津田沼教会 牧師のメッセージ
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「子ろばに乗って来られる王」(ルカ19:28~40)
ルカ19:28-40、2009・11・29、待降節第一主日(典礼色―紫―)
エレミヤ書33:14-16、テサロニケの信徒への手紙二3:6-13

ルカによる福音書19:28~40
イエスはこのように話してから、先に立って進み、エルサレムに上って行かれた。そして、「オリーブ畑」と呼ばれる山のふもとにあるベトファゲとベタニアに近づいたとき、二人の弟子を使いに出そうとして、言われた。「向こうの村へ行きなさい。そこに入ると、まだだれも乗ったことのない子ろばのつないであるのが見つかる。それをほどいて、引いて来なさい。もし、だれかが、『なぜほどくのか』と尋ねたら、『主がお入り用なのです』と言いなさい。」使いに出された者たちが出かけて行くと、言われたとおりであった。ろばの子をほどいていると、その持ち主たちが、「なぜ、子ろばをほどくのか」と言った。そして、子ろばをイエスのところに引いて来て、その上に自分の服をかけ、イエスをお乗せした。イエスが進んで行かれると、人々は自分の服を道に敷いた。
イエスがオリーブ山の下り坂にさしかかられたとき、弟子の群れはこぞって、自分の見たあらゆる奇跡のことで喜び、声高らかに神を賛美し始めた。
「主の名によって来られる方、王に、
 祝福があるように。
 天には平和、
 いと高きところには栄光。」
すると、ファリサイ派のある人々が、群衆の中からイエスに向かって、「先生、お弟子たちを叱ってください」と言った。イエスはお答えになった。「言っておくが、もしこの人たちが黙れば、石が叫び出す。」


説教「子ろばに乗って来られる王」(ルカ19:28~40)

本日から、アドベント、待降節に入りました。一年の教会暦の始まりであり、11月30日に一番近い日曜日が、待降節第1主日であり、このアドベントは、クリスマス前の約4週間がそれにあたり、今年は12月20日が、待降節第4主日にあたり、その日をクリスマス主日としても、守ります。
そして、この今年度の教会暦の新しい一年間は、ルカによる福音書が主たる福音書となります。そして、この一年の教会暦の初めに、与えられます福音は、エルサレム入城と言われる部分であります。ルカ19:28-40が与えられています。毎年、共観福音書と呼ばれますマタイ、マルコ、そして、ルカの福音書の中から、この出来事が読まれます。ヨハネによる福音書にも、それにあたる記事があります。非常に大切な出来事として、4つの福音書に記されており、アドベントの第1主日と、復活祭前の枝の主日、受難週の初めの主日にもここが、再び読まれるのであります。ルーテル教会では、ことのほか、このエルサレム入城と呼ばれている出来事が、大切にされ、一年に二度も読まれるのであります。
本日の主日の祈りでは、主よ、力を奮って来て下さい、そして罪の危険から、私たちを救ってくださいと祈られています。私たちの罪のために十字架に向かわれる受難週に入るときにここが再び読まれる意味合いとは違って、再臨、第2のアドベントへの期待が、第1のアドベント、クリスマスの出来事と共に思い起こされるように、この個所が教会暦の初めに与えられているのであります。
ルカ福音書は、他の福音書、特に、マタイ、マルコと比較してみますと、微妙に、付加、あるいは省略されています。本日のルカ19:28-40について、内容をご一緒にしばらく考えてみましょう。
そして、これらのことを言われた後に、彼は、先頭に立って、エルサレムへと上りながら、進んでおられたと、本日の記事は始まっています。それは、ムナの譬え話のことであります。ある人が、王の位を受けるために、10人のしもべに、1ムナ、すなわち100ドラクメずつ与えて旅に出たのであります。ところが、国民は彼を憎んでいたので、彼のところに王になってほしくないと使者を送って言わせたのであります。さて、彼は王の位を受けて、戻って来て、1ムナずつ与えておいたしもべを呼びだして、10ムナを稼いだ者、5ムナを稼いだ者と袋の中に隠しておいて、1ムナをそのまま見せた者に対して、その主人が、叱り、10ムナ既に稼いでいた者に渡したということを、主は譬えで話されたのであります。彼が王として帰って来ることを欲しなかった国民とは、主イエスが王として来られるのを拒んだエルサレムの指導者たちを表しているのであります。
この譬え話をなさったあと、主は、エルサレムへと上られ、先頭に立って進んで行かれるのであります。この「進む」という言葉は、死に向かって進むという意味も含んでいる「ポーレウオー」という単語であります。
そして、起こったことには、主は、ベトファゲへと、そして、ベタニアへと、オリーブの園と呼ばれる山に向かって、近づいたとき、こうお語りになりながら、弟子のうちの二人を遣わしたのであります。「向こうの村へ出て行きなさい。そうすると、まだだれも乗ったことのない子ろばがつながれているのを、あなたがたは見出すであろう。それを解いて、連れて来なさい。もし誰かがあなたがたに尋ねたとする。すなわち、『何であなたがたは、解くのか』と。そのときには、あなたがたはこのように言いなさい。『彼の主が、必要を持っている』と。」
そして、彼らが出ていくと、ちょうど彼が彼らに言われた通りに彼らは見出した。彼らがその子ろばを解いていると、その主人たちが、「何であなたがたはほどくのか」と彼らに向かって言います。彼らは言います。「彼の主が必要を持っているのです」と。そして彼らは、それをイエスに向かって連れてきます。そして、彼らの上着をその上に広げ、彼らはかのイエスをお乗せしたのです。彼が進んで行かれるとき、人々はその道に彼らの服を敷いたのであります。そして、既に彼が、オリーブ山の下り坂に向かって、近づいたとき、大勢の弟子たちはこぞって、喜びながら、彼らが見た彼の奇跡のことで大声で、神をほめたたえ始めたのであります。
彼らはこう語りました。「来られている方は祝福されますように、主の名における王は。天には平和が、また、栄光がいと高き所にあるように」と。主イエスがお生まれになったときは、「地には平和が、いと高きところでは栄光が」と天使たちは歌いましたが、ここでは、「天において平和」がと弟子たちは語るのであります。主は拒まれる王として来られたのであります。群衆の中から、ファリサイ派の者たちが、彼に向って言います。「先生、あなたの弟子たちを咎めてください」と。すると、主は言われました。「この者たちが黙れば、石どもが叫び出すであろう」と。これは、ハバクク書2:11の言葉に基づいているでしょう。「まことに、石は石垣から叫び、梁は建物からそれに答えている。」これは、イスラエル、あるいは、エルサレムの裁きについての託宣の言葉であります。エルサレムとその邪悪な祭司たちの降参、降伏についての預言として考えられる言葉であります。本日の福音は、この言葉で終っています。
ここの記事は、エルサレム入城とよく言われますが、本日の記事自体は、エルサレムに入る前で終っています。そして、主は、勝利者として、お出でになられたのではなく、エルサレムの指導者たちによって、拒まれる王として、お出でになられたのであります。しかし、以前には、主イエスのメシアとしての本質は、隠され、明らかにされることを禁じられていましたが、ここでは、それは、拒まれる王として、今や明らかにされているのであります。
主イエスは、再び、再臨の時には、子ろばに乗って来られる王としてお出でになられ、その時にこそは、人々を選り分ける方として、力を奮って来て下さるでありましょう。私たちは、クリスマスをも待ち望みつつ、罪の危険から救って下さる主が来て下さることを願い求めましょう。
一言祈ります。天の父なる神さま。私たちが、罪の危険から守られ、あなたが再びお出でになるときに、1ムナで10ムナを稼ぐ僕として、主のみ業に励む者として、見出されますように。このアドベントの時期を皆が慎ましく過ごさせて下さい。アーメン。

わたしたちの神は、御自分の栄光の富に応じて、キリスト・イエスによって、あなたがたに必要なものをすべて満たしてくださいます。
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2009/11/29(日) 10:30:00| 未分類| トラックバック(-) コメント(-)
「地の塩、世の光」(マタイ5:13~16)徳善義和牧師
マタイ5:13-16、2009・11・22、聖霊降臨後最終主日(典礼色―緑―)
ダニエル書7:9-10、ヘブライ人への手紙13:20-21、マルコ13:24-31

マタイによる福音書5:13~16
 「あなたがたは地の塩である。だが、塩に塩気がなくなれば、その塩は何によって塩味が付けられよう。もはや、何の役にも立たず、外に投げ捨てられ、人々に踏みつけられるだけである。あなたがたは世の光である。山の上にある町は、隠れることができない。
また、ともし火をともして升の下に置く者はいない。燭台の上に置く。そうすれば、家の中のものすべてを照らすのである。そのように、あなたがたの光を人々の前に輝かしなさい。人々が、あなたがたの立派な行いを見て、あなたがたの天の父をあがめるようになるためである。」


説教「地の塩、世の光」徳善義和先生
 
 中山の地で伝道を始めて60年、大変決まりのいい教会です、この教会は。津田沼に移って20年、献堂して10年とうかがいました。私は、中山の最初のころは殆ど知らない。あの村井幼稚園でやっていた頃には、伺ったことが、大学生の時代も神学生の時代もなかった。福山先生の時代に、中山教会に伺ったのは、福山先生が引退なさって、いよいよ牧師館から引っ越しをなさる時に、「徳善君、君がほしい本があったらあげるから、私のところに一度本を見に来なさい」と声をかけて下さったので、福山先生の所なら、きっといい本があるだろうと思って、お伺いをしたのが1回きりでした。今でも、私の書斎の大部分は、三鷹のルター研究所に置いたままですけれども、先生からいただいたルター関係の本が何冊か残っています。
 一番忘れられないのは、テオドシウス・ハルナックという人の書いた「ルターの神学」というドイツ語の本を2冊頂いて帰った。その他に、後になって思えば、福山先生のところなんだから、日本キリスト教史、そして日本のルーテル教会の資料を頂いておくと良かったんだろうなと、気がしましたが、それは後の祭りです。先生は、おそらくいろいろな方に声をかけて、来て、いい本があったら持っていきなさいとおっしゃったに違いないのですが、最後になって、古本屋さんを呼んで来ていくらで引きとってくれるかねと聞いたら、二束三文になったそうで、めぼしい本は皆、後輩たちにあげてしまって、本屋さんが見ても売れないような本が残っていた。今でも、何人かの後輩たちが、先生の本を持っていると思います。使徒言行録を一生懸命研究なさった先生で、そのあたりのコンメンタリーなどは、いろいろあったに違いないだろうと思います。
 中山教会に実際、私が、つながりをもつようになったのは、松原先生の頃でした。森優先生―当時は聖文社におられましたがー私たち、日曜日を都合をつければ、伺うことが出来る身分、働きをしていましたので、松原先生は、私たち二人を交互に呼んでみたり、時には二人一緒に呼んでみたり、二人に続けて説教させてみたりというようないろいろな企画をしてくださいましたので、随分しばしば中山教会に伺いましたから、とうとう、松原先生に教えていただいて、中山の駅を下りてから、ぐるっと回って教会にたどりつくあの道ではなくて、空地みたいなところを通って、階段を上がったような抜け道で教会をまっすぐ、直行できる道を教えていただいたりして、なかなか思い出のあるお手伝いをさせていただきました。
 津田沼に移って、ここでプレハブで、宣教師館を改修した牧師館で、過ごしていた松原先生たちの時、そして、その後の先生、そして、献堂式は、たぶん私は、来たんだと思う、正確な記憶はないが、確か、松原先生と並んで、先生は病気の後で、先生は弱っていたが、大阪から出て来られて、座っていた記憶がある。この献堂の喜びを共に分かち合った記憶がある。ご存じの方もいらっしゃるかと思いますが、この礼拝堂、つまり、牧師館を含めてそのコンパウンドですね、この設計をしたのは、西村さんですけれど、東京教会と一緒に、相次いで設計をなさった方で、ルーテル教会の中にこの方の設計した教会堂が随分増えている。南は九州から、東海地方、静岡に建築事務所を持っておられる、そして、東京も都南教会、東京教会、津田沼教会、まだいくつかあるだろうと思います。この方とは、私は、教会建築とは何であるかということを、私は神学的な角度から、西村さんは建築家として、指導していただいた方が、同じ方なものですから、考え方が割と共通していて、意見を交換をしたりすることが多くて、津田沼教会のことが二度にわたって信徒の共に、載りましたかね。西村さんは、わざわざ原稿と雑誌に載る写真を私のところにメールで送って来て、読んで下さいというようなことをしているわけでして、この教会の半分くらいのところを、私は同行してきたのかなという気がしています。
 出来たときから、ちょうど、教会からすれば、具合悪く、坂がすうっと下りて行ってしまうものですから、石垣があってその上に教会があるので、目につかない。考えてみればその頃から、私の眼は悪くなりかけていたのですが、元気なころは津田沼の駅から、一所懸命歩いてきた。崖の上の教会を見過ごして、向こうへ歩いて行ってしまったことがあったりした。そんな経験もあり、何かここに看板がほしいなと思った。
 いよいよ、看板ができますという話を伺って、あの石垣のところにできるんだなと、思っていたら、古橋さんから、メールのやり取りをここのところしておりましたら、案内状に載っている写真を見たら、看板は上の方にある。ああそうだ、石垣は教会の財産ではない。公共のところにそう簡単に教会の看板は立てられないんだなあということに、気づいたのですが、看板が出来て、そして、外に向かってあるサイン・信号を発することができるというようになったのは、とても良いことだと思います。
 外に向かって信号を発するということは、私たち自身が、この会堂に看板を立てたことによって、内に向かって、教会自身に向かって教会員一人一人の心の内側で、ある信号をキャッチしなければならないということを意味しているのだろうと思います。看板ができたということを特別に礼拝の中で覚えて、今日という主日の礼拝の主題にしようと思った渡辺先生をはじめ役員の方々、とりわけ、看板のことを責任を持って担ってこられた方たちの信仰的な思いが、そこに込められているだろうなと思いました。
 早くに、もう10月の始めくらいに、渡辺先生、そして古橋さんから電話やメールを頂いて、私はそのことを知って、思いを巡らそうとしてすぐに思い浮かんだのは、今日、私自身がお読みしたマタイのこの「地の塩、世の光」、山上の説教の中の一節でした。
 教会がここに建っている、―どこでもそうなのですが―どの町でもどの村でも、教会堂がそこに建っているときに、教会はどのようなものとしてそこに建っているか。これを、およそ世界全体と聖書が言うとき、世界を超えた意味合いがもう少しある、この世、神ならざるこの世の中のー自然界ではないー権力が渦巻き、金が横行し、そして人間の暗闇が支配するようなこの世の中に、そもそも教会がある。そして、具体的に、この町、あの町に教会があるということは一体何を意味しているか。そのことを一緒に考えてみようと思うのです。
 それは、皆さんも、看板を新しいうちは、特に見上げて教会堂に入っていらっしゃるとおもいます。これがだんだん、津田沼教会の顔の一つになってしまえば、あまり気にも留めなくなっても、そのことだけは心に留めておかなければならないことがあると思って、この聖句を皆さん方と分かち合いながら、この主日、「地の塩、世の光」として、私たちは看板を掲げました。それは、私たちが私たちの心のうちで、この信仰の思いを深くすることです。私たちは、日本福音ルーテル津田沼教会としてここで、この地で「地の塩、世の光」の出先機関として、ここに拠点を持って生きるのです。そういう思いを固めるという意味合いがあろうかと思うのです。
 つまり、この世において、キリストの教会であるものは、地の塩、世の光としての働き、役目を負っているということが、具体的に、時と所を限って出現をしているのが各個教会ですから、それぞれの教会はどういう形にしても、自分たちがここにあるぞという印を立てて、それはたいてい教会の屋根にある十字架とか壁につく十字架の印、そういうふうな形でも出て来るのですが、そのことを外に現しながら内に思いを深めて行く。まさに、この世にある教会が、その土地において時代の中で具体化している一つの拠点なここですから、そのことをいつも心に留めておくことが必要だろうと思うのです。
 地の塩、世の光と、イエスさまがおっしゃったときに、決して強大なもの、大きな力を持ったり、塊をもって勝負をして、数で勝負をして、金の高で勝負をして、建物の大きさで勝負をしてというわけではないわけです。
 そのことを始めに、イエスの語録と言われる資料の中にイエスの言葉として、書き留めた人たち、初代教会のあるグループの人たち、それがやがてマタイでこの個所に載って来るのですが、その人たちは、自分が小さな者だ、その小さな者がどういう意味を持ってこの世の中に生きているのかを心の中にかみしめた。おそらく、むしろ、キリスト教がローマ帝国によって承認をされて、やがて、ローマ帝国の裁判所の建築様式、この建築様式で教会堂を建てるようになる。どこでも裁判所というのは、最高裁判所、高等裁判所にしろ、これは石の塊にような大きな、ある種の権力を象徴するような建物ができる。それと同じように、バシリカ様式で帝国に承認されたローマの教会が石造りの大きな建築を建てるようになる時にはむしろ、事はあまりにも目に見える形で起こってしまって、やがてこれを忘れて行ったんではなかろうかと思うのです。
 地の塩は、沢山ないものです。一家に今お米はいろいろな大きさで売っていますが、いちばん小さいのは、大体2キロで売っているようなものです。私の家のような老人夫婦だと2キロでも多くて、おいしくなくなってしまうのですが、2キロで考えてみても、お米と同じ分量の塩を家に持っている人はいないと思います。
 そして、台所の周りを見回してみると、―私はゴキブリ亭主だから、台所によく立つんですが、―使い勝手よくガス台の周りなんかには並べてあるものを見ると、塩などというものはほんの少ししか置いてない。これはまた、年寄りになると、お医者さんに血圧を測りに行くたびに、言われるのですが、昔は、私は4本位の指で掴んで、塩の味をつけるというような野戦料理型の料理を作るのですが、今は、親指と人差し指の間にちょっと摘まんで入れるわけですから、本当に少ない。
 これがないと、しかし、おいしくない。血圧が高くなった石居正巳先生が、お寿司を食べるとき、お醤油をつけない。お醤油つけないと、先生、おいしくないでしょうねと訊いたことがある。うもないな、と言われる。我々、会議室かなんかで食べているときはしょうがないから、先生、それを食べているのですが、「家ではな、かわりに酢つけて食う」と言われるのです。
 でも、この塩がなくなると、今度は人間の体のバランスも崩れる。塩はいろいろな役割をしていますから、昔から、塩が役立ってきたということは、食べることだけではなくて人間の生活のいろいろなところで、塩が働くということがあった。それは本来、そこではほんの小さな分量でその役割を果たす。その小さな分量がなければ、意味を持たない。
 お汁粉にちょっと加える塩などというものはまさにそんな感じです。あれを頭に乗ってスプーンで入れようものなら、これまたお汁粉は、台なしになってしまうということを考えて見ると、物を保存する、味付ける。そして味付ける素材そのものの持っている本当の味を引き出す。わき役に徹すると言ったらいいでしょうか。主役にならない。だけれども、なくてはならない役割をする。
 「世の光」これは、闇を見てみると、漆黒の闇が世を覆うという風景を私たちは都会に住んでいて、見なくなって久しいのですが、しかし、内海先生位に房総半島に出て行けば、今でも漆黒の海原を時には見ることがあろうかと、思いますけれど。その中に一点の光が灯る。銚子の灯台を考えてもいいですね。世の光というものはそういうものですね。漆黒の闇全体の中に一点の光がある。その光が、人を導きもすれば、ここには近づくなという信号も発している。この光を、海原の上を通り過ぎて行くと、少し進路を東寄りに変えると、銚子の犬吠岬からは、船を進めて行くと、やがて東京湾の入り口にさしかかるということを暗示して示している。
 そういうものを、イエスさまは、御覧になって、そして、あなたがたは、イエスの弟子たちは、やがて、弟子たちの宣教によって始まって来る教会はそういうものだと言われる。
 これは、いろいろな状況があると思います。私は、8月の末から9月の初めに10日ほど、何人かの人たちを連れて、「ルターとバッハとの旅」というのをしまして、―3年前に行った時に、もうこれが最後だと思っていたのですが、先生、もう一度最後にと言われて、本当に最後だろうなと思って、旅行をしまして、一緒に行った人もよくわかったと思いますから。私の肘をつかんで道案内をしないと、もう先生と一緒に旅行はできないんだということがよく分かったと思いますからもうこれで、一緒に行きましょうと言わないだろうと思う。
 その折に、一人のドイツ人の引退牧師をお呼びして、修道院のーそこに二泊したのですがー修道院の小礼拝堂で一晩、1時間ほど、旧東ドイツ、壁がなくなって20年、その思いをその婦人牧師、引退牧師に話をしてもらいまして、―「ルターとバッハ」というとみんな歴史のところを歩いて来るのですが、私たちはその牧師の話を聞いて、現代、現実の姿に引き戻された。
中世以来、キリスト教は社会の中心です。宗教改革でもって、そのドイツの北半分は、全部ルーテル教会になるわけです。これまた、社会の中心で信仰を拠り所として、生き方を考えていくということで、教会の名のもとに学校教育も行う、社会福祉も行われる、そういうことをずっとしてきて、そして、ヒットラーの時代の弾圧期から、戦後ほぼ50年近く、共産党政府のもとで、キリスト教がいろいろな形で肩をすぼめるようにして生きる時期が過ぎた。だんだん少数になって教会に来る人は本当に少なくなる、という時代でも、少数の人たちが自分たちの信仰を生き抜いて、そして、いろいろな仕方で、自分たちの信仰をいわば陰に陽に共産主義政府の社会の中で存在を明らかにした。身を張り、体を張った働きをした。
そういうことを経験してきた。その時代のことを話してくれました。そういうときだから、教会でなければできない仕事を、教会活動の他でも、たとえば、重度障害の子供たちの施設を守り抜くという働きをしてきた。
さて、共産主義の政府、壁がなくなって、そして、西ドイツと一緒になって、西ドイツの車もお金も物も全部入る。社会はこの20年、一変した。旧東ドイツという所はどうなったかというと、失業率ほぼ20%に近い失業者です。しかも、若者の中で失業者が多い。
賃金格差、だいたい西ドイツの給与の80%が東ドイツの給与水準です。しかも、人々は西側の豊かな生活にあこがれ続ける。そうならば、いっそのこと、西に移住して、うまい仕事を見つけてうまい暮らしをした方がいいと思っている。
あの時代に、体を張ってでも、教会に来ようと思った人たちは、教会に来なくなった。教会に来る人はどんどん減って行く。そういう時代にどうしたらいいか。その夜の話は、そこで終ってしまったのです。みんな、聞いた私たち30人、しゅうんとしてしまった。部屋に戻りまして、同じところにその方にも泊っていただいていたのですが、翌朝、朝ごはんのときに、その方にあったら、彼女は私に言うのです。私が悲観的に、時間が来たので、私の話を終わったように思うけれども、私はあれで終わりではないから、付け足たせて下さいと言うのです。
後で、バスに乗ってからでいいからと、私は言ったのですが、私はあの後にこういうことが言いたかったのだと伝えて下さいというのです。かつて、教会は社会の中で大きな存在として、いろいろな働きの分野に手を広げた。文化にも貢献した。教育にも、福祉にもあらゆる分野で、活動をしてきた。それを、同じように今、私たちは続けていいのか。もう一度、私たちは、福音のみに帰らなければならないのではないか。こういう時代とこういう社会のただ中だからこそ、語るべきものは福音一つしかないのではないか。一度教会はいろいろな働きをやめてみてはどうだろうか。
そして、福音一筋に徹するとき、教会の新しい進むべき道が見えてくるのではないか。そこに希望があるのではないか。旧東ドイツの中にも、いわゆる福音派の人たちが、熱狂的な活動をしてやっているのです。結構それには人々も集まって行くというのも、つまるところ、人々が求めているものは何かということを示しているのではないかというのです。
手を振って、バスで別れてから、私は、バスの中で、彼女のその付け足しの話を付け加えました。
つまり、社会の中の大きい存在だった教会は、塩としては余るほど、つまり、私たちの台所で言えば、米袋より大きな塩袋のような働きをした。あっちにも、こっちにも塩をまいていた。そうではなくて、教会が地の塩である、世の光であるということは何かということを改めて考えさせる、そういう意味合いを持って来るだろうと思うのです。
地の塩であり、世の光であるという、いろいろな形で解釈の可能な表現をお使いになりながら、イエスさまは、私たちに何を託しておられるかと思うのです。
一つは、教会がここにいるといことは、教会がこの町のために祈るということなのです。東京教会にいらっしゃる方が多いと思いますが、会堂に入る玄関の左側のところに、ゴシックのとんがりアーチのような紋様がひとつ大きな壁面に出来ているのです。これは、西村さんの設計です。初めて設計図を見た時に、私は、西村さん、あなたこんなゴシックのこんなデザイン、こんなところにと言うと、先生、これ、ゴシックではありませんと西村さんは言うのです。お祈りをする時のこの人間の手、デューラーのお祈りの手です、そういえば、人間の手、指が何本か見えて、親指がこうなっています。
あのデザインは、東京教会が大久保の町のために祈っているということを表しているのですと私に説明して下さった。私は、折があって東京教会に行くたびに、そのことを思うのです。教会は、この土地とそこに住む人々のために、祈る。礼拝の中では、教会の祈りというのがあるのです。あれは、教会がこの世のために執り成しの祈りをするのですから。
町の人みんなが、私たちが神さまにお祈りすることはないのですけれども、祈らない町の人に代わって、私たちはその町の人のために祈るか。私は、看板を掲げた津田沼教会が、あの「教会の祈り」をする時に、この津田沼の町、周辺の町々、―何と呼んでもいいのです、習志野の町でもいい、船橋でもいいーその土地のこの町に住む人たちのために祈る。小さい子供たち、老人たち、失業した人たち、そういう人たちを含めて、その人たちのために祈る。この姿勢を、具体的に教会の礼拝の中で持つという決心をしていただいたらどうかと、思います。看板をかけたという意味合いを、どこかで私たちが、具体的にしようと思うと、私たちはみ言葉を聞いて、そしてみ言葉に答えて、感謝と願い事をするというお祈りの中にそれを表すことしかできない。
この礼拝の中で、日曜日ごとに、この津田沼の町に住む一人一人のことを思う。今朝、駅からここにつくまでにすれ違ったりした、その人を考えてもいいし、そういう人のために祈る。それは、きっと、ここに掲げられた看板を内から支える力になるだろうと思います。
今日、聖霊降臨後最終主日の日課として与えられたマルコの13章の最後の1節を、私は心に留めているわけです。正確にその通りには繰り返しませんが、地のものすべては滅びる、しかし、神の言葉は滅びることがない。よく、宗教改革者たちの絵の中に描かれているのは、「神の言葉はとこしえに存続する」と、だいたいラテン語で書かれています。
教会の暦の一年の最後の日に、私たちが思うことは、世のすべてのものは時が来れば、滅びる。しかし、神の言葉は滅びることがない。そのための、神さまの、千年、何万年前からのかりそめのひとときなのですけれども、そのひとときに、この地に、神さまの拠点として、建てられている教会は、この信仰の上に立って、神の言葉は、滅びることがない。この信仰の上に立って、この神の言葉を聞きながら、人々をこの神の言葉へと招きつつ、人々のために、人々に代わって執り成しの祈りを続ける。この姿勢を、この姿勢なしに、あるいは、どんなことをしても、私は、人は企画によっては集まるかも知れませんが、しかし、キリストの教会としての栄えを表すことはないだろうと思います。神の言葉は決して滅びることはない。この信仰の上に、この看板の背後に、私たちはじっと祈りの手を合わせて、この土地とそこに住む人々のために祈る。そのことを深めていかなければならないだろう。それは、皆さん方が少し遠いところから来る方々でも、お家にいれば、向こう三軒両隣、そういう人たちのために祈る思いにもつながっていくことだろうと思います。
私たちの信仰の世界は狭いようにも見えますけれども、地の塩、世の光として祈りを持って、広がっていく。そういう私たちの信仰の広がりを、神の言葉のゆえに持つ広がりを心にかみしめたいと思います。お祈りしましょう。
天の父なる神さま。
この教会を導いて、宣教の開始から今日に至るまで、その働きを祝福してくださいました。今この時に、この地に立つキリストの教会として、集う信仰者一人一人があなたのみ言葉へのひたすらな思いとそのみ言葉によって力づけられ励まされて、この世のため、この土地に住む人のために祈る心を具体的に表すことができますように導いてください。
み言葉をいただく私たちの心を謙虚にし、そのみ言葉をいただいて、私たちの祈りを熱くあなたに向けて、祈ることが出来るように導いてください。感謝をして、主のみ名によって祈ります。アーメン。

 

2009/11/22(日) 10:30:00| 未分類| トラックバック(-) コメント(-)
「神に自己をあけ渡す」(マルコ12:41~44)
マルコ12:41-44、2009・11・15、聖霊降臨後第24主日(典礼色―緑―)
列王記上17:8-16、ヘブライ人への手紙

マルコによる福音書12:41~44
 イエスは賽銭箱の向かいに座って、群衆がそれに金を入れる様子を見ておられた。大勢の金持ちがたくさん入れていた。ところが、一人の貧しいやもめが来て、レプトン銅貨二枚、すなわち一クァドランスを入れた。イエスは、弟子たちを呼び寄せて言われた。「はっきり言っておく。この貧しいやもめは、賽銭箱に入れている人の中で、だれよりもたくさん入れた。皆は有り余る中から入れたが、この人は、乏しい中から自分の持っている物をすべて、生活費を全部入れたからである。


「神に自己をあけ渡す」(マルコ12:41~44)
いよいよ、教会暦の一年も終わりに近づきまして、本日と来週をもって、マルコ福音書と共に歩んだ1年間は終わりとなります。本日の福音は、マルコ12:41-44であります。
主イエスが、エルサレムにおいて十字架におつきになる前のエピソードとして、2レプトンをささげた1人の貧しいやもめの出来事が与えられています。
これは、主がご自分のすべてを父である神にあけ渡すことをも示す象徴的な出来事であります。マルコでは、すぐ本日の日課の前の部分でやもめを食いつぶす律法学者たちを主は批判なさっており、本日の記事のすぐ後では、当時建っていた見事なエルサレム神殿の崩壊が主によって預言されています。
さて、主は、腰かけて後、人々が献金するのを見つめておられました。金持ちたちが沢山なお金をささげていました。そして、そこに、一人のやもめがやって来た後、2レプトン、今でいえば200円くらいにあたるでしょうか、ローマ貨幣1クァドランス、すなわち当時の労働者の1日の賃金1デナリオンの64分の1にあたる最小の銅貨をふたつ、賽銭箱、あるいは寄付金箱・献金箱に入れたのであります。
そのとき、主は、弟子たちを呼び寄せて言われます。「はっきり言っておくが、このやもめは、寄付金箱に入れたすべての他の人よりも多くささげたのである。なぜならば、彼らは有り余る中から入れたが、あのやもめは、自分の持っているすべてのものを、彼女の生活費の全部を入れたからである」と言われたのであります。
この出来事は歴史的事実ではなかったという学者たちがいます。そんなに遠くから、2レプトンを、しかも全生活費を、これは、ビオスという言葉で命全部をとも訳せますが、そんな事情が一瞬にしてわかるわけはないからだというのであります。
しかし、主は、超自然的な、超人的な洞察する能力をも持ち合わせておいでの方であります。そして、マルコは、その事実性よりも、内容に関心を持っているのであります。
彼女は、神の慈しみとご配慮に、全信頼を寄せ、自己をあけ渡したのであります。私たちは、このやもめのような、全部を神にあけ渡す信仰になかなか入っていけません。そして、これは、主ご自身がすぐこの後、十字架にお向かいになる、そういうご自身を知りつつ、「このやもめは、私自身でもある」と弟子たちに暗示されていたのであります。
主は、御自分を送られた父なる神のご意志に完全に従順であられました。父なる神がみ子を十字架におかけになるのに、心から従われ、神のご慈悲とご配慮に、身をゆだねて、十字架に向かわれるのであります。
私たちは、多くのことを思い煩い、完全に父の助けとご配慮に、身をゆだねることが難しゅうございます。しかし、このやもめのように、また、第一の日課で本日読まれましたサレプタのやもめのように、日ごとの糧とお守りを求め願いながら、信仰生活を日々新たに守りたいものであります。
自分の課題を正直にさらけだして、神さまに弱い自分をすっかり、降参して、あけ渡す新しい人生へと向かいたいものであります。アーメン。

人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るように。
2009/11/15(日) 10:30:00| 未分類| トラックバック(-) コメント(-)
「神への愛は行動をもたらす」(マルコ12:28~34)
マルコ12:28-34、2009・11・8、聖霊降臨後第23主日(典礼色―緑―)
申命記6:1-9、ヘブライ人への手紙7:24-28

マルコによる福音書12:28~34
 彼らの議論を聞いていた一人の律法学者が進み出、イエスが立派にお答えになったのを見て、尋ねた。「あらゆる掟のうちで、どれが第一でしょうか。」イエスはお答えになった。「第一の掟は、これである。『イスラエルよ、聞け、わたしたちの神である主は、唯一の主である。心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くし、力を尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。』第二の掟は、これである。『隣人を自分のように愛しなさい。』この二つにまさる掟はほかにない。」律法学者はイエスに言った。「先生、おっしゃるとおりです。『神は唯一である。ほかに神はない』とおっしゃったのは、本当です。そして、『心を尽くし、知恵を尽くし、力を尽くして神を愛し、また隣人を自分のように愛する』ということは、どんな焼き尽くす献げ物やいけにえよりも優れています。」イエスは律法学者が適切な答えをしたのを見て、「あなたは、神の国から遠くない」と言われた。もはや、あえて質問する者はなかった。




「神への愛は行動をもたらす」(マルコ12:28~34)

聖霊降臨後第23主日を迎えました。主たる福音書として、マルコによる福音書をこの教会暦の一年間を読んで来ましたが、あと本日を含めて3回で、マルコ福音書も終わりとなります。
本日の与えられました福音はマルコ12:28-34であります。これは、あるいは、ガリラヤでの宣教のときの出来事を、主の宣教のエルサレムにおける出来事として記してあるのかもしれません。一人の律法学者が、やって来て、イエスが復活についての論争をしておられるのを聞いて、そして、見事にサドカイ派の人々に答えられたのを見てそれを対して、質問するのであります。「聖書、すなわち、旧約聖書の教えの中で、どんな種類のものがすべてのもののうちで、最初のもの・第一の掟、命令なのですか」と聞いたのであります。それに対して、主は言われます。「それはこうである。『聞け、イスラエルよ、私たちの主なる神は一つである、ひとりである。あなたは、あなたの主なる神を、あなたの心の全体から、あなたの魂の全体から、あなたの理解力の全体から、あなたの力の全体から愛するであろう、愛しなさい』。第二はこうである。『あなたのその隣人を自分自身のように愛しなさい。』これらの二つより大きな掟・命令はない」と。それに対して、この律法学者は答えるのであります。「先生、あなたは見事に、真実の上に言われました、すなわち、彼、神はひとつ、ひとりである。彼以外のものはいないと。そして、彼を、心全体から、理解力全体からあなたの力全体から愛することと、隣人を自分自身のように愛することは、すべての焼き尽くすささげものや、犠牲よりもまさっています」と。そして、かのイエスは、彼が思慮深く答えたのを見て彼に答えられていわれるのであります。あなたは、神の国から遠くないと。そしてもはやだれも、彼に質問しようとはしないでいた、と本日の記事は終わっているのであります。
 福音書では、こことそのマタイ、ルカの並行個所のでのみ「神を愛する」という言葉が出て来るのであります。パウロ書簡にも5か所しか、神を愛するとか、主イエスを愛するという言葉は出てきません。
聖書は、基本的にまず神の方から私たちを愛してくださるのであります。いわゆるアガペーの愛で、神ご自身が身を低くして、地上に降りて来られ、キリストの形を取られて、私たちを愛して下さるのであります。そして、それに対する応答としてのみ、私たちは、心、魂、理解力、力のすべてを用いて神を愛するということが出て来るのであります。
主イエスとほぼ同時代のヒレルというユダヤ教の学者・ラビは、「聖書、律法の教えとは要約すれば何ですか」とある改宗者に聞かれて、「自分が憎むことを、他人にしないこと」であると答えました。そして、残りの旧約聖書の教えのすべてはその掟の注釈に過ぎないと答えたのであります。
さて、私たちは、神に愛されて、そこから、全人格的な応答として神を愛し、隣人を自分自身を愛するように愛することが初めてできるのであります。
この律法学者は、思慮深く答えたので、主によって「あなたは、神のご支配、主権から遠くない、主の主権に与る用意が出来ている」と言われました。神を全人格で愛することから、隣人を自分のように愛する無私の愛が出て来るのであります。ルターが信仰と行為について、よいりんごの木からよい実がもたらされると言ったのと似ています。
私たちも、主イエスの言葉に従って歩み、「あなたは、神の国から遠くない」と呼ばれる者になりたいと思います。まず、神の愛があって、私たちはそれに応答し、神を全人格を傾けて愛する者となり、そして、第二の掟として、自分自身のように隣人を愛する者としての働きに邁進していきたいものであります。アーメン。





2009/11/08(日) 10:30:00| 未分類| トラックバック(-) コメント(-)
「主イエスに選ばれて」(ヨハネ15:1~17)
ヨハネ15:1-17、2009・11・01、全聖徒主日(典礼色―白―聖餐式あり)
エゼキエル書37:1-14、ローマの信徒への手紙6:1-11

ヨハネによる福音書15:1~17
 「わたしはまことのぶどうの木、わたしの父は農夫である。わたしにつながっていながら、実を結ばない枝はみな、父が取り除かれる。しかし、実を結ぶものはみな、いよいよ豊かに実を結ぶように手入れをなさる。わたしの話した言葉によって、あなたがたは既に清くなっている。わたしにつながっていなさい。わたしもあなたがたにつながっている。ぶどうの枝が、木につながっていなければ、自分では実を結ぶことができないように、あなたがたも、わたしにつながっていなければ、実を結ぶことができない。わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。人がわたしにつながっており、わたしもその人につながっていれば、その人は豊かに実を結ぶ。わたしを離れては、あなたがたは何もできないからである。わたしにつながっていない人がいれば、枝のように外に投げ捨てられて枯れる。そして、集められ、火に投げ入れられて焼かれてしまう。あなたがたがわたしにつながっており、わたしの言葉があなたがたの内にいつもあるならば、望むものは何でも願いなさい。そうすればかなえられる。あなたがたが豊かに実を結び、わたしの弟子となるなら、それによって、わたしの父は栄光をお受けになる。父がわたしを愛されたように、わたしもあなたがたを愛してきた。わたしの愛にとどまりなさい。わたしが父の掟を守り、その愛にとどまっているように、あなたがたも、わたしの掟を守るなら、わたしの愛にとどまっていることになる。
 これらのことを話したのは、わたしの喜びがあなたがたの内にあり、あなたがたの喜びが満たされるためである。わたしがあなたがたを愛したように、互いに愛し合いなさい。これがわたしの掟である。友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない。わたしの命じることを行うならば、あなたがたはわたしの友である。もはや、わたしはあなたがたを僕とは呼ばない。僕は主人が何をしているか知らないからである。わたしはあなたがたを友と呼ぶ。父から聞いたことをすべてあなたがたに知らせたからである。あなたがたがわたしを選んだのではない。わたしがあなたがたを選んだ。あなたがたが出かけて行って実を結び、その実が残るようにと、また、わたしの名によって父に願うものは何でも与えられるようにと、わたしがあなたがたを任命したのである。互いに愛し合いなさい。これがわたしの命令である。」



説教「主イエスに選ばれて」(ヨハネ15:1~17)

本日、私たちは全聖徒主日の礼拝に集められています。そして、与えられている本日の福音は、ヨハネ福音書15章1節から17節であります。この部分は、本年既に復活後の主日においても読まれた個所であります。再び、ここで、この記事が選ばれている意味は何なのか、しばらくご一緒に考えてみたいと思います。
 ところで、まず、全聖徒とは、だれを意味しているのでありましょうか。それは、聖者とか、ましてや聖人君子というような、この世から称賛され、尊敬されている一部の例外的存在の人々を指しているのではありません。それは、あるがままの、欠点や弱さをも担っている多くの人々、私たちを指しています。
 本日の祈りにありますように、「主キリストのからだ、唯一の聖なる教会に、(信仰によって)結び合わされ」て信じる者とされたすべての人々を指すのであります。
 津田沼教会では、洗礼を受けて、そのような者とされた、信仰の先輩の兄弟姉妹方と共に、生前、残念ながら、洗礼を受けて主イエスこそ救い主と信仰告白をするまでには至らなかったご両親や伴侶のような方々をも共どもに思い起こし、きっと天国から励ましのメッセージを送っておられる親しい方々をも思い起こす時としても、これまでは毎年一度の召天者記念礼拝を守っているのであります。
 さて、本日の福音、ヨハネ福音書15章1節から17節は、大きく二つに、すなわち、15章1節から8節までと、15章9節から17節までとに分けて考えることができましょう。
前段で主は、私は、まことのぶどうの木、父は農夫であると言われるのであります。ぶどうの木は、み民イスラエルを象徴するものとして、旧約聖書では考えられてきました。しかし、彼らは、しばしば良くないぶどうの木となってしまい、神から離れて生活していったのであります。
それに対して、主は、私こそは、新しい神の民をもたらす真実のぶどうの木であり、父は、実をもたらさない枝は取り除き、実をもたらす枝はもっとそうなるように、手入れをなさる園丁であると言われるのであります。私たちは、主イエスにとどまるならば、良い実をもたらし、主の内にとどまらなければ、自分からは何もできない弱い存在であります。主を離れては、何もできない枝であり、良い実をもたらさないならば、私たちは投げ捨てられ、枯れ果て、燃やされてしまう無用の長物となってしまうのであります。
 そして、主は、私にあなた方がとどまっているならば、そして、わたしの言葉にとどまっているのなら、何でも私の父に願いなさい。そうすれば、それはあなた方に成るであろうと言われます。そして、私たちが豊かに実をもたらすならば、それによって、私の父は栄光を受ける、人々から尊ばれることになろうと、約束されているのであります。
 次に、後半では、だれであれ、その友のために、命を差し出す、直訳すると「命を前に置く」それ以上に大きな愛をだれも持っていないと言われます。主イエスは、私たちを友と呼ばれます。これは、愛する者たちという意味であります。
 なぜならば、しもべは、その主人が何を望んでいるか知らないが、私は、あなた方に父から受けたことをすべて知らせたからであると言うのです。
 そして、主は、言われます。あなた方が私を選んだのではない、かえって、私があなた方を選んだのであると。私たちは、自分の決心で洗礼を受けたと思っている人もおられるでしょう。しかし、私たちの決断よりも前に、主が、私たちを選んでくださっていたのであります。悲しいこととか何かがきっかけとなって、洗礼に至ったと思いがちですが、先に主が、12使徒たちと同じように一方的に、主導権をもって計らっていてくださったのであります。
それは、すべての信者となった人に、共通して言えることなのであります。そして、洗礼がまだの方も、今も主は選ぼうとされているのであります。
 そして主は、私が、あなた方を任命したと言われます。これもあなた方を「置いた」という意味の言葉であります。それは、あなた方がこの世界へと出て行って、豊かに実をもたらすためであり、その実がずっと残るためであると言われ、あなた方が、私の名において祈り、望むものは、何であれ、父が与えるであろうと約束されるのであります。そして、最後にこれらのことを私はあなた方に命ずる、すなわち、あなた方は、互いに愛し合いなさいと言われるのであります。
 私たちは、弱さをになった、そしてまた、罪にまみれた存在であります。しかし、互いに愛し合うようにという唯一の主の命令を私たちは与えられています。私たちが、教会で愛し合い、赦し合うということが、世が私たちが、キリストの弟子であることを知るようになる唯一の道であると主は、地上での弟子たちとの別れに際して、弟子たちに託し、お命じになっているのであります。そしてそれが、私たちが出て行って、良い実を結ぶということであります。
 先に天へと召された人々に倣って、主から選ばれた恵みを思い起こしつつ、この危険と困難に満ちた地上での生涯を、私たちもみ言葉と共に歩んでまいりましょう。その時にこそ、私たちは、喜びで満ち溢れることでありましょう。祈ります。
  天の父なる神さま。
 本日は、先にあなたのもとに召された人々を偲んで、あなたのもとに集められています。どうか、私たちが、キリストにつながり、生涯の道程を歩んで行くことが出来ますように、憐れんで下さい。私たちが、み子によって選ばれ、弟子とされていることを忘れずに、信仰の道を雄々しく歩ませてください。先に召された人々と天国で再会できることを信じ、希望のうちに、津田沼教会を通しての信仰生活が全うされますように。
                    キリストによって祈ります。アーメン。

平和と信仰を伴う愛が、父である神と主イエス・キリストから、兄弟たちにあるように。




2009/11/01(日) 10:30:00| 未分類| トラックバック(-) コメント(-)
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