍のそれぞれにふさわしい実を結びたいものであります。

人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、キリスト・イエスにあってあなた方の心と思いとを守るように。アーメン。







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2011/07/31(日) 10:30:00| 未分類| トラックバック(-) コメント(-)
「主イエスの招き」(マタイ11:25-30)
マタイ11:25-30、2011・07・24、イザヤ書40:26-31、ローマの信徒への手紙7:1525、聖霊降臨後第6主日(典礼色―緑―)

マタイによる福音書11:25-30
 そのとき、イエスはこう言われた。「天地の主である父よ、あなたをほめたたえます。これらのことを知恵ある者や賢い者には隠して、幼子のような者にお示しになりました。そうです、父よ、これは御心に適うことでした。すべてのことは、父からわたしに任せられています。父のほかに子を知る者はなく、子と子が示そうと思う者のほかには、父を知る者はいません。疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。わたしは柔和で謙遜な者だから、わたしのくびきを負い、わたしに学びなさい。そうすれば、あなたがたは安らぎを得られる。わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからである。」






説教「主イエスの招き」(マタイ11:25-30)

本日、聖霊降臨後第6主日に与えられました福音は、マタイ11:25-30であります。毎週私たちは、福音を聞き、福音から慰めを与えられることは、大きな喜びであります。旧約聖書や使徒書も一緒に読まれますけれども、これらは、ご自分で聖書を通読して読んでいかれることを、お勧めします。ある方は、毎日3時間くらい、聖書に没頭していると言われましたが、何とか工夫してそのような週間を身につけたいものであります。
さて、主は、ある時、悔い改めなかったガリラヤの町々を非難されますけれども、この時(カイロス)に、声を上げ、応えて、言われるのであります。天の主である父よ、あなたをほめたたえます、あるいは、告白しますとも訳せます。これらのことどもを、知恵あるものや、知的なものに隠して、幼児たちのようなものに、啓示なさいましたと。不思議なことですが、幼児たちも、主イエスについてよく話せば、天の父の啓示を悟ることができるのであります。それは、教会付属の幼稚園があるような場所で、働くと実感することができます。私も、小さな、20人ほどから始まって30人位にまで保持できるようになった水俣教会付属の学校法人の幼稚園に関わりまして、つくづくとそう思わされたことでした。
ここでは、幼児とは、主イエスの小さな弟子たちをも意味しているでありましょう。主は、更に、答えて、言われます。息子、子を知る者は、父以外になく、父を知る者は、息子と、息子が啓示を受けるのを望むものだけであると。キリストのみが、父を知り、啓示をあらわすことができるのであります。主は、そうです、このようにして、ご好意はあなたの前に成りましたと感謝の祈りをささげておられるのであります。
そして、マタイにしかない11:28-30が加えられています。これは、シラ書などの旧約知恵文学に出てくる思想であります。すべての者、疲れている者や重荷を負っている者たちは、私に向かってくるが良い。そうすれば、私があなた方を休ませてあげよう。そして、言われます。私のくびきを持ち上げ、共に負いなさい。そして、私から学びなさい。私は、柔和で低い者だからである。そうすれば、あなた方の魂でもって、休みを見出すであろうと言われるのです。なぜなら、私のくびきは負いやすく、軽いからであると、主は言われます。
私たちの信仰は長い時間、いろいろな試練や、病気と闘ったり、信仰の初歩の段階から始まって、少しずつ、主によって、学ばされていきます。ノンクリスチャンであった私は、始めは、主イエスが分からなかった。主イエスでなくても、真理を求めていけば自由が与えられていくと信じていました。それが、病や試練を経て、主イエス以外に自分に休み、安らぎを与えてくださる方は他にだれもいないことを、知らされていったのであります。そして、牧師を目指し、神学校に行き、教会とは、キリストの体であることを知らされ、入学試験当時は、教会とは愛の組織であると思いますなどと答弁していましたが、聖書は、長い神学校生活を通して、教会で読まれる書物であることを知らされていったのであります。
まだ、分からないことが一杯ありますが、信仰の長い旅の後に、さらに、主イエスというお方が私にとって、真のくびきであり、主と共に、車を引く務めを、果たして行かなければならないことを知るでしょう。そのためには、教会に来ることが大切であります。そして、人々をも、それぞれの負わされている課題を共に担ってくださる主イエスの招きへと導いていかなければなりません。与えられている人たちとの出会いを通して、すべて、疲れている人、重荷を負っている者として、本日の主イエスのみ言葉へと証しを立てていくようになりたいものであります。

人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなた方の心と思いとをキリスト・イエスにあって守るように。









2011/07/24(日) 10:30:00| 未分類| トラックバック(-) コメント(-)
「弟子であることの厳しさと報い」(マタイ10:34-42)
マタイ10:34-42、エレミヤ書28:5-9、ローマの信徒への手紙6:15-23、聖霊降臨後第5主日(典礼色―緑―)、2011・07・17

マタイによる福音書10:34-42
 「わたしが来たのは地上に平和をもたらすためだ、と思ってはならない。平和ではなく、剣をもたらすために来たのだ。わたしは敵対させるために来たからである。
 人をその父に、
 娘を母に、
 嫁をしゅうとめに。
こうして、自分の家族の者が敵となる。
わたしよりも父や母を愛する者は、わたしにふさわしくない。わたしよりも息子や娘を愛する者も、わたしにふさわしくない。また、自分の十字架を担ってわたしに従わない者は、わたしにふさわしくない。また、自分の十字架を担ってわたしに従わない者は、わたしにふさわしくない。自分の命を得ようとする者は、それを失い、わたしのために命を失う者は、かえってそれを得るのである。」

 「あなたがたを受け入れる人は、わたしを受け入れ、わたしを受け入れる人は、わたしを遣わされた方を受け入れるのである。預言者を預言者として受け入れる人は、預言者と同じ報いを受け、正しい者を正しい者として受け入れる人は、正しい者と同じ報いを受ける。はっきり言っておく。わたしの弟子だという理由で、この小さな者の一人に、冷たい水一杯でも飲ませてくれる人は、必ずその報いを受ける。」




説教「弟子であることの厳しさと報い」(マタイ10:34-42)
 
特伝が2週間にわたって、続きましたが、再び、主たる福音書としてマタイ福音書に帰って、聖霊降臨後の主日を歩んでまいります。
本日与えられている福音はマタイ10:34-42であります。マタイ10章は5節から、弟子たちの伝道、宣教の困難さ、厳しさを主イエスが予告している部分であります。本日の個所の直前の10:32-33節も自分を、人々の前でわたし、すなわち、主イエスの仲間だと言い表すものは、わたしも、天の父の前でその人を私の仲間であると言い表す。しかし、人々の前でわたしを知らないという者は、わたしも天の父の前でその人を知らないと言うと主は語っておられます。
 今日は、それに続く主のお言葉でありますが、それは、弟子であることの厳しさ、困難さ、苦難などについて、主イエスは予告されているのであります。しかし、それと共に、最後の1節では、これらの小さい者たちの一人に、わたしの弟子の名前へと、冷たい水1杯でも飲ませてくれる者は、はっきり言っておくが、その者の報いを決して失うことはないであろうと、約束されているのであります。
 主イエスの語られたお言葉を思い起こしてみましょう。主は、わたしがこの地に向かって、イスラエルの地に向かって平和を投ずる、もたらすために、来たと、あなた方は思わないように。そうではなく、かえって、剣をもたらすために、来たと言われるのであります。
主は、人類、世界に平和、調和、福祉をもたらすために、来られたのではなかったでしょうか。地には平和がみ心に適う人に、天では神に栄光があるようにと、クリスマスの夜に天使たちは歌ったのではなかったでしょうか。しかし、主イエスがお出でになられた結果は、終末のときの平和ではなく、まずは、現在、主イエスの到来において、この地上に剣をもたらすことになるのであります。
 主は、ミカ書7:6を引用して、語られます。なぜならば、わたしが来たのは、人をその父に対して、娘をその母に対して、嫁をそのしゅうとめに対して分離、対立させるためだからであり、その人の敵はその家の者たちであるからである、と厳しいことを言われます。
 そして、主はわたし以上に、すなわち、わたしを超えて、父や母を大事にするものは、わたしにふさわしくない、相当しない。わたしを超えて、息子や娘を大事にするものも、わたしに相当しない。自分の命を見出そうとした者は、かえって、自分の命を失うであろう。しかし、自分の命を、わたしのために、失ったものは、かえって命、真の自己自身を見出すであろうと言われました。
 他の福音書によれば、自分の命をも憎まないものは、わたしの弟子ではありえないとまで、主は言われています。
私たちは、自分の家庭において、あるいは身内において、その親しさ、近さのゆえに、かえって、言葉と行いと思いにおいて、罪を犯し、夫婦、親子などにおいては、自然の愛着のゆえに、試練と苦難にあっているのが実情ではないでしょうか。
 しかし、主は、そういう近い者たちを、また、自分自身を、主イエスを超えて愛するならば、わたしに相当しないと言われ、自分の十字架を背負って、わたしについて来ない者は、わたしに相当しないと言われるのであります。これらの言葉は、巡回宣教者たちに向かって、主は語られているようにも思われます。しかし、そうではないのであります。
 それを、指し示すのが、10:40-42であります。この最後の部分で、主は、締めくくりの言葉として、以下のように語られています。
 あなた方を、客として受け入れるものは、わたしを受け入れるのであり、わたしを客として受け入れるものは、わたしを遣わした方を受け入れるのである。
 また、預言者を預言者の名前へと客として受け入れるものは、預言者の報いを受け取るであろう。また、正しい人を、正しい人の名前へと受け入れる人は、正しい人の報いを受け取るであろう。そして、はっきり、あなた方に言っておくが、この小さな者たちの一人に、弟子の名前へと、冷たい水一杯でも飲ませてくれるものは、彼の報いを決して失うことはないであろうと言われています。
 わたしは、牧師であり、主イエスの宣教と牧会のために、按手を受けたものであります。しかし、本日の個所は、牧師や宣教者や内陸巡回説教者のような特別な人々に対して、主は、これらのお言葉を語っているわけではなく、すべての信徒、すなわち、すべての弟子たちに向けて本日のお言葉を語っておられるのであります。
 わたしたちの教会、津田沼教会も、経済的な問題や、いろいろな課題を抱えています。しかし、本日のみ言葉によって、すべての教会員が、求道者が、主に従っていくことの厳しさと共に、弟子の名へと、弟子であることのゆえに、冷たい水一杯でも、飲ませてくれる人々にまでも、その報いは決して失われることはない、徒労に終わることはないとの約束を与えられているのであります。
 わたしたちを、水一杯だけでも、もてなしてくれる人にも、その人の報いは失われることがないと言われます。わたしたちを、応援してくれている身内や、親戚、また、友人たちまでもが、その報いに与るというのです。
 専従で宣教に関わる者とされている者も、もう自分は、礼拝や家での祈りでしか、主イエスの弟子として応えられないと思われている方も、同じように確かな、大きな報いが与えられていると言われるのであります。わたしたちは、これらの言葉に力づけられ、励まされて、勇んで1週間の新たな生活へと押し出されていきましょう。

 人知では到底図り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るように。アーメン。
 
2011/07/17(日) 10:30:00| 未分類| トラックバック(-) コメント(-)
「共に生きる」(マタイ25:40)市川一宏学長
マタイ25:40、2011・07・10、聖霊降臨後第4主日(典礼色―緑―)

マタイ25:40
 「はっきり言っておく。わたしの兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、わたしにしてくれたことなのである。」
 

説教「共に生きる」(マタイ25:40)市川一宏先生(ルーテル学院大学長)

 本日、津田沼教会にお招き頂き、講壇奉仕をする光栄を心より感謝いたします。また、先週は賀来先生がお話しなさったとのこと。賀来先生のお話を、様々な方からお聞きして、そのことを後悔しました。なぜなら、先生とは私にとって、数段上の方。及ぶはずがない。でも、気をとりなおして、精一杯お話をさせて頂きたいと思います。

 6月6日、私たち家族は母を天に送りました。
 母の人生は、激動の時を生き抜いた人生であったと思います。母は、瀬戸市で有力なタイル工場の娘として生まれ、何不自由のない生活をしていました。また新宿区四谷に山広タイル店を創業し、母の経営手腕と祖父母の財力により、何十人もの従業員が働く大きな店となりました。お手伝いさんも複数おり、子どもたちの面倒を見てくれていました。
 しかし、経済の変動は容赦なく経営に影響を与え、昭和40年代初頭に連鎖倒産をし、再建した丸三タイルは、約20年を経た後、再度倒産し、資産をすべて失いました。その後、伊豆北側のホテルで、父は夜警の仕事を、母はまかないの仕事をこなし、2人しては働きました。今までの生活は一変しましたが、それは、二人の新しい人生への出発であったと思っています。目に見える贅沢な生活ではなく、ささやかながら、心の絆を大切にして二人で助け合う、心温まる生活を再建したと思っています。
 しかし、1998年に父は脳の病気にかかり、1999年12月、脳梗塞により、意識を失いました。手術をしなければ、数日でなくなるが、手術をすれば20%生存が可能となる。しかし、重大な障害は残ると思うがとの問いかけに、母は迷わず手術を選択しました。そして、1999年12月31日、父と母は、修繕寺にある順天堂大学付属病院で、ICUにおいて、東京から来られた大宮牧師により洗礼を受け、神を知る者となりました。すべてが、備えられた道であったと思います。
 
 今日、レンブラントが描いた絵を表紙にした、『放蕩息子の帰郷』というヘンリ・ナウエンの著書を片岡伸光牧師が翻訳した本を持参しました。
 片岡先生のことを調べてみると、ルーテル学院に身近な方だと知りました。キリスト者学生の交わりを目的とするキリスト者学生会の主事であった時に、神戸ルーテル神学校で学ばれました。また信徒の方の家を使い、西日本福音ルーテル伊丹教会の礎を築かれました。その後、シンガポール日本語キリスト教会(SJCF)の牧師に転任なされました。

 片岡先生が訳された本の中で、ナウエンは、明快に、そして自分に照らし合わせて丁寧に、放蕩息子の譬えを説いています。
 確かに、放蕩息子の行いは、きわめて傲慢な、そして身勝手なものでした。父の財産を、当然のように父が生きている時に分けてもらい、それも父から独立したいがために、できるだけ離れた場で、自由を謳歌したのです。贅沢な品々を買い、名誉や地位もお金で手に入れ、そして誰からも注目されようとして、ひたすらお金をばらまいたと思います。
 とくにナウエンは、放蕩息子の行いを、現代社会にあてはめます。「あなたは、わたしを愛していますか?本当にわたしを愛していますか?」と問い続けるかぎり、自らをこの世の捕らわれの身にする。なぜならこの世界は、「もし・・・なら」という条件をつけるから。
 「もちろん愛しますよ」もし、あなたが美しい姿なら、お金持ちなら、良い支援者がいるなら、名誉があるなら等々、際限がありません。
 しかし、それらの条件をすべて満足させることはできないのです。この世の条件付きの愛に、本当の自分を探し求めているかぎり、この世に「捕らえられた」ままだとナウエンは言います(ナウエン『放蕩息子の帰郷』p.57)

 当然、そのようなお金には限界があります。放蕩息子は、自分の財産を使い果たし、貧困のどん底に落とされました。それだけでなく、さらに災害が追い打ちをかけたのでした。パレスチナの至るところに生育しており、実は豚の飼料、また貧しい人の食物であるいなご豆を食べて空腹をまぎらわしました。放蕩息子は、希望と絶望の対角線に置かれたのでした。

 ナウエンはさらに放蕩息子の姿を浮かび上がらせます。神が住んでおられるところから遠く逃げれば逃げるほど、「あなたを愛している」と呼びかける声は聞こえなくなり、ますますこの世俗の世界に翻弄され、そのパワーゲームに巻き込まれてしまう。そうなると、自分のための安全な家があることに確信を持てなくなる。そして、自分が回りの犠牲にさせられたように感じ、他人の行動や言葉が信頼できなくなる。自分が抱く不信感の正しさを裏づけようと、責任転嫁をし始める。(p.63・64)と、ナウエンは鋭く指摘します。そして、自分自身が放蕩息子であることを、自覚するのです。

 しかし、放蕩息子は、「我にかえって」、本当に大切なものが、心の拠り所が、自分の身近にあったことに気づくのです。まぶしい光の中にあると、人は、その光に目を奪われます。しかし、苦しみの中にあって、初めて気づく。ぼろぼろになり、ただひたすら父にしがみつく。レンブラントの絵を見ると、困難な旅をして父のもとにたどり着いた放蕩息子の靴には、底はなく、素足が見えている。着ている物はぼろぼろです。

 その息子を父は受け止めてくれる。放蕩息子が富を手にしていた時にはわからない本当のものを見つけた時、自身が本当の輝きを放つのです。辛い時に本当のものが見え、明日が開かれてくる。まさにこれは逆転の発想です。

 この本に関わる3人に共通点があります。
 著者のナウエンは、カトリック司祭として、また神学者としての日々の葛藤の中で、放蕩息子の確信にたどり着きました。またレンブラントは、対照的な2つの絵を描いています。「一つは、売春宿にいる血気盛んな自分を描いたときの豪華な衣服を着た自画像。もう一つは、放蕩息子の帰郷に描かれた、やつれた体を覆うボロボロの上着と、長旅で擦り切れ、使い物にならなくなったサンダルを身に着けているだけ」の放蕩息子になぞられた自分と。
 そして翻訳者の片岡先生は、ガンを患い、闘病生活をおくるその病床で、この本を翻訳されたのでした。病気が悪化し、時間と戦いながら、『放蕩息子の帰郷』の翻訳を続けられていたのです。まさに、「支え続けてくださる方」を皆さんにお伝えするために。

 私は、放蕩息子の譬えの奥にある御言葉は、「はっきり言っておく。私の兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、私にしてくれたのである」(マタイ25章40節)という私たちへのメッセージであると思います。このことは、午後の講演において、より具体的にお話をします。

 今日、最初に母のことをお話しました。見える富を失った後の母の生き方は、衰えの中にあっても、人のために生きた人生であったと思います。人生の山の頂きに向かって、歩む姿に、神の愛の光が見える気がしています。母の生き方から、「過去の事実は変わらなくとも、過去の意味が変わっていく感動を、神はたえず私たちに与えてくださっている」と思うのです。

放蕩息子は私です。だからこそ、支え続けてくださる方がおられることに、心から感謝し、明日に向かって歩んでいくことができる。そして、支え続けてくださる方の愛を知っているからこそ、それぞれの方の人生に、私たちが一緒に歩んでいくことができる。それが「共に生きる」ということだと、私は思っています。

 これからも、神の最も小さい者の一人と歩んでいくルーテル学院大学でありつづけていきたいと思います。アーメン。
2011/07/10(日) 10:30:00| 未分類| トラックバック(-) コメント(-)
「信仰において譲らず、愛において譲る」(ガラテヤ2:1~8)賀来周一牧師
説教「信仰において譲らず、愛において譲る」
(ガラテヤの信徒への手紙2:1-8)
賀来周一牧師
 
 大切な主日の講壇をお預かりし、ご一緒にみ言葉の分かち合いができることを心から感謝申し上げます。この日に当たり、説教の題を「信仰において譲らず、愛において譲る」としました。この言葉は宗教改革者ルターの著作「ガラテヤ書大講解」に出て来る言葉です。
 最近、東日本大震災を契機に宗教間協力が求められる風潮が生まれて来ました。仙台、あるいは東京の斎場で、神職と僧侶と牧師が呼ばれて、荼毘に付すに際し、祝詞をあげる、読経をする、祈りをささげるなどのことが行われているのです。
 私の所属するキリスト教カウンセリングセンターでも仙台キリスト教連合会と仙台仏教連合会から、斎場に詰めることや電話での相談を受けることを求められています。
 こうした風潮をめぐって、宗教間協力はいいことだという人もあれば、中に自分はキリスト教徒だから、他の宗教の人とは協力できないという人もいます。
私は牧師ですから、牧会面でそうした他宗教にかかわる慣習儀礼を巡って、さまざまな問題に遭遇してきました。卑近な例から申し上げますと、仏式の葬儀に出て焼香してよいか、悪いかと訊かれることはよくあります。自分はクリス チャンだが、先祖代々の墓はお寺さんにあるから、お寺さんの墓に入ってもいいのでしょうかという話もあります。自分はクリスチャン、でも相手はノンクリスチャン、だから結婚式は神式でしてもかまわないでしょうかということもあります。
 ある因習の強い地方に住んでおられた方があり、その方が洗礼を受けるにあたって、私に相談をされたことがありました。「自分の住んでいるところは、地縁血縁が非常に濃く、しかも神仏に関わる慣習とか儀礼がひんぱんに行われている。自分の家は村でもよく知られた家柄なので、そういう集まりに参加せざるをえないし、自分が主宰をしなければならないことも多々ある。こういう場合に、自分の信仰の筋を通し、かつ地域社会と上手に折り合いを付けるための信仰的決着の仕方はどうあればよいか」と聞かれたのです。
 そのとき、私が申し上げたのが、今日の言葉で「信仰において譲らず、愛において譲るという言葉がある。自分の信じる信仰生活とは相入れない慣習儀礼の中にあっても、そこにいる人たちは、聖書的に見ればあなたの隣人にちがいない。『隣人は愛するに最もふさわしい存在である』とルターは言う。また彼は『愛は時にはまったく平凡で、時にはまったく異常である』とも言う。言い換えれば、愛とは隣人である相手と置かれた状況によってその形が変わるという意味である。あなたが異なる宗教に基づく慣習儀礼の歯に参加することがあっても、そこにいる人たちはあなたの隣人にちがいない。愛するにふさわしい人たちがそこにいることをまず考えていただきたい」と申しました。
 加えてまた「神仏の行事に参加するとあなたの信仰はだめになるのですか。神仏の行事に参加してだめになるような信仰ならやめたらどうですか」と言ったのです。「いや、そんなことはありません」。「じゃ、洗礼を受けたらどうですか」と申し上げました。その方は「ウーン」とうなっていましたが、結局洗礼を受けて、今も熱心な信仰生活を送っておいです。
 「信仰において譲らず、愛において譲る」という言葉は、ガラテヤの信徒への手紙の第2章1節以下をルターが講解するにあたって、言っている言葉なのです。
  ガラテヤとは現在のトルコの中央部を指しますが、パウロは第二回伝道旅行のときに教会を形成致しました。この地域に住んでいる人たちは、ユダヤ人から見れば異邦人です。したがってガラテヤの信徒たちは多く異邦人でした。このガラテヤの教会にエルサレムからユダヤ的な民族主義に凝り固まった人たちがやってきて、異邦人といえども救われるためにはユダヤ人と同じようにならなければいけない。そのためには、律法に書いてあるように割礼を受けなければならないと主張したのです。ガラテヤの教会の人たちの中には、それを聞いてユダヤ人と同じように割礼を受ける人たちも出て来たのです。そうなると。 割礼をめぐる混乱が生じることになります。そこで、パウロが書いたのがガラテヤの信徒への手紙なのです。
 パウロという人は直系の使徒ではありません、このことはパウロにとっては少々難儀なことでもありましたが、ある意味ではユダヤ的な律法に縛られない自由な信仰のありかたを彼に与える土台でもありました。とくにパウロの信仰に基づく自由な考え方は異邦人伝道にあたって、しばしば問題となった割礼問題に発揮されるに至りました。その自由さは「割礼の有無は問題ではなく、大切なことは新しく創造されることです」(ガラ6章15節)という彼の主張によく表れています。
 割礼は、ユダヤ人にとっては、神との契約を表わす重要な儀式で、ユダヤ人たちにとっては洗礼とでも言うべき意味合いのものでした。したがって、ユダヤ人たちにとって極めて重要なものでしたから、律法に忠実なユダヤ人は異邦人も同じように割礼を受けるべきだと強く主張したのです。しかし、パウロはそれに囚われることなく福音に基づく信仰は自由であると主張したのです。
 彼は自己の信じる信仰にしたがって弟子のテトスには、割礼は受けなくてもいいと言って割礼を受けさせませんでした。テトスはギリシャ人だったからです。ところがテモテには、割礼を受けさせています。テモテの父親はギリシャ人ですが、母親はユダヤ人だったからです。割礼受けようが受けまいが、救いには関係ないのだというパウロの基本的な考え方をよく表す例がここにあります。この自由な考え方をガラテヤの信徒への手紙の中で、パウロは主張しているのです。
 キリスト者の倫理は愛と自由だと言われます。自由というのは、自分に対して自由、他者に対しては愛、これはキリスト者の生き方の規範ですが、これをもっともよく教えるのがガラテヤの信徒への手紙なのです。
 ルターは、パウロのそのような信仰のあり方をガラテヤの信徒への手紙の中に見て、ガラテヤ書大講解(1535年)を書いたのです。
  ルターは、この箇所を解釈し、「愛はどんな小さな事であっても譲歩する」と言い、愛や信仰を擬人化し、「愛は『私はすべてを忍び、すべてのものに譲歩します』と言う。しかし、信仰は『私はだれにも譲歩しません。すべての者、地上の人たち、国民、王、君候、裁判官が私に譲歩するのです』と言う。」と書いています。
 これを更に彼は強く言います。「キリスト者は信仰に関する限り、最も誇り高く最もかたくなで髪の毛一本たりとも譲らない。」これが信仰者だというのです。その上「人は信仰によって神となる」とまで言い切ります。彼はこれをペトロの第二の手紙の1章4節「神の本性にあずかる」から引いていて「神は不変不動であって変わらない。何事も譲らず誰にも譲ることがない。愛によってキリスト者はすべてを譲り、すべてを与える。その点ではキリスト者は人だからである。」と言います。信仰によって神となるとまで言い切っていながら、愛においてはそうではないのです。愛において信仰者は人なのです。人である限り隣人に対しては愛によってすべてを譲り、すべてを耐える。そういう生き方をするのだと言っているのです。このことが「信仰において譲らず、愛において譲る」という言葉に表れているのです。
 我が国のような非キリスト教圏では、異なる宗教の慣例習俗が地域社会の中に根強く入り込んでいます。信仰者として生きるためには、信仰において譲らず愛において譲る生き方はとても大切であると私は思っているのです。
 二人の方の話をしたいと思います。ある大きな半官半民の機関で関東地方の局長がおいででした。この方は大変熱心なクリスチャンでした。その方の事業所では工事用の車両が多数あって、正月になると神式で交通安全祈願祭行うのが恒例になっていました。ご本人はクリスチャンなので違和感を感じられたのでしょう。赴任後しばらくはその集まりに参列されなかったようです。すると部下たちから局長が出ないと示しがつかないので出て下さいと要請があったとのことで、私のところに相談にこられました。「こういう場合どうしたらよいか」と言われるので「出席されたらどうですか」と申しました。「出席して、神主さんのお祓いを受けられて、 聖書の話などなさったらどうですか」。「それはいいですな」と言われまして、その次の年から神主さんのお祓いを受けて、聖書の話をなさったようです。すると運転手さんたちが今まで聞いたことがないと言って喜んだそうです。隣人を愛するという気持ちがそこに広がっていくときには、愛はこれまでのかたちとはちがったあり方を教えます。でも信仰において譲らない、だから聖書の話を出て来るのです。
 もう一人の方のことをお話ししたいと思います。元海軍中将の方であります。終戦後まもない頃、たまたまその方も住まいの裏に宣教師が越して来ました。この宣教師の熱心な伝道の結果、洗礼を受けるに至られました。この方は一族の本家筋に属しておいででしたから、受洗に際し、家族、親類縁者に巻紙に筆で認めた回状を出されたのです。そこには自分が何故洗礼を受けるに至ったかが丁寧に認めてありました。かつ家族を大事に思い、親族を大事に思う気持がそこに溢れていました。その上で家にあった仏壇と神棚を庭で燃して洗礼を受けられたのです。この一族からはクリスチャンがたくさん出ました。牧師もその家族の中から生まれました。
 この二人の方の生き方はまったく正反対のようです。一方の方は神主さんからお祓いを受け、その上で運転手さんたちに聖書の話をされた。もう一人の方は仏壇や神棚を燃された。でも回状を親族一統に回して、温かい気持ちのこもった手紙を書かれた。行為においてはまったく正反対のようですが、よく考えれば「信仰において譲らず、愛において譲る」、その思いのこもったあり方としては共通のものがあります。
 私たちクリスチャンは、日本の社会の中で信仰生活を送ろうとすると目に見えない壁を感じることがあります。日常生活を送る上で、時には自分が偏狭な潔癖主義に思えたり、時にはいいかげんな妥協主義者のように感じたりたりすることもありましょう。とくに異なる宗教地盤に基づく慣習儀礼を持つ地域社会との円滑な関わりを持つためには、自己の信じる信仰を譲ることなく、地域社会の隣人を愛することが重要なあり方となりましょう。それがなければ地域社会に対する証が成立しません。引いては、日本という社会での宣教の証となりません。そのことを考えるとき、「信仰において譲らず、愛において譲る」というルターの言葉にはこれからの日本という社会における宣教のための重要な関わり方を含んでいると思わざるを得ません。
 父なる神さま。私どもが生きている、この社会において、キリスト者としてどのように生きるか、いかに証しを立てるかをみ言葉を通して、あなたは私どもに示してくださいました。どうか、この世に対する証し人としての豊かな生き方ができますように導いてください。主のみ名によってお祈りいたします。

人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安があなたの心と思いとをキリスト・イエスにあって守るように。アーメン。
2011/07/03(日) 10:30:00| 未分類| トラックバック(-) コメント(-)
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