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津田沼教会 牧師のメッセージ
「祝福される生き方」(マタイ5:21-37)
マタイ5:21-37、2011・02・06、顕現節第6主日(典礼色―緑―)申命記30:15-20、コリントの信徒への手紙2:6-13

マタイ5:21--37
「あなたがたも聞いているとおり、昔の人は『殺すな。人を殺した者は裁きを受ける』と命じられている。しかし、わたしは言っておく。兄弟に腹を立てる者はだれでも裁きを受ける。兄弟に『ばか』と言う者は、最高法院に引き渡され、『愚か者』と言う者は、火の地獄に投げ込まれる。だから、あなたが祭壇に供え物を献げようとし、兄弟が自分に反感を持っているのをそこで思い出したなら、その供え物を祭壇の前に置き、まず行って兄弟と仲直りをし、それから帰って来て、供え物を献げなさい。あなたを訴える人と一緒に道を行く場合、途中で早く和解しなさい。さもないと、その人はあなたを裁判官に引き渡し、あなたは牢に投げ込まれるにちがいない。はっきり言っておく。最後の一クァドランスを返すまで、決してそこからでることはできない。」

「あなたがたも聞いているとおり、『姦淫するな』と命じられている。しかし、わたしは言っておく。みだらな思いで他人の妻を見る者はだれでも、既に心の中でその女を犯したのである。もし、右の目があなたをつまずかせるなら、えぐり出して捨ててしまいなさい。体の一部がなくなっても、全身が地獄に投げ込まれない方がましである。もし、右の手があなたをつまづかせるなら、切り取って捨ててしまいなさい。体の一部がなくなっても、全身が地獄に落ちない方がましである。」

 「『妻を離縁する者は、離縁状を渡せ』と命じられている。しかし、わたしは言っておく。不法な結婚でもないのに妻を離縁する者はだれでも、その女に姦通の罪を犯させることになる。離縁された女を妻にする者も、姦通の罪を犯すことになる。」

 「また、あなたがたも聞いているとおり、昔の人は、『偽りの誓いを立てるな。主に対して誓ったことは、必ず果たせ』と命じられている。しかし、わたしは言っておく。一切誓いを立ててはならない。天にかけて誓ってはならない。そこは神の玉座である。地にかけて誓ってはならない。そこは神の足台である。エルサレムにかけて誓ってはならない。そこは大王の都である。また、あなたの頭にかけて誓ってはならない。髪の毛一本すら、あなたは白くも黒くもできないからである。あなたがたは、『然り、然り』『否、否』と言いなさい。それ以上のことは、悪い者から出るのである。」


説教「祝福される生き方」(マタイ5:21-37)
本日は、いわゆる山上の説教に入っていまして、マタイ5:21-37が与えられています。群衆を見ながら、山に登り、そこで、主が弟子たちに語られたお言葉から、成っています。殺すことについて、姦淫について、離婚について、そして、誓いについての主のお言葉であります。
これらの言葉を、もっともっと人生の早い時期に知っていたならばと、重ねて思わされるお言葉ばかりであります。主は、「昔の人にこう言われたことをあなた方は聞いている」と、語り始め、殺してはならない、あるいは、姦淫してはならない、偽って誓ってはならないなどというモーセに与えられた律法に対する反対命題を述べられるのであります。
まず、「あなたは、殺してはならないと言われているのをあなた方は聞いた、あるいは聞いている」と語り始めます。「しかし、」と訳されていますが、もともとは、「で、」あるいは、「さて」という言葉で御自分の教えを弟子たちに語られるのであります。
「で、私は、言うが、兄弟に対して怒ってはならない、その者は、裁きの責めを負うであろう」と言うのです。私たちは、兄弟、夫婦、家庭の中においてすら、怒りやすい者であります。そして、殺すということも怒りから来るのであります。さらに、「あなたの兄弟に対して、馬鹿と言う者は、最高法院における責めを負う、また、脳足らずと言う者は、火のゲーナの責めを負う」と言うのです。また、「神殿にささげ物をするときに、自分に対して、何か根を持っている兄弟を思い起こしたなら、まず、神殿の祭壇の前に、そのささげ物、贈り物を前において、その兄弟のところに行って、仲直りし、和解したうえで、赦してもらった上で、戻って来てささげ物をするがよい。」
「また、訴訟の敵対者、相手方と訴訟に、道において行くときには、速く彼と折り合いをつけるがよい。そうしないと、判事はあなたを下役に渡し、下役は獄にあなたを投げ込む。言っておくが、最後の1クァドランス、最後の一銭まで支払うまで出てくることはできない」と言われるのです。
次に、姦淫についてであります。「あなたは、姦淫をしてはならないと、あなた方は聞いているが、私は言う、他人の妻に対して、性的欲望をもって見る者は、既に、心の中で彼女に対して姦淫したのである」と厳しいことを言われます。そして、「もしあなたの右目が、あなたがつまずかせるなら、えぐり出しなさい。体の一部を失っても、あなたの体全体が、ゲーナ、地獄に投げられない方があなたに益である」と言われます。さらに、「あなたの右手が罪を犯すなら、切り取って捨ててしまいなさい。全身を持ってゲーナへ出て行くよりも、体を一部失って、からだを地獄に出て行かせない方があなたに益である」と言われるです。
それから、離縁、離婚について言われます。「離婚する場合には、離婚証明書を与えさせよと言われているが、不法な結婚でもないのに、姦淫などでないのに離婚するのは、その女を姦通させることであり、その女をめとる者も、姦通の罪を犯すことになる」と言われます。結婚は聖なるものであり、一定の場合にモーセが離縁状を出すのを認めたのは、人々が、すなわちあなた方民が心がかたくななためであると言われ、結婚の神聖を二人は守るべきだと言うのであります。
最後に、誓いについてであります。「偽って誓うなと昔の人に言われているのをあなた方は聞いているが、また、誓いを忠実に果たせと言われているが、天において、地において誓うな、それは神の玉座であり、足台である。エルサレムへと誓うな、それは大王、神の都だからだ、あなたの頭において誓うな、あなたは、あなたの髪の毛を1本でも白くも黒くも出来ないからだ。あなた方の言葉は、はい、はい、いや、いやであれ。それ以上に出るのは、悪からあるいは、悪魔から来るのである」と、主は、律法を成就するために来られた方であることを、示されたのであります。私たちの生活と行いが、十分に真実であるならば、誓う必要もなくなるのであります。
 私たちは、このような主の言葉に従うとき、真に祝福された生き方ができるようになるのであります。祈りましょう。
 天の父なる神さま。今日は、主の山上の説教の一部を与えられ、ありがとうございます。心から、怒りを取り除き、夫婦は、結婚生活を大切にし、また、私たちの生活と言動とが食い違わないとき、あえて、誓いの必要はなくなります。私たちの生活を真実な、誠実なものと、み言葉によって成らせて下さい。教会に集う一人一人が家庭生活を大事にし、また、社会生活においても、真実な言葉を語り、祝福された人生を歩むことができますように。

 人知では到底測り知ることのできない神の平安が、あなた方の心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るように。アーメン。








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2011/02/06(日) 10:30:01| 未分類| トラックバック(-) コメント(-)