津田沼教会 牧師のメッセージ
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『イエスと父である神は一つ」(ヨハネ10:22~30)
ヨハネ10:22-30、2007・04・29、復活後第3主日(典礼色―白―)
使徒言行録13:26-39、ヨハネの黙示録7:9-17

ヨハネによる福音書10:22~30
 そのころ、エルサレムで神殿奉献記念祭が行われた。冬であった。イエスは、神殿の境内でソロモンの回廊を歩いておられた。すると、ユダヤ人たちがイエスを取り囲んで言った。「いつまで、わたしたちに気をもませるのか。もしメシアなら、はっきりそう言いなさい。」イエスは答えられた。「わたしは言ったが、あなたたちは信じない。わたしが父の名によって行う業が、わたしについて証しをしている。しかし、あなたたちは信じない。わたしの羊ではないからである。わたしの羊はわたしの声を聞き分ける。わたしは彼らを知っており、彼らはわたしに従う。わたしは彼らに永遠の命を与える。彼らは決して滅びず、だれも彼らをわたしの手から奪うことはできない。わたしの父がわたしにくださったものは、すべてのものより偉大であり、だれも父の手から奪うことはできない。わたしと父とは一つである。」


説教「イエスと父である神は一つ」(ヨハネ10:22~30)

本日から、昇天主日の5月20日の前までの数回の主日は、いったんルカ福音書を離れて、ヨハネによる福音書が読まれます。今日は、ヨハネ福音書の10章22節から30節までが与えられています。ここが、復活節の福音個所として、なぜ選ばれているのか、また、どういう意味があるのかを、しばらくご一緒に考えてみたいと思います。
 「時に、神殿再奉献祭が起こった、そして、冬であった」と本日の記事は始まります。神殿、あるいは祭壇再奉献祭とも言われますものは、ユダ・マカバイがエルサレムの神殿をシリアの王から奪い返し、汚されていた祭壇を清めたことを記念して、主イエスの時代に祝われていた祭りで、ともし火の祭りとも言われていまして、12月の半ば頃に守られるようになっていたものであります。
主イエスは、神殿の境内を、ソロモンの回廊と呼ばれる東側の部分にあった、屋根のある、雨風をしのぐことのできるあたりを、歩き回っておられたのであります。
すると、ユダヤ人たち、もちろん、この言葉は、ヨハネ福音書ではユダヤ人たちの宗教的、また政治的指導者層を指すのですが、その者たちが彼を取り囲んで、言うのであります。「いつまで、私たちの心を、魂という言葉が使われていますが、宙ぶらりんにしておくつもりか。あなたがメシアであるなら、はっきりとそう言いなさい。」
主イエスは、「私は言ったが、あなた方は信じない」と答えて、さらに言われるのであります。「私の父の名において行う私のふるまいどもが、私について証している。」主イエスのふるまいは、父である神のご意志にどこまでも一致するものでありました。さらに、主は言われます。「ところがあなた方は、私を信じない。それは、あなた方は私の羊ではないからである。私の羊は、私の声を聞き、私も彼らを認識し、彼らは私に従う」と。主イエスは、信じるものたちの良き羊飼いで、その羊のためには命をも与えられる方であります。
 主は、続けて言われます。「私は彼らに永遠の命を与える、そして、決して彼らは滅びず、誰も彼らを私の手から奪い去る、ひったくることはないであろう。」そして、言われます。「私の父が私にくださったものはすべてのものよりも偉大であり、誰も父の手から奪い去る、すなわち、ひったくることはできない」と。この文は異なる写本があって難しい文であります。「私に与えてくださる私の父はすべてのものより偉大であり、誰も父の手から奪い去ることはできない」と読む写本もあります。新共同訳聖書は、「私の父が私にくださったものは、すべてのものより偉大である」と訳していますから、父がイエスにお与えになった羊の群れである私たち信者たちを指すと取ることもできましょう。私たちはすべてのものよりも偉大であるとはいえませんが、すべてのものより偉大なものとは、主の十字架と復活により、信者に与えられている永遠の命を意味していると取ることができます。そして、主は、「私と父は一つである」と、本日の記事の最後に言われています。主の生涯は、父なる神のご意志に最後まで徹底して従順でありました。主はメシアであられ、とことんまで、しもべとしての形、すなわち、十字架におかかりになる道を守られました。それによって、私たちの罪は赦され、私たちは、良き羊飼いである主に聞き従い、主を信じる群れとされているのであります。
祈りましょう。
父なる神さま。私たちは、主イエスこそが、父のもとからお出でになり、死に至るまで、しかも十字架の死に至るまで、父のご意志に従われたメシアであると信じます。主のお言葉とふるまいによって主がメシアであることを、私たちが出会いますすべての人に告白して行くことができますように。キリストによって祈ります。





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2007/04/29(日) 10:30:00| 未分類| トラックバック(-) コメント(-)
「主ご復活の夜に」(ルカ24:36~43)
ルカ24:36-43、2007・04・22、復活後第2主日(典礼色―白―)
使徒言行録9:1-20、ヨハネの黙示録5:11-14

ルカによる福音書24:36~43
 こういうことを話していると、イエス御自身が彼らの真ん中に立ち、「あなたがたに平和があるように」と言われた。彼らは恐れおののき、亡霊を見ているのだと思った。そこで、イエスは言われた。「なぜ、うろたえているのか。どうして心に疑いを起こすのか。わたしの手や足を見なさい。まさしくわたしだ。触ってよく見なさい。亡霊には肉も骨もないが、あなたがたに見えるとおり、わたしにはそれがある。」こう言って、イエスは手と足をお見せになった。彼らが喜びのあまりまだ信じられず、不思議がっているので、イエスは、「ここに何か食べ物があるか」と言われた。そこで、焼いた魚を一切れ差し出すと、イエスはそれを取って、彼らの前で食べられた。
 

説教「復活の日の夜に」(ルカ24:36~43)
 
ルカ福音書によれば、週の初めの日、もとの文を見ますと、「安息日どもからの一日目」の早朝に、主は神によって、死人の中から、復活させられ、女たちがそれを天使たちから告げ知らされ、シモン・ペトロに現れ、エマオの途上の二人に現れ、そしてその同じの日の恐らく夜に、11使徒たちと他のクレオパなどのいる複数、多数の中に、三度目に現れるのであります。そして、昇天主日に読まれますルカ24:44-53では、その同じ日の恐らくこれも夜に、弟子たちを教え、宣教を委託し、聖霊を送ることを約束され、オリーブ山へと弟子たちを導いて、主は天に上げられるのであります。実に長い主ご復活の日の一日の出来事であります。
 今日の記事は、「説教理解のために」にも、書きましたように、一見、際立ったことのない、地味な出来事が記されているに過ぎないかのような印象を持ちます。しかし、ここには、主のご復活ということの意味が深く隠されているのであります。本日の記事に沿って、復活の意味について、しばらくご一緒に考えてみましょう。
 まず、彼らが、「それらのことについて」話していると、主イエスがやって来られて彼らの真ん中に立ち、そして、お語りになるのであります。「平和があなたがたに」と。平和とは、単なる挨拶言葉にとどまらず、幸福とか、完全な調和、あるいは、今頃の言葉で言うと福祉といった深い意味があります。私たちが、神さまの恵みによって、調和が取れているようにというふうな意味がこめられている言葉であります。このときの弟子たちの大部分は、悲しみ、絶望に取り囲まれ、生きていく希望も失っていました。そこに、真ん中に立って、「平和があるように」と主イエスは言われるのであります。
 ところが、弟子たちは、おびえ、恐れて、自分たちは「霊」を見ているのだと思っていたのであります。死人の「霊」を、―「亡霊」と訳されていますが―、それを見ていると恐れるばかりでありました。主は、「なぜ、うろたえ、悩んでいるのか、何のために、あなた方の心に疑いが起こっているのか」と尋ねます。復活に出会った弟子たちはいつの場合にも決してすぐには信じれなかったことで聖書は一致しています。復活した主イエスは、それに対して言われます。「私の手や足を見なさい。死人の霊には、肉体も骨組みもないが、あなた方が見ているように私にはそれがある。私である。」そう明言されるのであります。そして、「私に触りなさい、そしてよく見なさい」とつい三日前の金曜日の十字架のときの手と足の釘跡の傷をお見せになるのであります。彼らは、喜びから、信じれなかったと書いてあります。信じがたい喜びを見出したのであります。しかし、なおも、信じられないでいる弟子たちに、さらに主は「何か食べ物を持っているか」と尋ね、彼らが食事の残りであったでしょうか、焼き魚の一切れを出すと、彼らの前で主はそれをむしゃむしゃとお食べになったのであります。
 私たちは、このような出来事を、弟子たちと同じように、理性や科学的知識や経験からは、このときの弟子たちと同じく容易に信じることはできません。しかし、聖書は、当時から伝統的にギリシャ人やローマ人、あるいは、現代でも考えがちな霊魂不滅説を取っているのではありません。ルカは、復活の主イエスが身体をもって弟子たちに現れたことを明記しているのであります。私たちの地上の生涯は、すべての人に終わりが来ます。病気で衰えたり、あるいは、不慮の事故に巻き込まれて死ぬ場合もありますし、脳梗塞で意識もおぼろになって、最後を迎えたり、精神的にみれば調和を失って、最後を迎える場合もあるでしょう。しかし、人間はすべて神の像にかたどられて創られた者であります。人間として生まれた以上、神さまは、主のご復活を信じる人に、それにふさわしいこの地上での命と生活と、そして、死後も主イエスにつながる永遠の命を与えられているのであります。その出来事のすばらしさに、弟子たちは、喜びのあまり、信じられないでいたのであります。
しかし、私たちの生活は、それで生活のすべてが喜びとなるわけではありません。主イエスに従う弟子として、同時にそれぞれの十字架をも、重荷をも、担っていくことが定められているのであります。主イエスのご復活の出来事を私たちは信じながら、この地上での生活を終えるときまで、精一杯の歩みをしていきたいものであります。祈ります。
天の父なる神さま。
 私たちは、あなたのみ子の十字架と復活の出来事を知らされています。その大きな喜びと、また、私たち一人ひとりに与えられている苦難をも、あなたに従いながら、忍耐し受け取っていく者とならせてください。新しい1週間をあなたへの信仰によって、おのずと生まれる良き実でもって満たしてください。キリストのみ名によって祈ります。アーメン。

2007/04/22(日) 10:30:00| 未分類| トラックバック(-) コメント(-)
「主イエスによって心が燃やされる」(ルカ24:13~35)
ルカ24:13-35、2007・04・15、復活後第1主日
使徒言行録5:12-32、黙示録1:4-18

ルカによる福音書24:13~35
 ちょうどこの日、二人の弟子が、エルサレムから六十スタディオン離れたエマオという村へ向かって歩きながら、この一切の出来事について話し合っていた。話し合い論じ合っていると、イエス御自身が近づいて来て、一緒に歩き始められた。しかし、二人の目は遮られていて、イエスだとは分からなかった。イエスは、「歩きながら、やり取りしているその話は何のことですか」と言われた。二人は暗い顔をして立ち止まった。その一人のクレオパという人が答えた。「エルサレムに滞在していながら、この数日そこで起こったことを、あなただけはご存じなかったのですか。」イエスが、「どんなことですか」と言われると、二人は言った。「ナザレのイエスのことです。この方は、神と民全体の前で、行いにも言葉にも力のある預言者でした。それなのに、わたしたちの祭司長たちや議員たちは、死刑にするため引き渡して、十字架につけてしまったのです。わたしたちは、あの方こそイスラエルを解放してくださると望みをかけていました。しかも、そのことがあってから、もう今日で三日目になります。ところが、仲間の婦人たちがわたしたちを驚かせました。婦人たちは朝早く墓へ行きましたが、遺体を見つけずに戻って来ました。そして、天使たちが現れ、『イエスは生きておられる』と告げたというのです。仲間の者が何人か墓へ行ってみたのですが、婦人たちが言ったとおりで、あの方は見当たりませんでした。」そこで、イエスは言われた。「ああ、物分かりが悪く、心が鈍く預言者たちの言ったことすべてを信じられない者たち、メシアはこういう苦しみを受けて、栄光に入るはずだったのではないか。」そして、モーセとすべての預言者から始めて、聖書全体にわたり、御自分について書かれていることを説明された。
 一行は目指す村に近づいたが、イエスはなおも先へ行こうとされる様子だった。二人が、「一緒にお泊りください。そろそろ夕方になりますし、もう日も傾いていますから」と言って、無理に引き止めたので、イエスは共に泊まるため家に入られた。一緒に食事の席に着いたとき、イエスはパンを取り、賛美の祈りを唱え、パンを裂いてお渡しになった。すると、二人の目が開け、イエスだと分かったが、その姿は見えなくなった。二人は、「道で話しておられるとき、また聖書を説明してくださったとき、わたしたちの心は燃えていたではないか」と語り合った。そして、時を移さず出発して、エルサレムに戻ってみると、十一人とその仲間が集まって、本当に主は復活して、シモンに現れたと言っていた。二人も、道で起こったことや、パンを裂いてくださったときにイエスだと分かった次第を話した。



 説教「主イエスによって心が燃やされる」(ルカ24:13~35)
 復活後第1主日を迎えました。先週は復活祭で、本日の個所の前、ルカ24:1-12が与えられました。次週は、本日の個所の続き、ルカ24:36-43が与えられています。ルカは同じその著書である使徒言行録においては、復活の主が、40日間に渡って弟子たちに現れ、教えられ、また、食事をともにしたことが記されています。
 ルカ福音書では、しかし、復活させられた日、週の初めの日の一日の間に、先週の早朝に起きた空の墓の出来事があり、本日のエマオへの道で主イエスが現れたことが記され、次週の個所では、11人と弟子たちのところに現れ、そして、最後に、オリーブ山のあたりまで弟子たちを伴い、天に上げられる出来事までが記されています。
 他の福音書とは異なるこれらの復活顕現のいずれが正しいのだろうかと素朴な疑問も起こりますが、主のご復活がそれぞれの弟子たちにいろいろなかたちで、知らされたということを聖書のとおりそのまま、信じてよいのではないかと思います。聖書の記事というものは、いろいろな展開がありますが、私たちを治める唯一の神が創世記の始めから、ヨハネの黙示録の終りに至るまで一貫して記されているものと考えていいのではないでしょうか。
 本日の出来事を、もう一度思い起こしてみましょう。先週の出来事のあった同じ日に、すなわち、マグダラのマリアたちが、墓に行き、なかはからで、二人の天使に会い、主のご復活を告げられ、それを知らされた弟子のうちのシモンもそれを確認した同じ日のことであります。恐らく弟子たちは、怯えながら、隠れ家のような場所にいたと思われますが、彼らのうちの二人が、エマオという11キロほど、エルサレムから離れた村へと歩いて行きました。彼らは、会話しながら、また、論じ合いながら進んでいました。
 すると、いつしか、主イエスが後ろから追いついて、一緒に歩き出しました。主は、「あなたがたは、何について、話し合い、やりとりしているのか」と尋ねます。彼らは、憂鬱そうな顔をして立ち止まりました。そして、クレオパという一人のほうが、言います。「ここ数日に、エルサレムで起こった出来事をあなただけは、ご存じなかったのですか。」「どんなことか」と主イエスが聞くと、彼は答えます。「ナザレのイエスのことです。彼は神の前に、また民の前に、行いにも言葉にも、力のある預言者の人となり、私たちは、彼こそ、イスラエルを贖ってくださる方だと期待していました。ところが、私たちの民の指導者たち、祭司長たちやサンヘドリンの議員たちが彼を死刑に定め、十字架につけて殺してしまったのです。それからもう三日目になりますが、驚いたことには、私たちの内のある女たちが、墓に行って、中がからになっているのを見出し、二人の天使たちが、彼は復活なさり、ここにはおられない、彼は生きておられると告げられたというのです。仲間のうちのある者も確かめに行きましたが、女たちの言った通りでした。」すると、主イエスは言われました。「ああ、愚かな者たちよ。そして、預言者たちが語ったすべてのことを信じるのに鈍い心の者たちよ。メシアは必ず多くの苦しみを受け、それから栄光に入るはずではなかったのか。」そう言われて、モーセから始め、また、預言者たちから始めて、聖書を説き証しなさいました。しかし、彼らの目は妨げられていて、それを語っておられるのが主であることには気づきませんでした。
 こうして、エマオに近づくと、主はなおも先に進まれるようでした。彼らは、無理を言って、もう夕方に向かっていますし、日も傾きましたので、家に泊まってくださいというと、主は一緒に中へ入ってくださいました。それから、夕食のときとなり、主イエスが食事の席につき、パンを取り、感謝し・神をほめたたえ、パンを裂かれ、彼ら二人に渡しておられるときに、彼らの目が開かれ、主イエスであることを認識しましたが、主は彼らから見えなくなりました。
 二人は、主イエスが道で聖書を説き明かししてくださったときに、私たちの心は内において燃やされていたではないか」と語り合い、その時そのまま、立ち上がり、引き返して、エルサレムに戻ってみると、弟子たちが集まっていて、主は本当に復活なさった、そしてシモンに現れたと言っていました。それで、二人も、道において起こった出来事やパンを裂かれたときに、主イエスだとわかった次第を説明していたと本日の記事は終わっています。
 私たちは、地上の生涯はだれもが、いつかは死を迎え、絶たれるときがきます。しかし、死ですべてが終りになるのではありません。それが、復活の出来事の意味であります。死は聖書でも、人間にとって最大の敵であるかのように記されていますが、主の十字架と、そこにいたる主メシアの苦しみを通して、さらにその先にある栄光に主が入れられるという出来事を通して、そのような死が克服されたのであります。主のご復活のよき知らせを信じて、私たちもそれによって安心して生涯を主にゆだねて歩んで生きましょう。アーメン。
 

2007/04/15(日) 10:30:01| 未分類| トラックバック(-) コメント(-)
「主ご復活の知らせ」(ルカ24:1~12)
ルカ24:1-12、2007・04・08、復活祭(典礼色ー白―)
出エジプト記15:1-11、コリントの信徒への手紙一15:21-28

ルカによる福音書24:1~12
 そして、週の初めの日の明け方早く、準備しておいた香料を持って墓に行った。見ると、石が墓のわきに転がしてあり、中に入っても主イエスの遺体が見当たらなかった。そのため途方に暮れていると、輝く衣を着た二人の人がそばに現れた。婦人たちが恐れて地に顔を伏せると、二人は言った。「なぜ、生きておられる方を死者の中に捜すのか。あの方は、ここにはおられない。復活なさったのだ。まだガリラヤにおられたころ、お話になったことを思い出しなさい。人の子は必ず、罪人の手に渡され、十字架につけられ、三日目に復活することになっている、と言われたではないか。」そこで、婦人たちはイエスの言葉を思い出した。そして、墓から帰って、十一人とほかの人皆に一部始終を知らせた。それは、マグダラのマリア、ヨハナ、ヤコブの母マリア、そして一緒にいた他の婦人たちであった。婦人たちはこれらのことを使徒たちに話したが、使徒たちは、この話がたわ言のように思われたので、婦人たちを信じなかった。しかし、ペトロは立ち上がって墓ヘ走り、身をかがめて中をのぞくと、亜麻布しかなかったので、この出来事に驚きながら家に帰った。


説教「主ご復活の知らせ」(ルカ24:1~12)
 
本日は今からおよそ2000年ほども前に、主ご復活の知らせが、怯え、隠れていた弟子たちのもとに届いた朝であります。長かった主の十字架をおぼえる受難節、四旬節の季節も終わりました。主の十字架上での死からの三日目の出来事について、ルカ福音書24章1~12を、ご一緒にたどりながら、このことの意味について、しばらくご一緒に考えてみたいと思います。
ところで、四つの各福音書の告げる主ご復活の記事は、それぞれが独特で、はたして、主のご復活は実のところ、どういうものだったのだろうか、と少し戸惑いを覚えます。しかし、それぞれの福音書記者が、その伝え聞いたところを、それぞれの視点と、立場から記しているのだと考えれば、一見食い違いがあるようにみえても、本質的なところでは、矛盾しているとまでいえるものはないのであります。
逆にもし、主イエスのご復活が、事実無根のことであったならば、記者たちは、合理的に少しも食い違うようなところは書き残さなかったでありましょう。
しかし、主イエスは、私たちが使徒信条で唱えているように、確かに、「ポンティオ・ピラトのもとに十字架につけられ、死にて葬られ、陰府にくだり、三日目に死人のうちからよみがえり、天にのぼり、全能の父なる神の右の座に座したもう」のであります。
私たちは、死を考えるときそれですべてが終わりになってしまうように感じます。また、死だけでなく、多くの困難や病気などにぶつかると、信仰の力をもってしても、どうにもならないと率直に感じさせられるときがあります。
しかし、どのような苦しみも闇も地獄と思えるものも、主イエスの十字架の死と復活によって、2000年ほどまえのこの朝の十字架の死と今朝の主のご復活によって、根本的には解決されているのであります。
さて、女たちは、彼らが用意した香料をもたらすために、週の初めの日、すなわち、「安息日からの第一日目の夜明けの深みに」ともとの言葉では書かれていますが、主の葬られた新しい墓へとやって来たのであります。そして、女たちがどうしようかと心配していたであろう墓の入り口の大きな石は既に脇へところばされてあり、そのなかに入ると、主イエスのからだを、彼女たちは見出さなかったのであります。
そして、起こったことには彼女たちが、途方にくれていると、二人の人が光り輝く衣を着て、彼女たちのそばに現れたのであります。彼女らがおびえて、顔を地面につけていると、二人は言います。
「なぜ、生きておられる方を、死人たちとともにして探しているのか。その方はここにおられず、復活なさったのだ。生前にあの方が言われたことを思い出しなさい。すなわち、あの方は人の子は、罪深い人間どもの手に渡され、十字架にかけられ、三日後に復活することになっていると言われていたではないか」と。
その時彼女らをそれらの主の言葉どもを思い出しました。そして、引き返して、11人とすべての弟子たちに伝えました。しかし、すべてのその弟子たちには、彼女らのいうことが病人が発するうわごとであるかのように思えて、ずっと彼らは信じないでいたのであります。
復活の出来事にあたって、弟子たちは疑った、信じないでいたということが、どの福音書にも繰り返し繰り返し書かれています。主のご復活とはそういうすぐには信じられない、私たちの理性を超えた出来事なのです。聖書の神さま、そして、主イエスという神は、急には分からない超越的な神さまなのであります。
さて、本日、主のご復活の出来事に最初に出会ったその女性たちとは、マグダラのマリア、ヤコブの母のマリアとヨハナでありました。ヨハナは、ヘロデの大臣クーザの妻であるヨハナであったかもしれません。復活の記事の中では、ルカでここでだけ出てきますから、このヨハナが、ルカの記事には大きな影響を与えているのかもしれません。
そして、最後に、付け足しであるかのように、ペトロの行動が記されています。ペトロは、走っていき、墓の中をかがんで覗き見ると、お墓の中にただ麻布だけがあるのを見出し、不思議に思いながら家へと帰っていったのであります。
私たちは、本日この復活の喜びを知らせられる出来事を知らされています。しかし、最初に言いましたように、心からは喜べないような、現実の弱い、また多くの課題を背負った自分もおのおの知っていると思います。しかし、み子の復活を起さしめた父なる神が、私たちがみもとに召されるときには、私たちの問題もすべてを解決してくださることを信じて、新しい一年を歩みだしたいものであります。アーメン。

望みの神が、信仰からくるあらゆる喜びと平安とをあなたがたに満たし、聖霊の力によって、あなたがたを望みにあふれさせてくださるように。


2007/04/08(日) 10:30:01| 未分類| トラックバック(-) コメント(-)
「十字架に向かわれる王」(ルカ19:28~48)
ルカ19:28-48、2007・04・01、枝の主日
ゼカリヤ書9:9-10、フィリピの信徒への手紙2:6-11

ルカによる福音書19:28~48
 イエスはこのように話してから、先に立って進み、エルサレムに上って行かれた。そして、「オリーブ畑」と呼ばれる山のふもとにあるベトファゲとベタニアに近づいたとき、二人の弟子を使いに出そうとして、言われた。「向こうの村へ行きなさい。そこに入ると、まだだれも乗ったことのない子ろばのつないであるのが見つかる。それをほどいて、引いて来なさい。もし、だれかが、『なぜほどくのか』と尋ねたら、『主がお入り用なのです』と言いなさい。」使いに出された者たちが出かけて行くと、言われたとおりであった。ろばの子をほどいていると、その持ち主たちが、「なぜ、子ろばをほどくのか」と言った。二人は、「主がお入り用なのです」と言った。そして、子ろばをイエスのところに引いて来て、その上に自分の服をかけ、イエスをお乗せした。イエスが進んで行かれると、人々は自分の服を道に敷いた。
 イエスがオリーブ山の下り坂にさしかかられたとき、弟子の群れはこぞって、自分の見たあらゆる奇跡のことで喜び、声高らかに神を賛美し始めた。
 「主の名によって来られる方、王に、
  祝福があるように。
  天には平和、
  いと高きところには栄光。」
 すると、ファリサイ派のある人々が、群衆の中からイエスに向かって、「先生、お弟子たちを叱ってください」と言った。イエスはお答えになった。「言っておくが、もしこの人たちが黙れば、石が叫びだす。」
 エルサレムに近づき、都が見えたとき、イエスはその都のために泣いて、言われた。「もしこの日に、お前も平和への道をわきまえていたなら・・・・。しかし今は、それがお前には見えない。やがて時が来て、敵が周りに堡塁を築き、お前を取り巻いて四方から攻め寄せ、お前とそこにいるお前の子らを地にたたきつけ、お前の中の石を残らず崩してしまうだろう。それは、神の訪れてくださる時をわきまえなかったからである。」

 それから、イエスは神殿の境内に入り、そこで商売をしていた人々を追い出し始めて、彼らに言われた。「こう書いてある。
 『わたしの家は、祈りの家でなければならない。』
 ところが、あなたたちはそれを強盗の巣にした。」
 毎日、イエスは境内で教えておられた。祭司長、律法学者、民の指導者たちは、イエスを殺そうと謀ったが、どうすることもできなかった。民衆が皆、夢中になってイエスの話しに聞き入っていたからである。

説教「十字架に向かわれる王」(ルカ19:28~48)
 
本日からいよいよ受難週にはいります。長かった四旬節も残り1週間となりました。聖灰水曜日から、数えて主日をのぞき、40日間ですから、50日近くを四旬節として過ごしたことになります。四旬節の最後の日曜日は、別に受難主日としての日課もありますが、私たちルーテル教会では伝統的に枝の主日として、エルサレム入城の記事が、教会暦の始まる待降節第1主日と同じ箇所が読まれてきたのであります。今年は、ルカを主たる福音とするC年ですが、今回は、アドベントのときよりもはるかに長いルカ19:28-48という記事が与えられているのであります。そして、終末のときにお出でになられるお方としてではなくて、本日は受難と十字架に向かわれる王としての主イエスが主題であります。
 ルカに特徴的な部分を考えながら、今日の出来事をご一緒にもう一度思い起こし、考えてみたいと思います。主は、ムナのたとえ話語られた後、前を先頭に立ってエルサレムへと上って行かれます。そして、ベトファゲとベタニアの村に近づかれると、二人の弟子を、おそらく、ペトロとヨハネでしょうか、こう言われながら、送り出すのであります。向こうの村へ進んで行きなさい、そうすると、あなたがたは、まだ誰も乗せたことのない子ろばがつないであるのを見出すであろう。それをあなた方は引いて連れてきなさい。もし誰かが、お前たちはなぜほどいているのかと聞かれたら、「主がお入用なのです」すなわち、「それの主が必要を持っておられる」と言いなさいと。
まだ、誰も乗ったことのない子ろばは、神聖なものであり、王が用いるのにふさわしいものであります。メシアであるキリストがお用いになるのにふさわしいのであります。
 それで、彼らが行ってみると、彼が言われたとおりに、彼らは見出すのであります。それで、つないである子ろばをほどいていると、その持ち主たちが、「なぜ、それをほどいたりするのか」と聞きます。彼らは、「その主が必要を持っておられる」と答えて、それを主イエスの下へと引いてきて、自分たちの上着をそれの上に投げかけ、主をそれにお乗せしたのであります。そして、前を行くものたちは、自分の服を道に敷いて、広げました。大勢の、たぶんガリラヤからの過ぎ越し祭への巡礼の主イエスを慕う弟子たちが、彼らが見た力ある、主のなさったみ業のゆえに、エリコでのバルトロマイの目を開けたりした出来事のゆえに、神を賛美し、ほめたたえながら歌うのであります。「主の名においてこられる方、王に祝福があるように、天には平和、いと高きところには、栄光があるように」と。それは、主がオリーブ畑と呼ばれる山の下り坂の近くにさしかかったときのことでした。    
ファリサイ派のある者たちは、群衆の中から、「先生、彼らを叱ってください」と言います。ユダヤの指導者層にとっては、主イエスは、メシアであることは理解できず、ただの先生に過ぎなかったのであります。主は、もし彼らが黙れば、石が叫ぶであろうと当時のおそらく格言になっていた表現を用いて毅然と答えられます。
 主はもはや、ご自分がメシアであることを隠されず、そのことを公然と人々に表わされるのであります。自分の前に迫り来る十字架の死を知りながら、主はエルサレムへと勝利の行進をなさるのであります。
そして、エルサレムの都が見えてくると、泣きながら言われます。お前が、祝福の訪れの時を知っていたなら・・・と。そして、お前を敵どもが取り囲み、堡塁、とりでを築き、石の上にひとつの石も残らなくするだろうと、恐らく紀元70年に起こったエルサレム包囲と陥落の出来事を予知して言われていたのであります。
そして、だしぬけに、次には、主は、神殿の境内に入り、宮清めをなさっておられるのであります。私の家は祈りの家でなければならない。それなのに、あなたがたは、神殿を強盗の隠れ家にしたと言って、売っているものたちを追い出されるのであります。
これは、ヨハネの福音書の始めに出てくるものとは違った二度目の、そして、公の宣教の最後になされた宮清めであったと考えられます。エルサレムの指導者層は、この商人たちによって大きな利得を得ていたでありましょうし、最初の宮清めのときよりも、その商売の状態はさらにひどくなっていたであろうとも考えられます。
 それを見て、祭司長、律法学者たち、そして民衆の指導者たちは、イエスを滅ぼそうとしますが、その機会をなお見出せないでいました。民衆がみな、彼に聞くことに熱中していたからであります。主は、公然と受難を前にして語られ、民衆の心を奪うほどであったのであります。十字架に向かって勝利の王として、主はまっすぐに、十字架に向かってお進みになったのであります。その主の十字架の死によって私たちは、罪をあがなわれるのであります。そのことをおぼえる受難週の一日一日を過ごしましょう。アーメン。
 
 望みの神が、信仰からくるあらゆる喜びと平安とをあなたがたに満たし、聖霊の力によって、あなたがたを望みにあふれさせてくださるように。

2007/04/01(日) 10:30:01| 未分類| トラックバック(-) コメント(-)
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