FC2ブログ
津田沼教会 牧師のメッセージ
「マリアのエリサベト訪問」(ルカ1:39~45)
ルカ1:39-45、2009・12・20、待降節第4主日(典礼色―紫―)
ミカ書5:1-4a、ヘブライ人への手紙10:5-10

ルカによる福音書1:39~45
 そのころ、マリアは出かけて、急いで山里に向かい、ユダの町に行った。そして、ザカリアの家に入ってエリサベトに挨拶した。マリアの挨拶をエリサベトが聞いたとき、その胎内の子がおどった。エリサベトは聖霊に満たされて、声高らかに言った。「あなたは女の中で祝福された方です。胎内のお子さまも祝福されています。わたしの主のお母さまがわたしのところに来てくださるとは、どういうわけでしょう。あなたの挨拶のお声をわたしが耳にしたとき、胎内の子は喜んでおどりました。主がおっしゃったことは必ず実現すると信じた方は、何と幸いでしょう。」



説教「マリアのエリサベト訪問」(ルカ1:39-45)

本日の福音の記事、ルカ1:39-45は、短いですが、非常な喜びと祝福に満ちた記事であります。先週は、マリアが聖霊による受胎告知を天使ガブリエルから、受けた記事が与えられていました。
本日の記事は、それに続くものであります。それらの日々において、マリアは、急いで、ユダの山里の町へと進んで行ったのであります。ガリラヤのナザレから、100数十キロ離れたユダの丘陵地帯へと、3、4日の旅をしたことでしょう。天使が、あなたの親類のエリサベトも不妊の女と言われていたのにもうその胎児は6か月であると知らせていました。
天使の黙示的な命令とも言える促しに、従順に従って、マリアは、ユダの山里の町へと進んで行ったのであります。主イエスが、やがて、ベツレヘムで生まれるように、マリアとヨセフは、この山里の町、エルサレム近郊の町に住んだことがあったのかもしれません。  
そして、マリアは、ザカリアの家に入り、挨拶をします。これは、単なる儀式的な挨拶ではなく、神の祝福を伝える挨拶であります。すると、エリサベトのおなかの胎児が、喜びにあふれて跳ねたのであります。
医師であったとも伝えられるルカならではの記事であります。医学的にも、母親の感情が、胎児に影響すると言われていますが、しかし、ここでの胎児の喜びは、もっと奇跡的なものであります。救い主であるみ子イエスをみごもったマリアの訪問を、洗礼者ヨハネとなる、半年ばかり早く胎児となったエリサベトのおなかにいる赤ちゃんが喜びはねて、迎えるのであります。
その昔、リベカが、双子の赤ちゃんをみごもって、先に出て来た兄エサウのほうが、弟のヤコブに仕えることになった出来事を思い起こす人もいるでしょう。半年ほど先に生まれる洗礼者ヨハネが、自分は衰え、あの方、主イエスは栄えねばならないと後に言うことになるのであります。
さて、エリサベトは大きな叫び声をあげて言います。女たちの中であなたはだれよりも祝福された方です。そして、あなたの胎の実、お子さまも、祝福されています。そして、見よ、なぜならば、あなたの挨拶の声が私の両耳において成ったとき、私の胎の胎児は、喜びにおいてはねました。私の主のそのお母さまが、私の所に向かってやって来るとは一体どこから成ったのでしょう、どういうわけでしょうと、年老いたエリサベトの方が、うら若い娘であったマリアを、謙虚に、自分の主、メシアの母の訪問として歓迎し、喜び迎えるのであります。そして、主から、彼女に語られた言葉どもは、約束が成就するであろうと信じた方は幸いであると、マリアの信仰をほめたたえるのであります。そこで、本日の福音は終わるのでありますが、このあと、マリアは、高らかに、マリアの賛歌、マグニフィカートを歌うのであります。
年老いたエリサベトが洗礼者ヨハネをみごもり、また、ヨセフの婚約者であったマリアが、聖霊によってみごもる奇跡の出来事によって、メシアがこの世界に誕生することになります。私たちは、この奇跡の出来事を信じ、自らの罪を告白し、主が私たちの罪を取り除いて、永遠の喜びに仕えさせてくださることを、主イエスに心から感謝する者であります。クリスマスの祝いが今、世界中でにぎやかに持たれようとしていますが、私たちの罪を取り除くために、おとめマリアを通して、この世界にお生まれになるお方を、もう一度、心を新たにして迎え入れたいものであります。祈ります。

天の父なる神さま。あなたは、独り子、メシアであり、主であるイエスを、私たちのもとに、超越的な手段で遣わしてくださいました。マリアの信仰と、エリサベトの謙虚なあなたへの従順を、私たちも受け継ぐことができますように。私たちは罪にまみれて生活しておりますが、み子の誕生と、そして十字架の死によって、私たちの罪を赦し、罪から救いだしてください。平凡な、日常茶飯事の中で、家族や知人、隣人に感謝することを覚えさせてください。そして、み子によって祝福されていることを思い起こさせてください。
あなたのみ子のご降誕を祝うにあたって、その心備えをし、また、今年も新たなクリスマスを迎えさせてください。この時も悲しみのうちにある人、悩み苦しんでいる人たちと共にいて、慰め、励ましてください。キリストのみ名によって祈ります。アーメン。

わたしたちの内に働く御力によって、わたしたちが求めたり、思ったりすることすべてを、はるかに超えてかなえることのおできになる方に、教会により、また、キリスト・イエスによって、栄光が世々限りなくありますように、アーメン。



スポンサーサイト
2009/12/20(日) 10:30:00| 未分類| トラックバック(-) コメント(-)